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「帰るぞ、深冬」

光が完全になくなり、目を開ける。

目の前に広がっているのは私が見知っている景色だった。

よく知っている道。よく知っている閑静な住宅街。よく知っている朝の空気。

私は天を仰ぎながら大きく息を吸い、吐いた。夏芽も私と同じように大きく深呼吸している。


……還ってきたんだ、私たち。


「お、おい!なんだ今の光は?」


「誰か目くらましの道具を投げたか?」


「お、俺は何もしていないぞ!」


やいやいと騒ぎ立てるヤンキー達の声にイラッとする。現代に還るということは、戻るということでもあったんだ。私たちは召喚されたその日、その時間に還ってきた。


ああ、そういえばそうだった。私たち、喧嘩真っ最中に召喚されたんだった。

……まぁ、私は撮影だけしかしてなかったんだけど。


目の前には困惑気味の白ランにリーゼント頭のヤンキー数人。

そのちょうど真ん中にはド派手な刺繍を白ランに入れてる、金髪リーゼント男。


数日ぶりなのに、数ヶ月ぶりのように感じる。

そう感じるほど私にとっては怒涛の4日間だった。


「なんでもいい!とにかくタイマンの続きだ!」


あぁ、この金髪リーゼント男の無駄にアニメキャラっぽいイイ声も久方ぶりだ。

えー、もう臨戦態勢入っちゃうの?続きやるの?

もうちょっと還ってきたという余韻に浸りたいのに。こっちは精神的にヘトヘトなんだからね。そっちは知らないだろうけど、こっちは4日間異世界旅行してきたようなものなんだから。


あ、そうだ帰還成功を祝して自撮り写真を一枚撮っちゃおっかな。

私はさっそくとばかりにいつものようにカメラアプリを起動する。


……ん?

………………あれ?

……………………………なんで?


私の視線は左下の縮小表示された画面に釘付けになっていた。


そこに表示されるのは直前に撮影した写真。つまり、そこにあるべきなのは異世界で最後に撮った賓客の間の写真であるはず。しかし、写っていたのはパンパンに顔が膨れ上がったヤンキー。


私は左下の画面をタップし、保存写真を確認する。


「……」


言葉が出ない。何十枚も撮った異世界の写真が一枚もない。

たしかに撮ったはずのものが、消えていた。

故障?


消えて………………いや違う。


故障ではない。理由は別のところにある。


「あ~~~~~~~~~、そっかぁ……」


私たちは現代に還ってきたと同時に時間も戻った。それはつまり、スマホも異世界に召喚される前に戻ったということだ。だから今のスマホのフォルダに異世界の写真が一枚もないんだ。


それに思い至った瞬間、頭が真っ白になった。


私の汗と笑いと感動の結晶が………。


「このクソアマどもが!! 話聞いてんの――……ぐはぁ!!?」


「あ、体が勝手に」


そう気が付いたときにはすでに金髪リーゼント男の顔面を殴った後だった。

私にノックアウトされた金髪リーゼント男はピクリとも動かない。


「「「リ、リーダー!!!」」」


数人の悲鳴に近いヤンキー達のわめき声が耳の中に入ってくる。

だけど、今はそんなのに気を取られる場合じゃない。


「はぁ~~、あ~あ」


がっくりだ。さっきは頭が真っ白になり過ぎたせいかどうかはわからないけど、体が勝手に動いてリーゼント男をボコってしまった。でも、我に返った今はその続きをしたいともう、思えない。普段だったら数人ボコってすっきりするところだけど、今は暴れたところですっきりしないのは目にみえている。


ていうか、今はただただ落ち込みたい気分。


「夏芽」


私は項垂れたまま、夏芽に声をかけた。


「ん?」


「あとはまかせる」


「ん」


「ガバンよこして」


私は夏芽に向かって左手の掌を出す。


「こんの!リーダーの仇だ!」


「女のくせにナメてんじゃねぇぞ!」


「やっちまえ!」


下を向いていてもそう叫びながらヤンキー達がこっちに向かってくるのがわかる。

まぁ、見なくてもすぐに予想通りの結果になるだろう。夏芽が私にカバンを渡した数秒後、ヤンキー達憤怒の叫びが悲痛の叫びになるのはもうわかりきっていることだった。


◇◇◇


面倒と苦労が圧倒的に多かったが良いことや面白いことも確かにあった。

その面白いことの大半が写真をおさめることだった。


笑える写真、映えそうな写真、感動的な写真、可愛い写真、おしゃれな写真、自撮り写真。

色々撮ったな、ほんと。それが、一瞬にして消えちゃった。


あ~あ、マジ鬱になりそう。


「終わった」


膝抱えて丸まっていると夏芽が膝で私の背中を軽く小突く。


「え?ああ、そう。おつかれさん」


予想以上に早く終わったな。五分くらいしか経ってないんじゃない?

なんだよ、もうちょっとがんばれよ、白ラン連中。ほんとにリーダーの仇討ちたいって思ってたの。

私、もうちょっとここで蹲って落ち込んでいたかったのに。


私は夏芽にカバンを渡し、一応夏芽が暴れまくった結果を確認してみる。


うん、めっちゃ予想通り。予想通り過ぎるにもほどがある。

予想通りの瀕死状態のヤンキー達。


全員お揃いの白ランは夏芽が滅多打ちにしたせいで血痕だらけだった。顔も判別が難しいほどのボコボコでパンパンに膨れている。全員が全員、金髪リーゼント男同様ピクリとも動く様子がない。変な呻き声がちょっと聞こえる気がするけど、当分は誰も起き上がってはこれないだろう。

いつもだったら、面白可笑しく瀕死のヤンキー達にスマホを向けていただろうけど、今はやっぱりそんな気分にはなれない。私がそんな気分になれないなんて。こりゃ、思った以上に重症かも。

今日は帰って寝たほうがいいかも。


夏芽もがっがりするだろうな。

せっかくリオン君からもらったマヨネーズが入った入れ物が消えていたら。

いや、夏芽の場合がっかりするよりキレるか。


「夏芽、私は帰るけどどうする?そういえば夏芽も寝るって言っていたような……」


私は夏芽のほうを振り返る。


ってえええええ!!


驚きのあまり、絶句する。なんと夏芽はリオン君からもらった入れ物を取り出していて、指で掬ってマヨネーズを舐めていた。


ちょっと、ちょっとちょっと。


なんで消えてないの?意味不明なんだけど。

私のスマホの写真のデータは残らないで、入れ物は夏芽の残るなんてそんなのアリ?

一体どうなってんだ。異世界独特の次元の力か何かが働いたってこと?

ナシだってそんなの。ひどいしズルいって。

スマホの写真のデータはダメで、マヨネーズはいいってこと?

なんだその優先順位。それともただのたまたま?そのたまたまも意味がわからない。


あ~あ、まったくわけがわかんない。


「はぁ~、やっぱり帰って寝よ」


還って早々こんなに何度もため息を吐くなんて還る前は思わなかったな。


「夏芽はこの後どうする?」


もう夏芽、そんなに美味しそうにマヨネーズ舐めないでよ。

めっちゃ、憎たらしいわ。ああ、恨めしい恨めしい。


夏芽はじっと入れ物を見つめながら、口をゆっくりと開いた。


「帰る。帰ってマヨネーズ舐めてから、寝る」


そういうと、入れ物をバックにしまった。


召喚前も夏芽は学校には行かずに家に帰ろうとしていたっけ。

でも、あの時と今とでは雰囲気が違う。


あの時は不機嫌そうに目を吊り上げていた。でも、今は少し夏芽の纏ってる空気が丸くなっている。

ヤンキー達を思う存分ボコってすっきりしたのか、それともリオン君から貰ったマヨネーズの美味しさに気分がよくなったのか。


……答えは言うまでもないな。


「じゃ、帰ろっか」


私は召喚前はけっこう気分良かったんだよな。今とは正反対。

私は肩を揺らし、天を仰いだ。


「雲、ないわ」


召喚前の空模様は雲があったような……気がする。いつのまにか流れたんだ。

どこまでも広がる青一色の空が私を妙な気分にさせる。何の変哲もない日常の風景の一つなのに辟易としていた毒気が抜かれているような、そんな気分。


私は自然と手が動き、その青空を撮った。


「はっ、還って一番最初に撮ったのがこれか」


あまりの馬鹿馬鹿しさとくだらなさに笑ってしまう。


「帰るぞ、深冬」


夏芽は振り返りながら、私を呼んだ。


「はいはい、わかったよ」


私はスマホをスカートのポケットしまい、小走りで夏芽の隣に駆け寄った。


「ねぇねぇ、帰ったらマヨネーズ私にも舐めさせてよ。それけっこう美味しいんだよね」


「やだ」


「え~、いいじゃん。お姉ちゃんに一口」


「やだ。これは私の」


「このマヨネーズ中毒者め」


ほんと、面倒で不愉快で馬鹿馬鹿しくて可笑しくて最悪な異世界トリップだった。

当分、忘れられそうにないわ。


とりあえず、二人の冒険?はここで一旦終わりです。


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