よかったじゃん
「ねぇねぇ」
私は顔を伏せている長髪王子に声を潜ませながら、顔を近づける。
長髪王子は不機嫌丸出しでぷいっとそっぽを向く。
「……なんだ」
「あれ、結局つかった?」
「は?」
「だからあれだよあれ。あのパ・ン・ツ」
「なっ!!」
おお、赤かった顔がますます赤くなっていく。
茹でタコみたい。
「つ、つ、つかうってどういう意味だ!」
「アレだよ」
「な、何だアレって!」
「だからアレだって」
「だからアレって何だ!意味わからないこと言うな!」
「あらあら、その様子だとつかったのかな?」
「なっ、何を言っている!ふざけるな、そんなわけないだろ!」
赤くなったと思ったら今度はプルプルと震えだした。
デジャブだわ。
「そうなの?それはそれはごめんなさいね。でも意外だったわ」
「は?意外?」
「つかったって言っただけでアレがどういう意味かちゃんとわかってたみたいだったから」
「~~~~!!」
長髪王子は声にならない叫び声をあげ、口をパクパクとさせている。
目から大粒の涙が今にも零れそうだった。あらら、泣いちゃったわ。
やっぱりというか相変らずというか。私が言うのもなんだけど、王子様がそんなに簡単に泣いちゃダメなんじゃない。そんなんじゃ、私みたいな人間に面白おかしく玩具扱いされちゃうよ。
「だ、だってそれはお前があの時、あんなことを言うから!」
「あんなこと?」
「あ、あ、あんなっていえば―……」
あんまりしゃべんないほうがいいんじゃない?
イケメン王子を不能王子と改めたのと同じく、長髪王子を墓穴王子に改めちゃうよ。
「お前なんか、お前なんか……」
あ~らら、このセリフ……このしゃくり上げる泣き方……前にも見たな。
前はこの泣き方をした後、何か捨て台詞を吐いて漫画みたいに走り去ったんだっけ。
今回もそうなるか?
「お前なんかさっさと還ってしまえ!この性悪女~~~!!」
泣き喚きながら長髪王子は私たちに背を向けた。
おっ、今回もそうなった。
「待て、今回は逃げるな」
その場を走り去ろうとした長髪王子の腕を影薄王子が掴んだ。
あ、なんだよ余計なことして。せっかく面白いものが最後見れると思ったのに。
「あ、兄上放してください!ここにいたくない!」
「ダメだ。王族として帰還の儀を見届ける義務がある」
「で、でも……」
「お前はそれでいいのか。その泣き腫らした顔のままこの王座の間から出て行っても。いい加減、周りの目のことも気にしてくれ」
「!!」
冷静な物言いだが、長髪王子には大声で叱られた以上に効果があったみたい。
長髪王子は大げさなほどビクンと肩を震わした。そして、片手で隠すように恥ずかしさで真っ赤になった顔を覆う。
私はちらっと周囲の人間の様子を窺ってみる。
あらら、たしかにこれは周り、見られないな。とても一国の王子に向けていいものじゃない。
長髪王子、あんたかなりドン引かれてるよ。
そのまま長髪王子は影薄王子の背に隠れてしまった。
「いい加減泣き止むんだ。せめてこの帰還の儀が終わる間だけでも我慢しろ」
「……あんたも大変だ」
目の前の影薄王子に思わずぽろっと零した。現時点で王子として使えるのは影薄王子だけだろう。短い期間だけど影薄王子の王宮での対応を見てきてそう感じた。一応こうやって泣き喚く弟をきちんと諫める良識や言葉選びもきちんとしているし、なにより佇まいが一般人より品も落ち着きも払っている。影がかなり薄くマゾに目覚めてしまったという点を除けば、一番真っ当だろう。
「すまないな、還る直前に。あまり絡むなと言っておいたんだが」
「……まぁ、還られる前に一言言ってやりたいという気持ちはわからんでもないけどね」
さてと、もうそろそろ時間かな。陣の中に入った方がいいかな。
「改めて二人には謝罪する。こちらの手違いで振り回してしまい……」
「ああ、もうそれ飽きたわ。さんざん言われたし」
「私も二人が帰還することに関して諦めたわけじゃなかったんだが、まさか大司教の記憶がこうも早く戻るなんて……」
「それも耳にタコができるくらい言われたわ……って、なんか話が微妙に長引いているような気がするんだけど気のせい?」
「昨夜は眠れたか?かなり王宮内がばたついていたからかなり騒がしかったんじゃないか?」
「聞きなってば」
おいおいこらこら、弟に絡むなって言ったばかりなのにどうしてお前が私にしつこく絡むんだ。せっかく気持ちよく還りたいにのにあんまりイライラさせないでくれない?
「もし、ここにいない誰かに言付けがあるのなら遠慮なく言ってほしい。私が……」
ここは無理やりにでも話を打ち切らないと終わらない。
無駄話のせいで十時を過ぎて還れなかったなんて、そんなのまったく笑えない。
「ないない、もういいでしょう。行くよ夏芽」
「待って!」
その場を立ち去ろうとする私を影薄王子は強い口調で引き止める。
「何?」
「……」
「……」
「……」
引き止めておいて無言かい。
何か言いたいことがあるから引き止めたんじゃないの?
私はむっとしながら目の前の影薄王子を睨む。
その影薄王子はなぜか何かを期待するような眼差しを向けてくる。
何だよその目は。私に一体何をしてほしいんだ。
ていうか、なんで私が何かをしなくちゃいけないんだ。
意味がわからん。
私は影薄王子の顔をまじまじと観察する。
心なしか影薄王子の頬と耳が赤い。そして目も微妙に泳いでいる。
このよそよそしさ、前にも見たことあるな。
………………ああ、そうかなるほど。
私に何を期待しているのかわかったわ。
この男は最後の最後に私の何かしらの加虐を与えて欲しいんだ。
こいつはマゾに目覚めた。私がきっかけで。
その目覚めさせてしまった私にもう二度と会えなくなる。名残惜しく思っているに違いない。
だから私を怒らせようとわざと話を長引かせたり話を聞いていない風を装って私を引き止めているんだ。
このマゾヤロー。良い度胸じゃないか。
そんなあんたに返す言葉はこれしかない。
「あんたが私に何をしてほしいか察した」
「……っ」
私は人差し指で影薄王子をトンとつつく。
「私はあんたに言いたいこともやってやりたいことも特にない。以上」
「え」
「さよなら」
これしかない。そんな残念そうな顔をしても無駄だ。
まともだとさっき思ったこと取り消すわ。
そして影薄王子を今から変態王子と改めよう。
「お話し中、失礼いたします。どうか陣の中にご移動いただきますようお願い申し上げます」
いつのまにか近づいてきていた大司教が頭を下げてきた。
「あ……」
「行きましょう。兄上」
何か言いたそうな影薄王子を長髪王子が控えめな声音で遮った。
無理矢理に涙を引っ込め、ごしごしと目元擦ったためか影薄王子の目がうっすらと腫れている。
「もう泣かないの?」
ハッと鼻で笑いながら言うと長髪王子はキッと赤くなった目で私を睨みつけ、フンと鼻を鳴らした。そして影薄王子の手を引っ張り、私ら二人から離れていった。
ずんずんと私ら二人から離れながら、横目で私を見てくる。私はその様子が面白くて手を軽く振ると、心底面白くなかったようで二度と振り向くことはなかった。
よかったじゃん。私らがきっかけで成長できたんだから。
吠える犬よりも威嚇する犬のほうが凄みも迫力もあると思うよ。




