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一触即発

今日も今日とていい天気。

青い空、白い雲が広がった空。


私はベッドの上で仰向けになりながら、スマホを持ち上げていた。


「今日も今日とて圏外か………」


スマホ画面の左上をじっと見つめる。

私はそのまま、スマホを振る。


「振ってもやっぱり圏外」


そのまま起き上がる。


「起きてもやっぱり圏外」


そして、再びベッドに仰向けになり、ごろんと横に1回転する。


「回転しても圏外か………ってこれ、昨日もやったな」


昨日と同じような天気。そして、私も同じ場所で同じ体勢になっている。


「昨日と全部同じ……………いや、違うな」


昨日と違う点がある。

まず一つ。ベッドが小刻みに揺れていること。

カタカタカタカタと、かれこれ三十分は経っていると思う。


私はその原因となっているほうに視線を向けた。


「夏芽、ゆらゆら揺らさないでくれない?すごいウザい」


「………………」


「無視かい」


そしてもう一つ。夏芽がベッドで寝転んでおらず、胡坐をかいて座っているということだった。夏芽は不機嫌を丸出しにした顔で、貧乏ゆすりをしていた。


小刻みに揺らす貧乏ゆすりがベッドにまで連動していた。同じベッドにいる、私にまで嫌でも伝わっている。


「やめてって言ってるのに」


ため息交じりに呟いた。普段はいちいち夏芽の貧乏ゆすりなんか気にしないし口出しもしない。

でも、仕方がない。夏芽が今、機嫌が悪いのと同じく私だって機嫌がめちゃくちゃ悪いから。普段、気にしていないことに嫌でも神経質になってしまう。


「痛っ」


ジクンとした痛みが右手に走る。この痛みは昨日、黄信号をタコ殴りした時のものだ。

一晩経ってもじんじんとした鈍い痛みが残っていた。私は赤く腫れている右手の甲を、忌々しく思いながら強くこすった。


「ゆらゆら揺れてて鬱陶しいし、手は痛いし、スマホは使えないし、還れないし、マジで類を見ないほどの最悪な気分」


私たちは現在、マジで還れないかもしれないというピンチに陥っている。帰還に一番必要な核となる大司教が夏芽の一発のせいで記憶喪失になってしまったからだ。


一発で記憶喪失って打ちどころが悪いにも程があるでしょ。


今、魔術師やら医者やらがこぞって治療に当たっている。女神官が言うには、かなり治療に手こずっているらしい。


聖女が国一番の魔術を持った大司教を殴って、しかも記憶喪失にさせるなんて前代未聞だった。一時的に記憶を封じ、それを解く精神魔法はあるらしいがそれは魔術の範疇に限ったやり方。記憶を封じられた精神魔法は同じ精神魔法で解くことができる。しかし、大司教の記憶喪失は魔法の類ではない。殴って記憶喪失にさせた人間の記憶を呼び起こす治療魔法も精神魔法もまだ、この世界には編み出されていなかった。


国一番の魔術の大司教の記憶喪失の原因が聖女。これは絶対に外部に漏らしてはいけない秘匿事項になった。王宮内でもこの事実を知っているものはごく一部。秘匿しながら治療を続けることは思いのほか、困難になっている様子。まだ編み出されていない記憶喪失への対処の治療を見つけなければいけないため、時間がかなりかかるらしい。


その時間はどのくらいかかると聞くと、女神官は黙ってしまった。

ただ、“数人の人間が治療を懸命に続けているためお二人は賓客の間で待機をお願いいたします”としか言われなかった。


私たちはその待機中である。


女神官の話を聞いてすぐに思った。

やばいじゃん。冗談抜きでやばいじゃん。マジでやばいじゃん。

現在までその「やばい」が頭の中でぐるぐると回っていた。


だからこそ、賓客の間に漂っている空気はわかりやすいくらいにピリついていた。

私と夏芽の機嫌の悪さは最高潮に達している。還れないということはSNSもマヨネーズも一切ないこの世界に留まらなければいけないということだ。今まではたった2、3日の辛抱だと思ってなんとか耐えてきた。しかし、その2、3日が無期限になるかもしれなかった。

「かも」しれないという曖昧なものに私たちは振り回されている。希望がまったくないと言われていないからこそ、イライラが募っている感じだった。完全に絶望もできないもやもやとした感情を私たちは持て余していた。こういう感情の持て余し方は私たち二人はなかなか経験してこなかった。だからか、少々微妙で厄介な空気が流れている状態だ。


「あ~、マジありえねぇわ」


正直、私の中で「日本への帰還」はすでに確定していたものだった。還れない可能性があるなんて一切考えていなかったし、考えたくもなかった。それが今、その可能性のほうが大きくなっている。


マジふっざけんなって感じ。なんで、還れるはずが還れないことになってんの。


―――なんで。


――――なんで?


私はムクッと起き上がり、スマホを横に置く。


「夏芽、あんたのせいだよ」


私の呟きに夏芽はピクリと肩を震わし貧乏ゆすりを止めた。


「………………は?」


夏芽はギロリとした視線を向けてきた。

私は夏芽の人を視線で殺しそうな睨みに一切の狼狽も動揺もしなかった。

まったく、恐いと思わないからだ。


はっ、そんな睨みで私が今更怯むわけないでしょ。

一体、何年一緒にいると思っているの?生まれてからずっとだよ?


私にとって夏芽の睨み癖なんてすでに日常の一部になっている。


「だから、夏芽のせいだって言ったの。あんたがあの大司教殴ったから、記憶喪失になったんでしょ?どうしてくれんの?」


「殴って何が悪い」


「悪いでしょ、この場合。誰が見たって」


「………………ムカつくな。そっちだって大笑いしていたくせに」


「そう、私は笑っていただけ。見てただけ。写真を撮っていただけ。殴っても蹴ってもない。どう見たって暴力という直接的な手段を取った夏芽のほうが罪が重いでしょ」


「まさか、自分はまったく悪くないって言うんじゃないだろうな?」


「まさか、私も悪いって言うんじゃないよね?ていうか、私はいつでもどこでも何にも悪くない。だから夏芽、私に謝ってよ」


「は?」


「言わなきゃわかんない?やっぱりバカだからわかんないか、しょうがないね」


「ああ?」


「何?文句あるの?謝れっての」


私たちは微動だにしないまま、互いに睨み合う。

一触即発。どちらかがピクリとも体を動かせば、それがゴングという名のファイト合図だという空気が流れる。


その時だった。


「あ、あの………すみません」


「「は!?」」


あ~、最悪。声が揃っちゃったよムカつくな。

一体誰!?今の私たちに声を掛ける命知らずは!

今、めちゃくちゃ忙しいんだから、声を掛けるんじゃないっての!


声がした方向に殺気交じりの視線と共に首を回すと、ビクリと強く肩を震わせたリオン君がいた。




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