私達の荒廃旅行
荒廃した大地。そんな地上をスキップするのは、真っ白なワンピースを着た可愛らしい少女だった。誰もがやつれた顔をする中で、少女はまるでそこが花畑の上なのではないかと錯覚するほどに明るく、楽しげで、笑顔に満ちていた。
豆と傷だらけで汚れていた僕は、そのある意味異質な少女の姿に見惚れてしまった。日焼けのない肌。長いストレートな髪。そして裸足であるにも関わらず少女の足には泥1つついてはいないのだ。
「待って!」
いつの間にか僕は花に吸い寄せられる蜜蜂みたいに、少女の側へと向かっていった。絶望に満ちた世界の中を歩くその少女を、どうしても放っておけなかった。
「君は、誰?」
口をついて出てきたのは、そんなありきたりな質問だった。少女は後ろからついてきた一台の馬車を引く馬の頭を撫でながら、おかしそうに笑う。
「どうして、名前なんて気になるの?」
「え?」
ふと見てみると、少女が撫でているその馬は、木馬だった。繋ぎ目からは軋むような音がして、至るところ傷だらけで、どのようにしてこの木馬が動き、人が10人以上も乗れるような荷車を引けているのか理解はできなかった。
「そんなことよりさっきのやつ、早く飲んじゃわないと」
「え!?この木馬ってしゃべんの!?」
「お前頭突かれたいのか?」
「すいません」
木馬に90度丁寧に頭を下げていた僕をよそに、少女はかわいらしく荷車の方へ行って、白いカーテンのなかに入り込んだ。
「あ!あったよ!あったよ」
「おぉ、そりゃ良かった。早く飲んでおきなよ」
この木馬が親代わりなのか、少女ははーいと返事をして喉を鳴らす音が聞こえた。
少女が水分補給をしている間、僕は遠ざかった街を眺めた。瓦礫の山みたいな街。徘徊する老人のような若者。花1つ咲いていない色のない大地。コバエのわくごみ捨て場。
「あーあ、なんとかならないのかなぁ」
僕はその場に座り込んだ。その様子に、木馬は声をあげて笑った。
「知っているかい少年。この世界、ある神が作ったんだ。それも立派な龍だ。それはもう体も大きくて、他の世界に全く劣らない素晴らしい世界を作り出したのさ」
「その話、私も知ってるわ!」
荷車から少女が生き生きとした顔を覗かせた。そうして弾むように歩きながら俺の隣に来ると、まるで夢の続きを話すように話始めた。
「その神様は、作った世界の生き物に任せてちょっと休憩してたんだって。そしたら、休憩してる間に時間が進みすぎてこんな風になっちゃったんだって!」
「え!?休憩時間にこんなんなったわけ?」
「おっかしいでしょ!?」
「なんでそんな長く放っておいたんだろうなぁ。もう一度だけでいいから綺麗な世界を見てみたいよ」
直後、少女は俺の手を両手で強く包み込んだ。一瞬心臓が凍りつくような感覚がして、次いで出てきたのは落ち着かない居心地の悪さと、幸せだった。
「私達は、この世界を作り直してるの!この世界を元の素敵な世界に戻すのがお役目!ねぇ、一緒に行きましょう!一緒に、この世界を素敵に戻しましょう!!」
「つ、作り直す!?ど、どうやって!?」
少女はなんの未練もなくするりと手を離すと、荷馬車にもたれ掛かってにんまりと笑顔を見せた。
「ふっふー、知りたいかね?知りたいかね?すごいよー?壮大だよー?驚いて驚きすぎて体が爆発しちゃうかもよー?」
「え?そんなにアグレッシブな秘密なの!?」
少女が試すように僕を見ている。僕もまた覚悟を決めて生唾を飲み込み、少女をじっと見た。沈黙すること数秒、少女の唇が動く。全ての神経を声に向ける。すると、
「おっしえなーい!」
という間の抜けた声が聞こえてきた。
「え、えぇぇぇぇぇ!!」
不満を露にするが、そんな僕の様子に少女は笑った。
「だーって、今言ったら面白くないんだもん!こういうのは後にとっておくべきなんだよ君~わかってないなー」
「でもさ、ちょっとぐらい……」
白い布をめくろうとしたその瞬間、少女は僕の手を強く叩いた。
「その布をめくることは私のスカートをめくることと同意ですのでそのつもりで」
鬼の形相に、僕は思わずその場で正座をした。
「大変失礼致しました」
「ふふ、よろしい!じゃあ行きましょ!世界を作り直すのよ!」
「お前はまた勝手に」
木馬は引く荷が重くなるからか不満を漏らしたが、少女は全く気にしてないようだった。木馬に跨がろうとして、少女は木馬の背を叩く。すると、みるみるうちに木馬は姿を変え、ご丁寧に背中にベンチができあがったのである。
「ほうらおいて行っちゃうよ少年!」
そう言いながら木馬の引く不思議な馬車は走り出す。僕は置いていかれないようにと、走って木馬のベンチに乗り込んだ。
少女に名前は特になくて、僕もまた名乗らなかった。木馬に名前が無かったし、僕らは不思議な無名の集団だ。
僕らは道に沿ってどんどん進んでいった。どこもかしこも荒廃していて同じような景色だったけれど、少女はいつも楽しそうに話してくれた。木馬もまた急ぎすぎず遅すぎず、自分のペースを守りながら歩いていた。
しばらくしてから、少女は何を思ったのかどす黒いもの見つけて木馬から飛び降りた。
「どこ行くんだよ!」
「泥だよ君!泥!」
「それ、ヘドロだから!危ないって!」
木馬は相変わらず歩いている。僕は木馬に止まってと一声かけてから今にもヘドロの沼地に飛び込みそうな少女を追いかけて駆け出した。
少女は近づくだけで異臭がするヘドロをためらうことなく両手ですくった。まるで綺麗な湖の水をすくうみたいにして。ヘドロはボコボコとガスを噴出し、僕は少女の手を掴んでヘドロから放そうとする。それでも少女は愛しいものを見るみたいにヘドロを眺めるのだ。
「この土も、今じゃあこんな感じたけど、きっと綺麗になるの。私達が綺麗にするの」
「でも、こんなのどうやって?」
「埋める?」
当たり前みたいにそういうものだから、僕は目をぱちくりさせてからヘドロの沼に目をやった。埋めるの?これ、埋めてなんとかなる?
「いや、臭いものに蓋をしても結局は」
と、呟くように言うと、少女の笑い声が聞こえてきた。
「あは!あはははは!君って真面目だなぁ!」
少女はいつの間にかお腹を抱えて目に涙を浮かべている。先ほどまでヘドロを掴んでいた手は、いつ洗ったのか汚れ1つない綺麗な白をしていた。
「あ、そだそだ。喉渇かない?」
「え?まぁ、確かに」
唐突な質問に思わずそう言ったが、少女の悪い笑みに僕はたじろいだ。
「待って、まさかこのヘドロを飲めって?」
体に毒にしかならなさそうなこのヘドロを飲めって?喉の渇きを癒す前に体がおかしくなりそうだ。
「ほらほら!こうするの!」
少女はヘドロの沼のそばを大声をあげながらスキップし始めた。
「綺麗になれー!いけー!がんばれー!君ならできるー!」
「え?頭大丈夫?」
すると、少女は目を細めた。
「ほら、君も応援するの!じゃないと綺麗にならないでしょ!」
僕はからかわれてるのかと一瞬疑ったが、覚悟を決めて声をあげた。
「がんばれー!綺麗になれー!できるぞー!ヘドロでもできるぞー!」
「ヘドロなんて言わないの!麗しのお土様って呼んで!」
「できるぞー!やれるぞー!麗しのお土様ー!」
恥ずかしくて顔は真っ赤だろうし、体が熱いけれど、少女は一層楽しそうに笑いながら声を上げた。
「綺麗になれー!もっと上目指せるよー!ほらほらもっともっとー!」
そんな事をしていると、先ほどまでの恥じらいやらがいつの間にか消えていた。ただ純粋に楽しくなって、いつの間にか僕達は笑いながらヘドロの沼の周りをスキップしていた。
「ほら、見て!」
少女が突然止まって、危うくその背中に激突しかけた僕は何とか身を翻して尻餅で済んだ。盛大に転んだこともあって尻は痛かったが、少女の指差す方向には先ほどまでそこにあったはずのヘドロが消えていた。透き通った水色の美しい湖がそこにはあったのだ。
「う、嘘だろ!」
「嘘じゃないのよねーこれが。ほら、私って天才だからさ、これくらい朝飯前っていうか、ちょちょいのちょい的な?」
僕は少女を無視して湖面に駆け寄った。透き通る水は底まで見通せるほどで、僕は震える手でその水をすくった。
こんなに綺麗な水は初めて見る。濁った泥水をろ過して、それでも疫病が流行るし、どこもかしこも汚染されたヘドロの沼ばかり。もうそれが当たり前だと思ってた。
腕の中で息絶える妹の姿が甦った。唇がカサカサになって、皮と骨しかないような体の妹の亡骸を。
何人この水で命を落としたのか。なぜこの美しい水を、先人達は守ってくれなかったのか。
水を一口飲んだ。冷たい。さらりとして、喉の奥から全身に染み渡っていくようだった。
「初めてだ。こんな綺麗な水を飲んだのは」
少女は笑顔のままそっと近づいて、僕の隣に並んだ。水面に写った僕はひどくぐしゃぐしゃな顔をしていたけれど、少女はどこか誇るように、嬉しそうに水を眺めていた。
「大丈夫。私達でこの素敵な世界を取り戻すの」
いつの間にか側には木馬もやって来てくれていた。
「そうだよ。そのために私達は旅をしているんだから。ほら、早く次に行くよ。あんたらのペースに合わせてたら時間がいくらあっても足りやしない」
木馬にそう言われて勢いよく立ち上がった僕だけど、少女は特に急ぐこともなく笑いながら木馬を追いかけていく。
「ねぇねぇ、木馬にノミみたいな足が生えたらすごくない?」
「え?そこは翼とか言わないの?」
「空飛んだら荷物落ちちゃうでしょ!おっかしー!」
「それ言うならジャンプしてもダメじゃん!」
「あ、そっか!」
「バカだなお前たち。早く乗らないとベンチ無くしちゃうよ」
木馬に脅すように言われて、少女は大笑いしながら乗り込んだ。
「ほら、行くよー!」
少女から差しのべられた手を、僕は何でもないように掴んだ。いつもより心臓の鼓動が早いことは、少女にも木馬にも秘密である。
新しい何かを見つけるのはいつでも少女だった。荷車のカーテンの中で僕にこっそりと水分補給をしてる時だって、突然声を上げて指を指すのだ。一体どこから見ているのか分からなくなるほどに、突然面白そうなものを発見しては荷車から飛び降りて駆け出してしまう。その度に僕は木馬に言って少女を追わなくてはならなかった。
「見て!土に絵を描いてるよ君!」
少女が駆け寄ったその場所には、乾いた土に指で絵を描く幼い子供達の姿があった。子供達を押し退ける勢いで絵のど真ん中まで行った少女は、腰に手を当てて仁王立ちをすると、呆気にとられる彼らに言いはなった。
「諸君、まだまだだな!」
突然現れて突然のダメ出し。僕は額に手を当てて小さくため息をついた。
「こら、自由な発想に口出ししない」
「いーや!口を出します!出させていただきます!」
少女の手を引くが、断固として動かない。
「あー、ごめんね皆。この人他の人とは違ってちょっと頭が」
「おっと、聞き捨てならんなそれは!」
少女はそう言いながらも、子供達の描いた絵をじっと見ていた。空に続く道や、その先にある空の城。そこにはたくさんの食べ物が山のように積まれていて、パンや団子には腕や足があって一緒に踊っている。
「あー、ダメだわこれ。全然ダメ!」
少女はそう言って、子供達ににんまりと笑顔を向けた。いや、笑顔と言うよりもそれはもうただの悪役である。
「ふふ、私の考えた竜巻魔神、タツマキボーイをとくとみよ!おりゃあ!!」
少女が手を左から右へ振ると、突然空気の流れは変わり、足元が渦を巻き始めた。雲が渦を巻き始め、下から上へ形作られていく。ムキムキの腕に、ぐるんと巻いた眉毛、そして大きく優しい目ができ、それはもう1つのキャラクターである。
「俺様は竜巻戦士タツマキボーイ!俺様に勝てると思うやつはどーんとぶつかってこーい!」
子供達は互いに顔を見合わせてから、次々にタツマキボーイにぶつかりに行った。タツマキボーイはその屈強な腕で子供達を持ち上げては喜ばせ、時には追いかけて遊んだ。その様子を見て、少女は満足そうに笑っているのだ。
その笑顔が、これまで生きてきて幸せだったと思えるほどに胸を熱くしていることに少女は気づいていない。
「ほら、次の場所行くよー」
木馬が呼んだ。僕らは返事をし、元気に動き回るタツマキボーイを横目に、その場を後にした。
少女はよく荷車のカーテンの中に入っていった。不思議な力を使うのに余程喉が渇くようで、何度も何度も、最近では何かを発見して大きな声を上げるまで荷車の中にいることもあった。
「そんなに喉が渇く?」
と質問してみると、少女は裸の体をカーテンで隠すように顔だけ出して僕に笑うのだ。
「私のこの美しいお肌が保てれるのはこの水分補給のお・か・げ。女はミステリーじゃなくちゃね。ふふ、気になる?気になっちゃう?」
「何言ってんだか」
少女が荷車の中に引っ込んでいくとき、それは悪気なく僕の目の中に飛び込んできた。中に積まれたたくさんのビンには、黒いヘドロがたくさんの詰まっていた。
なぜ、そんなにヘドロがあるのかと聞きたかったが、少女は見られたくなかったのだろうしと思うと言い出せなかった。どうしてそんなにたくさんの。そんな疑問ばかりが渦を巻く中で、僕達は次の村にやってきた。
そこでの待遇は今までとは違い、町中の人がこぞって少女に会いに来たのだ。
「あぁ、女神様。女神様」
とうわ言のように呟きながら少女に握手を求める姿は、僕には異様で、気持ちが悪かった。それでも少女は嫌な顔1つせずにその手を1つ1つ丁寧にとり、顔を見て、にっこりと笑うのだ。
それは大きな街にいくほどに顕著だった。中には涙を流して感動する者までいるくらいに。少女はどうやら都市部では有名人らしかった。その姿を眺めていた僕は、無言のままただじっとその姿を見る木馬に尋ねた。
「どうして、荷車にヘドロを積んでるんだ?」
「見たのかい?」
「見えちゃったんだよ」
「見たんだー!!」
そう言うと、突然耳元で少女の声が聞こえた。拗ねたように口を尖らせて、耳元で大声を出すものだから鼓膜がびりびりとして脳までも揺さぶられた気持ちである。
「そんなに私のスカートの中が気になった。そう言うことね」
「そうじゃないよ。それはあくまで君がカーテンの向こうをスカートの中身と同意だって設定しただけで」
「何真面目に答えてるのよ。あーあ!せっかく最後のお楽しみにとっとこうと思ったのにー!」
そう言いながら悔しそうに地団駄を踏む。
少女は人々に大きく手を振ってから僕を荷車の中に招き入れた。カーテンの中にはビンに入った大量のヘドロが積まれており、そのどれもが固く口を閉じられていた。
「これは各地の不幸なの」
少女はそう言ってビンを優しく撫でた。
「私達がしているのは、こうやって各地の不幸や汚染を集めること。そうして、一気に浄化するの。そうすればこの世界はまた綺麗な姿を取り戻すことができる」
不幸を集める?
「一部を綺麗にしても結局また汚れてしまうの。だから、私達はたくさんの不幸や汚染を集めて、それはもう一気に浄化しちゃおうってこと!皆、それに賭けてるの!私の活躍はこれから世界一になるのよ!」
少女は楽しそうに語った。
「皆知ってるってこと?」
「そうそう!ね!」
と、少女は荷車から大きく身を乗り出して木馬を見た。
「次が私達の最後の場所!そしたらこの世界の汚染も不幸も無くなるの!その時まで秘密にしとこーって思ってたのに!感動が薄くなったらどうすんのよー!ほらほら飲め飲めー!」
少女は僕に1つのビンを渡した。中には透き通る美しい水が入っている。
「勝手に覗いてごめん。ありがと」
「まーったく、知りたがりも困り者ね!せっかく泣かせるつもりだったのにー!」
少女も同じように綺麗な水の入ったビンを開けた。蓋には羽の模様が入っていて、少女はかわいいでしょと見せつけてきてから喉を鳴らした。
僕らが最後に訪れたのは見たこともない巨大な都市だった。瓦礫の山と化した街から次々と人々は現れて、 少女に毒々しいヘドロの入ったビンを手渡した。
「よっし、これで終わりね」
「あぁ、女神様。本当に本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる人達に、少女は照れたように顔を赤らめた。
「そんなそんな!私みたいな能天気がしゃしゃり出ちゃってごめんなさーい」
そう言って笑っている間も、僕はまるで行動しようとしない人々になぜか苛立っていた。世界中を旅して不幸を集めることをたった1人にさせるなんてどうかしているんじゃないか?と、憤りがこみ上げた。
「確かに受けとりました。後はもうご安心くださいな」
そう言うと、深いシワを刻んだ老人が一人、少女を抱き締めた。
「ありがとう。ありがとう。これで、世界は救われます」
「いいえ。救いましょ。綺麗な世界を作ってやりましょ!後は任せてください!」
少女は明るく笑って、最後のビンを大切に抱えた。たくさんの人に手を振って、そうして馬車に戻る。
「よーし、始めるよ君!」
少女はそう言うと、ヘドロの入ったビンの蓋を片っ端から開け始めた。鼻がもげそうな異臭に、僕は直ぐ様腕で鼻を押し潰した。目にも染みてとても開けていられない。涙が溢れてくる中でも、少女は何でもないように次々に蓋を開けていった。そうして、僕の見る、目の前でそのヘドロを飲み始めたのだ。
時間が止まったような気がした。信じられなかった。一体、何をしているのか、と。
容量と動きが全く合わないが、たった一口でビンのなかは空になっていく。そしてその蓋には羽の模様が入っているのが見えた。
「ま、さか、昨日飲んでたのは……」
なぜ分からなかったんだろう。僕が飲んでいたのは確かに綺麗な水だった。でも、目の前で君が飲んでいたのは……紛れもなくこのヘドロだったじゃないか、と。
「な、何してるんだよ!」
そう止めようとした時には、少女は最後のビンを空にしてしまっていた。
「そ、そんなこと、したら……」
「ねぇ、あの話覚えてる?」
突然の問いに、僕は頭が真っ白なまま少女を見た。
「この世界、ある立派な龍の神様が作ってて、他の世界に全く劣らない素晴らしい世界を作り出した話よ」
「それって、確か、作った世界の生き物に任せてちょっと休憩してたんだって。そしたら、休憩してる間に時間が進みすぎてこんな風になっちゃったって、そんな、話?」
「そうだ」
そう言うと、突然木馬は煙に包まれ、巨大な龍へと姿を変えた。長く巨大な体は、先ほどのみすぼらしい木馬とはあまりに違い、圧倒的で、それでいて立派であった。
「この世界を作ったのは、この私だ」
言葉が出なかった。一体、何が起こっているのかが理解できないんだ。
「あの話には続きがある。世界はすっかり汚染され、私はこの世界をなんとか立て直せないかと考えた。この汚染し尽くされた世界を浄化するには小さな変化では不可能だ。やるのなら世界を作り替えるほどに大きな変化が必要」
「で、神様は私を作ってくれたの!」
少女は照れ臭そうに、そして嬉しそうにそう言った。
「私はこの体の中にたくさんの不幸と汚染を溜めて、一気に浄化することができるの!そうしたら、この世界はとっても綺麗に生まれ変わるのよ!」
「浄化したら、どうなるんだ?」
「私?風になるの!」
「そんな!!それって、皆、皆知ってる、のか……?」
女神様と言いながら握手を求めてきた老人も、少女に会いに来た人々も、この少女が自分の身を滅ぼしてこの世界を救うことを知ってて、あのヘドロを渡したって、そういうことか!
ようやく彼らに向けられた気持ちの悪さを理解した。
「少し目を背けてたって言っても、この世界をこんなにしたのは僕達なのに、その全部を君が背負うって!?そんなことって!」
「それがこの世界の総意である」
龍はどこか悲しげにそう言った。
「おかしいだろ!そんな!たった1人にこんな、おしつけて!そんなの、そんなの、許されていいのかよ!許されて、いいのかよ……」
少女は驚いたように僕を見た。
「どうして?」
その言葉はあまりにも素直で、純粋な疑問の塊だった。少女の目には悲しみも、悔しさもない。死を目の前にしてもなんで動かないんだろうと言いたげな、そんな不思議な顔をしている。
「だって、君はこの世界のツケを押しつけられて、それで利用されて、滅びようとしてるなんて!たった1人に全部を押しつけられて、こんな、こんなに頑張ってきて、こんな仕打ち!」
「どうして?」
少女はもう一度問う。
「私はこの世界を綺麗にできるの。この世界を救うことができるの!」
少女は立ち上がった。体のあちこちには黒いアザが浮き出ているが、それ以上に少女は満足そうに笑っている。
「私にしかできない、これが私の人生なの。たくさんの命が救える。世界が綺麗になる。私はこれで満たされているのよ。それを満たされてないと思うのはあなたの勝手な考えでしかないの。私はこうしたいからこうするの。これが一番なのよ」
そうか、君はそうなのか。僕は急に納得した。僕は、僕の考えを押しつけていたのかと。
「皆この世界を諦めてた。でも君は、この世界を見放していなかった。美しいこの世界をもう一度見たいと、そう思ってたから。だから見てほしかったの。私がつくりかえる、それはもうきれいで素敵な世界!」
少女は思いっきり僕に笑顔を向けた。
「ほら!始めるよ!」
少女はクルクルと楽しげに回りながら踊り出した。指先から、足先から、花びらが飛び散り、少女の体は削れていく。花びらは落ちた場所から芽を出して、恐るべきスピードで成長を始めた。土が意思を持ったように溝を作り出したかと思えば、美しい水がどこからか流れ始める。
目線の先にはスキップをしながら大地を大声で応援する少女の姿があった。消えていく。花びらへと君が変わっていく。花びらの群れにかき消されていく。
「ねぇ!見て!」
元気のよい声が聞こえた。花びらのせいでもう君の姿は見えないけれど、君の浮かべる表情は手に取るように分かるんだ。
「とっても綺麗でしょう!」
風にのってそんな声が聞こえた。直後、舞っていた花びらは空へと舞い上がり、少女の姿は消えていた。
先ほどまで花びらのせいで見えなかった目の前には、美しい花畑と湖が広がり、蝶が舞っていた。
「そうだね。君は、これがしたかったんだね」
ボタボタと涙が落ちる。それでも君は僕にこれを見せたかったのだ。だから、僕は感謝も寂しさも、全部全部ひっくるめて、立ち上がり大声を張り上げた。
「綺麗だぞー!やっぱりすげーよ!ヘドロ……じゃなくて麗しのお土様やればできんじゃーん!」
龍も荷馬車もそこにはない。たった1人の僕に、
でしょ!?
そんな声がどこからか聞こえてきた気がした。
これが彼女の生き方で考え方。人には色んな生き方、考え方があるから。これも1つの幸せなんだと、そう思っていただけると嬉しいです