第 8 話
「トイレ行きたい。」
利郁が眠りについて30分ほどたった頃、澪が横でつぶやいた。
「ねえ、トイレ行きたいんだけど。」
澪に体を揺すられて、利郁は目を覚ました。
「え?……なに……。」
「トイレ。」
トイレという単語から、2人が手錠でつながれているという現実が一気に襲ってくる。室内にあるものの、手錠でつながれている以上一緒に行かなければならない。
「え、あの、どうしよう。」
「我慢できない。」
「ですよね……。」
利郁は目をこすりながら起き上がり、無言でトイレの方へ足を運んだ。すると、澪も自然と引っ張られる形になる。
「見ないからして、あっち向いてるから。」
トイレのドアを開けて、利郁は澪にそう告げた。洋式の、ごく一般的なトイレだ。
「えっ、リクと一緒にしなきゃいけないの?」
「一緒にはしませんから……見ないからしてください。」
「なんでリクの前でおしっこさせられなきゃいけないの?無理!」
「あの、させられなきゃいけないって、その俺がさせるみたいになるからやめて……。」
利郁は下にしゃがんで、顔を背ける。澪は恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、観念して便座に腰を下ろした。手錠でつながれていない右手を使って、キュロットタイプのスカートと下着を少しずつ脱ぐ。そして顔をしかめて、利郁に声をかけた。
「……ねえ出ない。」
「は?」
「恥ずかしくて出ない!音聞かれるのやだ。」
「ええ……じゃあ耳ふさいでるから。」
利郁が耳を手でふさぐと、澪は下を向き緊張を解き始めた。チョロチョロと遠慮しがちな音が漏れ出る。
「もう恥ずかしい。」
澪は何度もそうつぶやきながら唇をかみしめ、なんとか最後まで出し切った。すぐにトイレットペーパーを手に取ろうとしたものの、いつものように手錠でつながれている左手を使ってしまう。
「わあっ!?」
利郁は勢いよく右手を引っ張られ、思わず声を出して澪の方を振り向いた。
「きゃあああああああああああああ……!!!!!」
狭いトイレの空間に、澪の叫び声が鳴り響く。同時に、澪の右手が利郁の頭を突き飛ばした。利郁が床に倒れると、手錠でつながれた澪も前方にバランスを崩しその上に覆いかぶさる。
「いってえ……。」
利郁の視界に、下着がずれた状態で自分に抱きつく澪の姿が飛び込んできた。
「こっち見ないでって言ったのに!!」
澪は顔を上げて、利郁をにらみつける。
「とりあえずパンツはいたら……。」
「ぱっ……!」
澪は顔を真っ赤にして、下着を直した。
「サイテー!!」
「いや俺が悪いの?そっちが勝手に引っ張って突き飛ばして、見たくもないもん見せられたんですけど。」
「なにそれ?パンツ見たくせに…おしっこの音まで聞かれて、もうお嫁に行けない。」
「聞いてねえから。そんなことより、どいてくださいよ。」
利郁にそう言われ、澪は慌てて体勢を整えた。そして無言で立ち上がり、利郁を引きずって洗面所へ向かう。手を洗うと、元の場所へと戻り利郁に背を向けて横になった。あまりにも殺気だった澪の様子に、利郁は一言も発することができない。同じように横になって背を向けると、横からすすり泣く声が聞こえてきた。
「え、あの、え、大丈夫?なにも泣かなくても……そんなに聞こえなかったし。」
「やっぱり聞いてた…変態なのはTwitterだけじゃなかった。」
「変態なのは認めますけど、聞こえてきたから不可抗力でしょ。お嫁に行けないとか、大げさすぎません?」
「……結婚したい人がいるの。」
澪が静かにつぶやき、2人の間に沈黙が流れる。
「結婚?え、結婚するの?」
「結婚したいから、離れたくないから家に帰りたくないの。親の転勤で、また海外に行かなきゃいけなくなって……日本にいたいの。」
衝撃的な告白に、利郁は言葉を失った。
「……あーだから、あんな時間にさまよってたのか。にしても、驚いた。そんな男の人がいるとは。それはうん、申し訳なかったです。」
そう澪に告げたが、何も返事はない。利郁はなぜか鼓動が早くなるのを感じながら、目を閉じようやく眠りについた。




