第 6 話
一方、男は追うことを諦めて駐車場へと急いだ。車に乗りこんでエンジンをかけ、慌てて発車させる。敷地内の出口にたどり着いたところで、男は下りと上りにわかれている道の下りを選択した。人間の心理として、下りのほうが逃げやすいと思ったからだ。しかしいくら下っても、2人の姿は見えない。
「くそっ!」
仕方なく、男は来た道を引き返して6階の部屋に戻った。そしてまだ痛がる様子を見せる運転手の男に声をかける。
「おい、あいつらもう放っといて空港の方に向かうぞ。」
「いいのか、AV5本出せって言われてるんだろ。」
「4本撮ってるし、足りなくても殺されるわけじゃねえよ。明日の便でフィリピンに飛ぶから、ガキの口止めも必要ねえわ。」
「そうだな、早いとこ逃げるか。」
男たちは、早々に結論づけて、廃墟のホテルを後にした。
その頃、利郁と澪は上り方面へと走って逃げていたが、明らかにスピードが遅い。利郁が懸命に引っ張り、澪はなんとか足を動かしていたが、そのうち完全に止まってしまった。話すことも困難なほど、息も上がっている。
「ねぇ……も、無理。」
澪の言葉を聞いて、利郁は足を止めて振り返った。息を切らしながら、澪に声をかける。
「……歩ける?」
澪はうなずいた。
「多分もう追ってこないんじゃないかな。車出されてたら、追いつかれてるくらい時間たってるし。」
利郁はそう言いながら、今度はゆっくりと歩き始めた。携帯を取り出して画面を見ると、時刻は午前2時を過ぎたところだ。充電は、3%と表示されている。また不在着信やLINE、Twitterの通知も数多くきていたが、電池を消費しないように見ることはしなかった。
「警察に電話したいけどここがどこかもわからねえ……ってGPS!発見してもらえるじゃん!小島さん、携帯の充電ある?警察に電話して、保護してもらおう。」
「…………。」
澪は、何も答えなかった。利郁が足を止めると、澪も立ち止まる。
「小島さん?」
「嫌だ。警察には、電話したくない。」
「は?な、なんで?保護してもらわなきゃ、帰れないって。」
「帰りたくないから。」
「えっ……か、帰りたくないって……。え!?」
「帰らないの。」
「いやいや、なんで……。手錠だってまだとれてないのに。どうすんの、これ。」
利郁が問いかけるも、澪は下を向いて黙り込んでしまった。12月の寒空の下、人気のない真夜中に2人はその場で完全に止まってしまう。必死で走っていたときには感じなかった寒さが、体中の汗を冷やした。白い息が、その寒さをよりいっそう際立たせる。
2人の間に沈黙が流れたとき、利郁の耳に水がはねるような音が聞こえてきた。
「……何か聞こえる。」
「え?」
澪がパッと顔を上げた。
「波の音だ、海があるんじゃないかな。ちょっと向こう側に行ってみない?」
利郁は澪の返事を聞く間もなく手を引っ張り、歩道の反対側にあるガードレールの方へと渡った。
「やっぱりそうだ、海がある!」
ガードレールを越えると崖になっていたが、暗くて何も見えない。しかしその先の方には、海が見えた。
「砂浜になってるところまで行かれないかな…あ、向こうの方にそれっぽい、降りられるんじゃないの。」
周りをよく見ると、ガードレール側から少し先に行ったところがどこかにつながっているようである。
「行こう、とにかく移動しよう。何か寒さをしのげるものが、あるかもしれないし。」
声をかけても、澪は反応しなかった。利郁はため息をつき、澪に告げる。
「あーもうわかった!帰ろうとか言わないか……」
「本当!?じゃ行こ。あっちだっけ。」
澪は利郁が言い終わる前に答え、先の方向へと歩き出した。利郁も、引っ張られるようにその方向へと歩き出す。
「……。」
「どうしたの?」
「いや、何もないです。」
「あ、ずっと引っ張ってくれてありがとね!」
「いえいえ。」
「ねえ、何であんなに走り続けられるの?」
「中学のとき、陸上やってたから。」
「え、部活?」
「そう、中距離だったけど走り続けるのはけっこうできる。」
「そうなんだあ~すごーーい!」
「絶対思ってないよね?そうなんだが適当すぎるでしょ。」
「言いがかりやめてください~って、あっ降りられる!砂浜!ねえ砂浜あるよ!」
2人が早歩きでたどり着くと、そこには大きな石の階段があり、砂浜に降りられるようになっていた。利郁の耳に聞こえた波の音が、はっきりと聞こえる。
「小島さん、とりあえず降りてみよっか。」
「うん。」
何のあてもなく階段を降り始めたが、不思議と2人の表情は明るかった。




