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第5話

暗がりの中、浴室内にあるものを確認すると、コップやシャンプー等の備品が残っているようだった。利郁は、もう一度澪に声をかける。

「小島さん。」

やはり澪は反応しなかったが、利郁は浴槽の方に向かって行った。手錠でつながれた左手によって、自然と澪も引っ張られる。

「ちょ、何、どうするつもり……。」

利郁はコップにシャンプーを入れて水で薄め、澪に渡した。同じものをもう1つ作り、手に持つ。

「これをあいつの目にぶっかけて、逃げるんだ。」

「そんなの、うまくいくの!?」

「わかんないけど、男が1人なのは今しかない。今しか逃げ出すチャンスないだろ。とにかくやるしかない。」

「……うん、わかった。」

「俺が今から声出すから。ぶっかけたら、全力で走って。」

澪は頷き、利郁とドアの近くに移動した。

「わあああああああああああああああああ!やめろーーーーーーーーー!!!!!」

利郁がドアの外に向かって大声を出すと、その声を聞いた運転手の男はドアを勢いよく開けた。

「何だ!?」

その瞬間、2人は運転手の男の目をめがけてシャンプー入りの水をかける。

「わあっ……うわ目が……!」

運転手の男が目を手で覆い、後ずさりした。その隙に利郁は右手で澪の左手を握って走り出したが、「うっ、待て!」という声が聞こえ、部屋のドアを開ける一歩前で澪が腕を掴まれてしまった。

「きゃあ!!」

「逃がさねえぞ!!」

運転手の男は声を荒げたが、シャンプーがよほど目にしみるのかまともに前を見れずによろめいていた。

「くっそ、離せよこの……」

利郁が振り返って引き離そうとしたとき、その言葉をかぶせるように「離せよくそ野郎!!」

と澪が叫んだ。そして運転手の男の股間を、左足で勢いよく蹴り上げる。

「うぐぐっぐうううう……!」

運転手の男はガクッと膝をついてその場にうずくまり、低いうめき声を漏らした。

利郁はあまりにも痛そうな光景と初めて見た股間蹴りに一瞬青ざめたが、すぐさま我に返り澪の手首を掴んだ。2人は目を合わせ、ドアの方に走って部屋の外に出たが、部屋の外は暗闇である。

「真っ暗…どうしよう。」

澪がぽつりとつぶやく。

「こっちに行こう、さっきの男が戻ってくる。非常階段があるかもしれないし。」

そう言って、利郁は上ってきた階段とは反対方向に早足で歩き出した。暗がりなので、走ることができない。暗闇のなかを進んでいくと、突き当たりにある窓からかすかに光が差し込んでいた。そしてその横には、非常階段へと続くドアがある。

「あった!非常階段だ!」

そのとき2人の後方から、男の叫ぶような声が聞こえた。どうやら部屋に戻ってきたらしい。

「どこ行きやがった!」

男の懐中電灯の光が2人の方に向けられ、走ってくるのがわかる。利郁は固くなったドアノブを渾身の力をこめて回した。

「くっ……!」

澪も右手で思いっきりドアを押し、ドアが開いた。利郁はとっさに手錠でつながれた右手で澪の左手首を掴み、走り出す。その音とドアが閉まる音が、その場に大きく響いた。

「待て!!」

男の怒号のような声が聞こえたが、利郁は振り返ることもなく階段を駆け下りる。しかし男もすぐに2人を追いかけ、非常階段を降りだした。2人は手錠でつながれているためか思うように階段を降りられず、男は一気に距離をつめてくる。ようやく1階に着いたとき、男はすぐ後ろに迫っていた。2人が走り出すと、男もそれを追いかけてくる。

敷地内のどこに出口があるのかなにもわからなかったが、とにかく逃げるしかない。しばらくすると、澪が息をきらしながら声を出した。

「無理、走れない……。」

「えっ?」

「もう走れな……」

「俺が引っ張るから。」

寒空の中、白い息をはきながら、利郁は一気にスピードを上げる。だんだん澪の力が抜けて、利郁に加重がかかるのが目に見えてとれた。それでも、駐車場だったと思われるような砂利道をひたすら走り続ける。5分程たつと、最初こそ縮まっていた男との距離も徐々に差が開いてきた。後ろを振り向く間もないほど懸命に走りつづけるうちに、男の足が止まる。そのうち敷地内の出口にたどり着いたが、利郁は足を止めずそのまま車道を走り続けた。

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