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4 緑栄と小花と陛下

 はっはははっとこの部屋では珍しく軽快な笑い声が聞こえてきた。

 いや、最近では珍しくないか、と笑われながら緑栄りょくえいは一人思う。


「で、ほうを奪われて仕方なく化けたのか」

「回復したとは言え、青蘭が心配なので側で見て欲しいと」

「溺愛だな」

「全く…」

 そう言いながら、紫鈴が居たら「主にだけは言われたくない!」と反発しそうだな、と、また思う。

 緑栄は今、女官姿である。

 美しく施された化粧に、しなやかに佇む姿。

 どこからどう見ても紫鈴そのものであるが、一人だけ騙されない女官がいる。


「失礼いたします。あ、紫鈴…姉さん?」

 薄桃色の花の枝を持って帝の私室に入ってきたのは青蘭せいらんだ。

 童女の様なあどけない笑顔が怪訝そうになる。

 その顔を見て、やはり分かるのだな、と緑栄は両手を合わせ正式な礼を取る。

「お初にお目にかかる訳ではないのですが……

 名乗るのは初めてですね。伯緑栄と申します」

「緑栄様! その節では大変お世話になりました」

 青蘭は慌てて花を置き、平伏しようとするのを緑栄は止めた。

「紫鈴と同じ立場なので、平伏はやめて下さい。頭を下げねばならぬのはこちらの方です。

 青蘭には私の配慮が足らぬ為、要らぬ心配と心労をかけました。申し訳ない」

「いいえ、こう言っては何ですが、あの事があって紫鈴姉さんと本当の意味で心が通う事が出来ました。緑栄様とまたこうしてお会い出来て、嬉しいです」

 臆面もなく、ただ真っ直ぐにそう言って笑う青蘭を眩しく見やる。

 奥宮においてこの様な人物は得難い。


「青蘭、花がしおれるぞ」

「あ!大変! すみません、水切りしてきます」

 とととっ駆けだして花を水屋の方へ持って行く青蘭を見送って、一人思った。

「こちらも相当だ」

「…声に出てるぞ」

「あ、これは失敬」

「まったく、すっかりあれに骨抜きだな、双子は」

「そっくりそのままお返しします」

「やらんぞ」

「ご心配なく。熟女が好みなもので」

「…初耳だぞ」

「初めて言いましたので」

(下手な悋気は買わぬが吉)

 これは言葉にならなかった様で、帝はほーう、とまじまじと緑栄を見るだけにとどまった。


「では仕事に戻ります」

「何だ、青蘭の茶は飲まぬのか?」

「紫鈴が朝から出てしまったので、仕事が溜まっているのです」

 それに、と帝の側を去る際に小さく囁く。

「紫鈴と違って野暮は致しません」

「お前な…私はそんなに度量の狭い男か」

 その言葉に大きく頷く緑栄を見て、ガクッと首を垂れ、しっしっと手を振った。


 臣下の礼を取り退室すると、緑栄は茶房の方へ声をかけた。

 青蘭がととっと出てくる。

「今、湯が沸く所ですが」

「すまないね、仕事が立て込んでいるので先に戻るよ」

「分かりました、緑栄様」

 青蘭のその言葉にしっと人差し指を立てて、紫鈴の口調で喋る。

「この格好をしている時は紫鈴と思って呼んでね。

 私でも、本人でも」

 あっと両の手で口を塞ぐ仕草が可愛い。

 こくこくと黙って頷く青蘭に、よろしくね。と紫鈴並に目配せをして、その場を離れた。


(あぶないあぶない)

 あまりの可愛いさに頭を撫でる所だった。

 恋愛の情はもちろん無いが、どちらかと言うと小動物を愛でる感覚に近い。

 が、しかし。そんな所を帝にでも見られた日には問答無用でどこに飛ばされるか分からない。

 奥宮へと続く廊下を歩きながら、背筋をピッと伸ばした。

 歩幅に気を付けて足の先まで神経を行き届かせると、もう自然と女性の歩き方になる。


 私は伯紫鈴。奥宮高位女官。


 最後に口の中で呟くと、もう身も心も紫鈴となった。



熟女?! そんなはずな……ムグムグ……

by紫鈴(緑栄に口を塞がれています)

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