覚悟の日
「・・・全く!お主は何を考えておるんじゃ!」
アルフ爺さんの怒号が部屋に木霊する。盗賊組合に単身乗り込んで1日後。此処は大賢者であるアルフ爺さんの執務室だ。
「へいへい。悪かったよ」
俺はテーブルの上に置かれた皿からクッキーを摘み口に放り込む。
甘みが口いっぱいに広がり、幸福感を湧き立たせてくれる。この世界で甘味、砂糖はとても貴重品なのだとか。
そいつをふんだんに使っているのだから不味い訳は無い。
自分自身こんなにも甘味が好きだったとは思って居なかったよ。
「・・・・ムフッ」
俺の方を見て居たアルフ爺さんが気味の悪い笑い吹き出した。
「・・・何だよ?」
「いやぁ・・・美味そうに食べとる仕草とほころんだ顔が何とも・・・グフフッ」
うぉ!?ゾワッっとした!?何考えてんだよ!?
「止めろ!喉を通らなくなる」
「良いではないか!可愛い子を愛でるのは爺の特権じゃ!」
「馬鹿か!んな特権有るか!!!だったら男の子は如何なんだ!」
「男の娘も大歓迎じゃ!!!」
「・・・絶対ルビが必要な奴や・・・」
余りにもの駄目さ加減に俺は頭を抱えた。
「ウォッホン!まぁソレはさて置き!何故あんな事をしたんじゃ!」
「・・・仕方が無ぇだろ、職業が無けりゃ恩恵が使えないんだろ?しかも俺は職業「村人」にすら成れない無職だ。
神の教えにでも反しなきゃ・・・」
「そんな事を怒っているのでは無いわい!!」
「・・・は?」
何言ってんだこの爺さんは?一体何に怒ってるんだ!?
「お主・・・「バッド」と名乗ったそうじゃの・・・」
「えぇぇぇ・・・ソコぉ・・・?」
これが多分「素っ頓狂な声」と言うやつなのだろう。初めて経験した。
「「ソコぉ」では無い!何故じゃ!?何故もっと・・・もっとこう、キュートで、可愛くて、エクセレントで・・・」
「「その通りです!大賢者殿ぉ!!」」
そう叫びつつどこからか出て来た衛兵ABが劇画みたいに残念爺に縋り付く。なんだこれ・・・
「お主等・・・判ってくれるか・・・可愛い娘には可愛い名前・・・これぞ真理」
「判りますとも・・・」「流石大賢者様!」
何か3人で肩を組み始めた・・・もう駄目だ、早く何とかしよう。
「・・・メイドさ~ん、変態が3名居るんですけど~」
と言う事で、援軍を呼ぶ事にした。
俺の呼び声を聞いたメイドさんは部屋に入って来るなり・・・
「あらあら・・・皆様少し頭をお冷やしになられた方が宜しいかと」
タパタパタパ・・・・
「あっつい!!あっっつい!頭に紅茶を掛けあっつい!!!」
紅茶を頭に浴びせ掛けるメイドさんの3人を見る目はとても冷たかった・・・
「・・・ってな事が有ってな・・・」
「・・・お前、苦労してるんだな」
盗賊組合の応接間に通された俺はテーブルに突っ伏し、城の中での出来事をギルマスに愚痴って居た。
「・・・はぁ・・・んで、例の件はどんな感じ?」
気を取り直し俺は本題に切り込む。
「・・・一応見つけた」
「へぇ!早いな!1日足らずかよ」
「・・・そりゃな。あれだけ豊富な資金が有って、「時間掛かりました」では示しが付かん」
そう言って俺の方を睨む。
「まぁ何だ・・・だと追加注文しても良いか?」
「あぁ。正直後10回位なら無料で依頼受けてやる」
「・・・俺は一体幾ら出したんだ?」
中々無茶をしたからなぁ、ちょっと心配になって来た。
「気にするな。巧く捌く」
あ、悪そうな笑みを浮かべてる。取り合えずこっちに実害が無ければ気にしないが。
その後他愛も無い話をした後、ギルマスと一緒に暗殺者の居る場所へ向かう流れになった。
ギルマスも暗殺者に興味が有る様で、一目見たいってさ。
「それにお前だけじゃ辿り着けん」
その言葉の意味は後に思い知らされる事となる。
暗殺者の住家は王国の郊外・・・森と山の境目にひっそりと建つ一軒家。
馬車で移動したが半日掛かった上に、森の中は作為的に迷う様に手が入っていた。成る程、確かにギルマスと一緒じゃなきゃ無理だなこりゃ。
「・・・なぁ、今在宅中なのか?」
「あぁ。在宅してる筈だ」
「監視でもしてたのか?」
「・・・んな事して後ろから・・・は勘弁だからな。直接話しは付けて置いたんだよ」
「確かに。下手に動いて敵対行為って取られりゃどうなるか解らんわな」
お互い苦笑いをしつつ家の前まで進むと、
「開いてるから入って来い・・・」
静かだが、重い声が届く。それだけでも威圧感が半端無い・・・が、こっちも引けない。引ける退路すら無い。
「じゃぁ遠慮無く。お邪魔します」
ドアを開け中へと入る、家の中は殺風景と言う言葉がそのまま具現化した様な模様だった。
机に椅子が3つ、棚にはビン類がきちんと並べられ奥にはベットが1つ。
男は俺達に背を向ける形で椅子に座り、何か飲み物を呷っていた。
体はお世辞にも大きくは無く、一見すれば隣に立つ盗賊組合のマスターの方が強そうに見える。
が、纏っている雰囲気が凄まじい。戦いとは無縁の日本に居た俺ですらその雰囲気を敏感に感じてしまう程だ。
「そう殺気立つなよ、旦那」
その様子を見かねたギルマスが男の背中に声を掛ける。と、途端にその雰囲気が消え去った。
・・・成る程、これが暗殺者の業なのだろう。
「そいつが言っていた・・・俺を探してた奴か」
ゆっくりと此方に振り向くその顔は・・・以外にも普通のおじさんである。服装も王都に居た一般人と同じ物を着ており、全く暗殺者とは思えない風貌だ。
(まぁ一目で暗殺者と解ったらそれはそれで問題だろうがな)
と、思いつつ「そうだ」と肯定すると、直に踵を返し、
「帰れ、お前の様なガキを相手にするほど暇じゃない」
と、言って又飲み物を呷り始めた。ソレをみたギルマスは肩を竦め、俺の方を見た。
「・・・そうは言ってられねーんだよ、こっちは。俺の全てが掛かってんだ!」
引く気の全く無い俺の言葉に暗殺者のオヤジは背中越しに溜め息を一つ吐くと、徐に立ち上がり、棚から瓶を一つ取り出す。
「こっちに来い」
そう言いながらショットグラスを左手に持ち、瓶と一緒に机へ「ドンッ」と叩き置く。
瓶の中からショットグラスへと垂れる液体はドロリとしていたが、匂いは粗無臭だった。
「毒だ。コイツを呷れば話位は聞いてやる」
「旦那!?そいつは流石に理不尽って・・・」
「お前は黙ってろ?」
「ッ!」
オッサンの言葉と一緒に放たれる雰囲気に、流石のギルマスも言葉を繋げることが出来なくなる。
「・・・流石一流の暗殺者って所だな」
「・・・・・」
俺の感心にも無言で重圧を掛けて来る。付き合う心算なぞ微塵も無いのだろう。
「なぁオッサン、ショットグラス(コレ)を飲んだら話を聞くってんなら・・・」
俺は机に座るオッサンの正面に回る、そして・・・傍らの瓶の方を手に取った。
「瓶空にすりゃ認めてくれんだろ?」
「お前!何を!?」
ギルマスの言葉が終わる前に、俺は瓶の中身をラッパ飲みし始める。
「ゴクッゴクッ」静かな部屋の中に喉が鳴る音だけが木霊し・・・数秒もしない内に空の瓶が出来上がった。俺はソレを意趣返しと言わんばかりに机に叩き置く。
「・・・これで、良い・・・う・・・・ウグッ・・・・ゴゥエエエァァア」
途端に全身が痙攣し始め、内容物が逆流を始めた。毒と言うのは本当の事だったのだろう。まぁ、俺にしてみればどちらだったとしても、飲み干していた事に変わりは無い。
だが・・・めっちゃ苦しい。何とか抑えようとしても体は勝手にもがき、至る所を掻き毟り続けた。
「馬鹿野朗!何て事しやがる!!」
堪らずギルマスが叫び暗殺者のオッサンの方を向くと、
「早く解毒剤を!」
「アホか?無理に決まってるだろ?」
暗殺者のオッサンは心底呆れた様に吐き捨てた。
「何だと!?」
「俺の毒を・・・瓶1本呷ったんだぞ?解毒剤が効く量なんざ既に越えてる」
「・・・・」
「弟子になりてぇ・・・なんて馬鹿はまだ来る、ソレを追い返す為の手なんだがなぁ・・・」
「だったら尚更だろ!?」
「お前が気にする事じゃねぇよ。唯無謀な馬鹿ガキが毒を大量に摂取して死んだ。それだけの事だろ?」
「・・・チッ!」
暗殺者のオッサンの言う事は尤もであったが故、ギルマスも言葉に詰まる。
そうしている内、辺りは静かになる。
「・・・まぁ、遺体くらいは弔ってや・・・」
「・・・がっでに・・・ごろ゛ずんじゃ・・・ね゛・・・よ」
「「!!」」
そのに居た男2人は仰天した。既に死に絶えたと思って居た少女が・・・机に手を掛け這い上がって来たのである。
「・・・うっ」
その少女の顔を見たギルマスが無意識に声を上げる。
口や鼻からは吐瀉物と血が混ざった物が大量にへばり付き、目からは文字通りの「血の涙」を流していたからだ。
「・・・何故生きている?」
流石に暗殺者のオッサンも面食らった様で、言葉の中に動揺が含まれて居た。
俺は流石に立って居られず、傍らの椅子へと倒れこむ様に座る。
「・・・じねね゛ぇがらな゛(死ねねぇからな)」
「・・・何だそりゃ!?」
堪らずギルマスが割り込む。
「ズマン゛・・・ぞのま゛え゛に・・・みず・・・ぐれ゛」
「・・・」
水を差し出したのは暗殺者のオッサンだ。・・・まぁ流石に死体に鞭打つ様な事はしないと信じたい。
その水を一気に呷る・・・が、体内すら毒素等でズタズタなのだろう、
「ゴホッ!!ガハァ!!ゴホゴホッ・・・」
粗体内に入る事無く吐き出された。ソレを見た暗殺者のオッサンが、
「・・・少し待ってやる。話はソレからだ」
そう言って外へと出て行った。・・・どうやら交渉への1歩は踏み出せた様だ。
「・・・つまり、お前は2年間死なねぇのか!?」
「そう言うこった」
あの後暫くすると、暗殺者のオッサン・・・リザルは兎を3羽抱え戻って来た。
「長くなるんだろ?今日は家に泊まれ」
そう言いつつ兎を捌き始める。その後、俺の置かれた立場の説明を始めたのだが・・・
「なぁ、2人とも・・・もしかして、ニーマの事、信仰して無ぇのか!?」
「ハッ!信仰で飯が食えりゃ幾らでも拝んでやるさ!」
「・・・とっくにな。だが、何故今ソレを聞く?」
ギルマスとリザルが不思議そうな顔を俺に向けた。
「・・・信仰者の前じゃ詳しい事を声に出せなかったからな」
「・・・成る程。徹底していると言う事か」
「あぁ。全く・・・あのクソビッチ!外面だけは良いからな!」
「・・・オイオイ、曲がりにも女神を「クソビッチ」呼ばわりかよ」
ギルマスが半ば呆れた顔をするが、クソビッチはクソビッチなので他に言い様が無い。
「クソビッチがした事を思えばこれでも譲歩した方だぞ?」
「・・・確かにな。お前の言っている事が本当なら・・・流石の俺すら胸糞が悪くなる」
リザルは表情を変えずに焚き火を弄るが、声には若干の嫌悪が混ざっていた。
「・・・なぁ、リザルは凄腕なんだろ?・・・その、目隠ししてても戦ったり出来るのか?」
率直に聞く。俺にしてみれば重大な案件だ。
「・・・やれない事は無い・・・が、厳しいだろうな」
「・・・そうか・・・まぁそうだろうな」
「だがそれはあくまで『俺が』目隠しした場合だ。完全に目を使わないで生活をしている奴には当て嵌まらん。様は何でも鍛錬次第と言う事だ」
「・・・慰め?」
「事実だ」
2人がニヤリと笑う。そしてリザルは改めて俺を見据えた。
「・・・本気で暗殺者になる心算なんだな?」
「それしか選択肢が残って無いからな」
「・・・判っているとは思うが・・・」
そう言いながらリザルが徐に上着を脱ぎ上半身を晒す。背中にはタトゥーの様な痣が有った。
「・・・コイツは『背徳者』に成った奴に必ず浮き出る。一旦刻まれりゃ二度と消えん、他の職業に転職する事すら出来無い。それでも・・・良いんだな?」
「今更だな。言ったろ?クソビッチに睨まれて選択肢が無いって」
「・・・そうだったな」
リザルは少し寂しそうな・・・悲しそうな、そんな目を俺に向けた。
「ただ、職業に就く為の祝福をするのは少し待ってくれ、実験がしたい」
「ん?実験?」
「あぁ、実験だ。俺にしか出来ない奴があるんだわ」
多分今、俺はイタズラを思い付いた子供の顔をしてるだろう。・・・本当に子供っぽい体だしな。
「そんでギルマス、追加の仕事の件なんだが・・・」
俺の体を張った実験は果たして成功するか否か・・・まぁやってみなきゃ判らない。




