19話 決意
「あっ、美奈と話し合わなきゃいけないじゃん」
押入れにあった布団を敷いて、早くも就寝モードに入った俺は、大事なことを思い出す。
久しぶりの布団に少々浮かれていたようだ。
はっきり言って、俺はこの里に定住するつもりは全くない。
食糧が安定して手に入るようになるのは魅力的だが、安全圏を確保して立て籠もるのでは、この状況の根本的な解決にはならない。
出来ることは、もっといろんな場所に行って情報を集めることだろう。
美奈は出来れば連れて行きたい。
戦闘だけなら俺だけで十分だとは思うが、美奈のスキルは情報を集めることに長けている。
仮に鑑定が進化すれば、ステータスという未知の概念に迫れるかもしれないのだ。
だが、俺の都合だけで連れ回すわけにはいかないのも現状だ。
空間隔絶でこの里以上の安全を確保してやる自信はあるが、問題は精神面。ここは俺以外にも人がいるし、戦闘も起こらない。
俺と一緒に旅をする場合、ゾンビと交戦することは避けられないし、道中で凄惨な光景をいっぱい見ることになるだろう。
というわけで、美奈がこの里に住みたいと言うのなら、止めるつもりはない。
俺は空間把握で美奈の様子を見る。
どうやら、布団に入ってぐっすり……とは言えずうなされているようだ。
そう言えば、事務所のソファで寝ていた時も、毎晩のようにうなされていたな。
俺は隣の民家に転移する。
汗をかき、時折呻くように何かを言っている美奈の肩を軽く叩いた瞬間、
「誰!?」
美奈は飛び起きて、部屋の隅に逃げるように這っていきこちらを睨むように言った。
「なんだ、清さんですか……」
起こそうとしたのが、俺だと分かると安心したように脱力した。
「すみません、嫌な夢を見ちゃって」
「いや、気にするな。急に起こした俺が悪かった」
黙って肩を叩いたのはまずかったかもしれない。
怖い思いをさせてしまったようで申し訳ないな。
「アリシアに言われた話を相談しに来たんだよ」
「なるほど、そういうことですか……」
二人とも無言になる。
どう切り出そうか。まぁ、とりあえず俺の意見を伝えるか。
「俺はこの里には住まない。ゾンビを食い止める手がかりを見つけるため、もっと全国をまわりたいと思ってる」
「……」
部屋の静寂を振り払うように続ける。
「でも美奈がここに住みたいというのなら、俺は止めない。ここはいくつものスキルで守られているから、安全に暮らせるだろうな」
前に倒したような高レベルのゾンビが襲ってくれば分からないが、まぁ比較的安全だろう。
「里に住んでいる人も優しいそうだし、そうそう無下にされることもないだろう。だけど俺についてくるなら、こんな布団で寝られることも滅多にないだろうし、嫌な経験もたくさんするかもしれない」
「……どぅ……て……」
「ん、なんだ?」
「……どうして、清さんがそんなことしなくちゃいけないんですか!?」
美奈がすごい剣幕でにじり寄ってくる。
「清さんもここで暮らせばいいじゃないですか!ここなら毎日ご飯が食べられて、布団で寝られるなんて、最高の環境じゃないですか!なんで外に出ようとするんですか!?」
「俺は最高の環境だなんて思わない」
荒ぶる美奈に俺は静かに切り出す。
ここで別れるにしても、俺の考えは伝えておきたい。
「ゾンビが怖いから氷の壁の中に引きこもって、この中だけでのどかに暮らすのが幸せなら、そうすればいい」
「でも……」
「俺はこの里を否定しているわけじゃない。このまま、引きこもってたって強いゾンビが攻めてくれば終わりかもしれないし、そんなことはアリシアだって分かってるから、マルクを外に出したりして、新しいスキル持ちを受け入れようとしているんだ」
アリシアもこの里の現状に満足しているわけではない。
出なければ、マルクを外に出したりはしないし、新しい住人を迎え入れる必要もない。
「でも、俺はそれだけじゃ足りないと思う。それこそ世界中飛び回らないと、この状況の根本的な解決は出来ないと思ってる」
「だから、なんで清さんじゃなきゃいけないんですか!?他の誰かがやってくれるかもしれないじゃないですか!この里で暮らしてるうちにきっと誰かが!」
確かにそうかもしれない。
だが、これは言わなければいけない。
美奈にだけでなく自分に言い聞かせるためにも、
「美奈だって薄々気づいてるだろ。俺のスキルの強さは異常だ。確かに他の奴も同じことをするかもしれない。だけど、一番適任なのは俺だ」
攻撃も防御も移動もこなせる。
今はこれだけだが、他の使い方もできるかもしれない。
まだ、自分のスキルの可能性を引き出しきれているとは思っていない。
「だから、俺はここには住まない。やることをやったら、東に移動して情報を集めつつ、首都に向かおうと思う」
「そうですか……。どうしても行くんですね」
「ああ、もう決めたんだ」
俺の決意は揺るがない。
ヒーローになりたいとかそんなんじゃない。
不謹慎ではあるが、この未知の状況への興味も多少はある。
ただ、何でもない日常を取り戻したいという思いが一番である。
「分かりました。私も着いていきます」
「そうか、じゃあここでお別れだな……ってええっ!」
あれ。今、着いて行くって聞こえたような。
てっきり美奈は里に住むと思っていたが。
まぁ気のせいだろう。
「清さんが嫌だと行っても着いていきます。絶対行きます!」
気のせいではなかった。
「本当に着いてくるのか?」
「はい!」
もちろん、美奈が着いてくるなら歓迎する。
本当にこれで良かったのか。
俺に着いてくることが、本当に美奈にとって良い決断なのかは分からない。
だけど、美奈が自分で決めたというのなら止める理由はない。
「分かった。改めてよろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
☆☆☆
その後は、これからことやその他諸々の事を話し合った。
清さんに着いて行くことは半ば勢いで決めたが、後悔はしていない。
ここなら、またあの頃の平和な生活に戻れるかもと思っていたけど、清さんがそうじゃないって気づかせてくれたから。
何となくだけど、清さんに着いていけばうまく行く気がする。
だから、足手まといにならないように明日からまた頑張らないと。
「あ、そういえばアリシア達に鑑定は使ったのか?」
「鑑定なら使おうと意識しなくても勝手に表示されますよ」
レベルはアリシアさんが5、マルクさんが5、シバさんが7で明美さんは3。
他に里で見た人はみんな3だった。
それを清さんに伝えると、
「シバさんが異様に高いんだな。てっきりマルクが一番高いんだと思っていたけど……」
「私も驚きました。昨日、里に合流したって言ってましたけど、それまで一体どんな生活を送っていたのやら」
「まぁ、そういえば強そうな雰囲気は出ていたかな。結構な歳に見えるのに、よくそこまでゾンビを倒したよな」
確かに。柔道着っぽいのを着ていたし、師範か何かなのだろうか?
「まぁ、ある程度話はまとまったし今日はもう寝るか」
そう言って帰ろうとした清さんの腕を掴む。
何故か咄嗟にそうしなければならない気がしたから。
「私が寝付くまで近くで見ていてもらえませんか?」
私がそう言うと、清さんは少し困ったような顔をする。
多分、困りながらもお願いは聞いてくれるのだろう。清さんがそういう人なのは、短い間でも分かってきた。
「仕方ないな。じゃあここで見てるから安心して早く寝てくれ」
あれから毎晩のように悪い夢を見る。
最近は起きてからもその夢の内容を鮮明に思い出せるようになってきて……
やめよう。清さんが見てくれているんだから、怖いことは何もないはず。
そんな事を考えながら、私は少しずつ夢の世界へと入っていった。
心情描写が難しいですが、頑張ったつもりです。
数日後にあるリアルの用事の可否によっては、次の更新がいつになるかが分からないのですが、どうにかやって行きますのでよろしくお願いします。




