閑話 南校舎の話3
まず、箒の柄の先端の方を折って、木の部分を露出させる。
次に、カッターでいい感じに先端を削り、尖らせていく。
別に綺麗に尖らせる必要はない。
ようは刺さればいい。刺されば。
という感じで作った箒槍が二本、前に転がっている。
その横には金属バット、竹刀。
剣道部二人は使い慣れた竹刀を。
幹也と臼井先生は、さっき作った箒槍を。
そして、俺と八岩先生は金属バットを。
皆、緊張に震える手で各々、自分の武器を手に取った。
「じゃあ行くぞ」
「「「「「おー」」」」」
八岩先生の言葉に俺たちは、この緊張を吹き飛ばすように答えた。
といっても、あまり大声は出せない。
ゾンビに聞こえてしまうかもしれないからだ。
俺の右手には金属バット。
持ち手には滑り止めでテープを巻いてある。
そして、ポケットには清の使っていた箒槍の欠片。
一応、カッターで削って尖らせてある。
まあ、長さが15センチほどしかないので、使わないと思うが。
さて、外をうろつくゾンビは今でもかなりの数がいる。
作戦なんてものはない。ただひたすら、殴るだけだ。
八岩先生は防火扉に手をかけて一気に開いた。
それと同時に俺たちは、階段の様子を伺う。
どうやら、ゾンビは階段にはいないらしい。
階段から一階廊下を覗くと、四体ほどのゾンビが徘徊している。
だが、重要なのはその内の二体がこの学校の制服を着ているということだ。
「一人一体でもお釣りがくる。行くぞ」
「あっ、ちょっと待って!」
そういうや否や、臼井先生の制止を無視し、八岩先生は音を立てて階段を降りる。
そして、その音につられたゾンビがすべてこちらに向かってきた。
「危ない!」
俺の後ろにいる誰かが叫んだ。
それは剣道部の子だったのかもしれないし、幹也だったのかもしれない。
見えたのは、いつの間にか階段を登ってきていて、既に足を振り終えたゾンビ。
そして、バットを握りながら階段下に飛んでいく八岩先生だった。
(まずい……。こいつはーー)
目の前のゾンビの足に再び力が入るのを見た瞬間、俺はさっきの蹴りの軌道を思い出す。
咄嗟に腹の横に置いたバットに、ゾンビの蹴りが吸い込まれるように命中した。
(持っていかれる……!)
想像以上の強い蹴りに一瞬、バットごと吹っ飛ばされそうになるが、何とか踏ん張ってこらえる。
ゾンビの方に一撃離脱という考えはないようで、そのまま足でバットを押し込めようとしてくる。
足とバットの鍔迫り合いは続く。
一瞬でも気を抜けば、たちまち体ごと持っていかれてしまうだろう。
ゾンビの体勢は力を込めるにはおよそ向いているとは言えない。
何せ、片足をバットに当てているため、もう一つの片足だけで踏ん張っているのだ。
なのに、俺の全力の力と拮抗している。恐ろしい馬鹿力だ。
その隙に、他の奴らは八岩先生を助けにいったようだ。
八岩先生のいる階段下を見る余裕はないが、今は無事を祈るしかない。
ゾンビに、疲労という概念があるのかは分からないが、込められる力が弱まってきている、ということはない。
このままでは、疲労によって押し負けてしまう。
(やるしかないか……)
俺はバットに力を込めたまま、悟られないように少し下がる。
そして、バットに込めている力を抜いた。
やはり急に力を抜かれるとは思っていなかったのか、それともそれを考える程の知能を持ち合わせていないのか。
ともかく、ゾンビの足は空を切った。
ゾンビの蹴りが失敗に終わったのを見た俺は、即座に間合いを詰める。
そして、バットで顔を思い切り突いた。
予想もしないタイミングで力を抜かれたことで、バランスを崩していたゾンビはその突きになすすべもなく、階段から落ちていく。
どうやら、刺さるとまではいかなかったのだが、ダメージにはなっているようだ。
俺も急いで階段を降りて、起き上がろうとするゾンビの頭を殴る。
半ば興奮状態で殴る。
必死に殴る。
見たこともないぐらいグロいことになっているが、その気持ち悪さを振り払うようにバットを振るう。
このゾンビが制服を着ていなくてよかった。
八岩先生にはああ言ったが、ゾンビと言えど肌が緑色なだけで、生前の体格や顔の作りはそのままだ。
おそらくゾンビが知っている人なら、ここまで出来なかっただろう。
「ハァ……ハァ……」
気づけばゾンビの頭は、原型をとどめていない程にグチャグチャになっていた。
目の前の状態を再認識した俺は、自分のしてしまったことの罪悪感も合わさって、吐き気がこみ上げてくる。
『ゾンビは倒さなければいけない。』
そう言い聞かせることで戦ったが、やはり現代人としての倫理観を捨て去ることは難しい。
少しずつ慣れていくしかないのか……。
『初回、経験値獲得を確認。ステータス画面を解放します。レベルが上がりました。』
これが清の言っていた話だろう。
あのゾンビはおそらくレベル1ではない。
レベル1は噛みつきしかしてこないはずだ。
だとしたら、レベルが上がらない方がおかしい。
だが今はステータスを見ている場合ではない。
おそらくレベルアップのおかげで軽くなったであろう体。
俺はその感触を確かめながら、八岩先生のいるところに向かう。
「こっちに来るな!」
一瞬、俺に向けての言葉かと思ったがどうやら違うようで。
剣道部の子がゾンビに向けて言ったようだ。
状況は好ましくない。
ゾンビは4体。
対して、こちらは剣道部二人と臼井先生そして幹也。
どうやらまだ覚悟ができていないせいか、頭部に向かっての攻撃を躊躇っているようだ。
その後ろには八岩先生。
痛そうに腹を押さえていて、起き上がれないようだ。
さっきのあのゾンビに蹴られたところなんだろう。
あの馬鹿力で蹴られたと考えると、相当なダメージを受けたはずだ。
(まずいな……)
相手はおそらくレベル1のゾンビ。
見たところ、動きは普通の人間の範疇に収まっている。
「水島、森野!目を覚ましてくれよ!」
剣道部の子がゾンビを竹刀で押し戻しながら叫ぶ。
どうやら、制服を着た二体のゾンビは知り合いらしい。
道理でトドメを刺せないはずだ。
ゾンビといえど、レベル1ならば身体能力は普通の人間とほぼ同じ。
さらに、知能が欠落しているのか動きも単調である。
そんなやつらに武器を持った剣道部が苦戦しないと思うのだが。
やはり、知り合いということで手を抜いているようだ。
一方、臼井先生が相手しているゾンビは、スーツを着たサラリーマンのようである。
生徒ではないだけマシなのかもしれないが、思い切り箒槍を突き刺すのを躊躇っている。
(あのままじゃ埒があかない)
そう判断した俺が加勢に入ろうとした時。
今まで、倒れていた八岩先生が顔を上げた。
「お前ら、何を躊躇している!?」
「先生こいつら俺たちの友達なんです」
「そいつらはお前らの知ってる友達じゃない。もうただのゾンビだ」
「でも!」
「でもじゃない!俺は言ったよな?たとえ友達だったやつがゾンビになってても、躊躇するなと」
剣道部の子は口をつぐむ。
器用に竹刀でゾンビを押し返しながら。
「それが出来ない奴は立ち去れと言ったはずだ。あのとき立ち去らなかったということは、お前もどこかで気づいているんだろう?ゾンビと生前の人間は、全く別のものだということに」
そういって八岩先生は剣道部の子を見る。
まだ、戦うことを渋っているようだ。
だが、これ以上は見てられない。
以前とは比べ物にならないくらいの自らの身体能力に驚きながら、ゾンビのところまでかけていく。
そして、背後からバットで殴る。
力もついているのか、一振りでバットはゾンビの脳まで達したらしい。
ゾンビが膝をつく。
続けて二体目三体目と屠った。
ゾンビになるのとレベルアップするのは、人間をやめるということでは、共通しているのかもしれない。
「水島、森野……」
剣道部の子は友達を殺されて項垂れている。
もう一人の子なんて泣き崩れている。
だが、ゾンビになった時点で友達だったであろう水島君と森野君?はもういないのだ。
ゾンビになってしまえば、元がなんだろうとなんて関係ない。
皆、等しくゾンビである。
仮に俺がゾンビになっても、それはもう俺ではないのだ。
「一旦、二階に戻ろう。八岩を運ぶのを手伝ってくれ」
臼井先生が声を潜めて言う。
音を立てると、ゾンビが寄ってくるかもしれないからだ。
まぁそれを言うと、戦闘の時に出した音でもう手遅れなのかもしれないが……。
いずれにしろ、怪我を負った八岩先生をそのままにしておくわけにはいかない。
「俺が一人で運びますよ」
そう言って、俺は八岩先生をおぶる。
レベルアップした今、これぐらいのことは楽にできる。
さて、ゾンビが寄ってくる前に早く二階へ行かなければ。