14話 戦闘訓練2
どうやら決着がついたようだな。
上から美奈の戦いを見ていた俺は、屋上に降りた。
俺のように遠くから攻撃できる手段がない美奈は、ゾンビと近接して戦う必要がある。
もちろん、近づいている方がゾンビの攻撃を受ける可能性は高い。
『ゾンビに噛まれると、肌の変色が始まり完全に肌が染まり切ると、その人もゾンビになってしまう』
これが現時点でわかっている情報だ。
だが、この感染が噛まれた時だけに起こる現象なのかは分からない。
触れるだけなら、おそらく大丈夫だと思う。
1日目、体育館に逃げ遅れた女子生徒が一人犠牲になった。
あのときは噛まれてから変色が始まり、5秒ほどでゾンビになった。
噛まれる前にも足などを掴まれていたはずだが、変色が始まったのは噛まれた肩からだった。
もしかしたら、傷口に触れられると感染してしまうとかかもしれないので、一概には言えないのだが…。
引っ掻き。
これはグレーゾーンだ。
要するに、ゾンビの体の一部が体内に侵入するということなのだから。
まぁ、ここら辺は実験するわけにはいかないからな。
ところで、美奈の最後の回避はギリギリで、見ている俺の方が肝を冷やした。
「空間把握」でずっと見ていたから分かる。あと数センチずれていたら、ゾンビの引っ掻きは美奈に命中していた。
もう少しで、「空間隔絶」を発動させて助けに入ろうか、というところだったのだ。
肌の変色が始まってしまうと、今の俺には治す術がないからな。
だがゾンビの攻撃が怖くて、必要以上に大きく回避行動を取っていた最初よりは幾分かマシになった。
だからと言って、最後みたいなギリギリの回避は出来るだけ控えていただきたい。
心臓に悪い。
「清さん!やりましたよ!」
美奈は嬉しそうに声をかけてくる。
「おお、よくやったな。だが、最後みたいなギリギリの回避はあまりしないでくれ。もう少しで助けに入るところだったぞ」
ゾンビの攻撃は一撃必殺と思ったほうがいいからな。
「……すみません。ゾンビの攻撃がゆっくりに見えて、いける気がしたんです」
ん?それはもしかして。
「美奈、ステータス画面を開いてみてくれ」
何か変化はないか?と続ける。
「あ、レベルが4に上がってますね。それ以外は変化なしです」
もしかして、新しいスキルの所作かと思ったが違うみたいだ。
レベルの方はそろそろかと思っていたが。
おそらく、レベル5のゾンビを殺させたからその経験値も多少入っていたのだろうか。
ともかく、レベルアップしたことで身体能力も上がったはずだ。
「よし、もう一体いくぞ!」
「はい!」
☆☆☆
この布団で寝るのも4度か……。
次に住処を移るときには、この布団も持っていこう。
前のソファの寝心地も悪くはなかったが、やはりちゃんとした寝具で寝たい。
さて、美奈の特訓を始めてから3日が過ぎた。
あの後、集めていたゾンビが空になるまで美奈に戦わせた。
美奈も戦いに慣れてきたのか、あるいはレベルアップのおかげか、レベル1、2ぐらいであれば余裕をもって倒せるようになった。
たが、レベルは4のまま変化がなかった。
やはり、格下相手だと経験値の入りが悪いようだ。
そして、あの攻撃がゆっくり見える現象も起こらなかった。
なので2日目、3日目は武器ゾンビと戦わせることにした。
武器を持ったゾンビは、全員がレベル5以上だ。
どれだけ探しても、レベル4以下で武器を持っているゾンビは見つからない。
だからおそらく、そこを境にゾンビは武器を持つようになると考えている。
その武器がどこから来ているのかは謎なのだが……。
前の日に武器ゾンビは狩り尽くしたはずだが、やはりすぐに見つかった。
違うところからやってきたのか、はたまた新しく成長した個体なのか。
ゾンビは至る所に見つかるのだが、人間の姿はもうほとんど見られない。
ほとんどの避難場所が、感染者を抱え込んでいたらしく、内部崩壊により潰れたらしい。
そのリスクは、避難場所が大きくなればなるほど高くなる。
逆に避難場所小規模だと、今度は食糧などが十分にある可能性が低い。
かといって、ゾンビが現れてから時間が経っているので、外をうろつくゾンビはほとんどがレベルアップ済み。
もはや、普通の人では勝てないほどのパワーを持っている。
まぁ、そんなことより今は目の前にいる武器ゾンビだ。
手に持っている剣は、ロングソード。まだ銀色の金属光沢を放っていて新品のようだ。
さすがにそのまま戦わせるのは、レベル的に厳しい。
そこで、ゾンビの片腕を切り落とした。
それでも剣振るうスピードはほとんど変わらない。
どうも武器ゾンビは突っ込んだり、武器を振り回したりするが好きなようで。
片手を切り落としたことで、バランスが取りづらいのか、攻撃のたびに隙ができている。
それでも嵐のような猛攻に最初、美奈は防戦一方だったが……。
突然、意を決したようにゾンビが振り回す剣の中に飛び込んだ。
ゾンビの猛攻を掻い潜り、間合いに入った美奈。
やはりトドメは目への刺突。
なんかデジャヴだな、なんて思って聞いてみるとやはり攻撃がゆっくりと見えたらしい。
どうやら気のせいというわけでもなさそうだ。
しかし、スキルにも載ってない上に、発動条件も良く分からない。
もう少し、戦いを重ねてみるしかないと思う。
この日は、この後も武器ゾンビを狩らせた。
片手落ちの武器ゾンビを三体狩らせたところ、レベルが上がったのでそれで切り上げた。
3日目は、美奈のレベルが武器ゾンビに追いついたので、ハンデなしで戦わせてみた。
片手があろうが無かろうが攻撃のスピードは、そこまで変わらない。
変わるのは片手を失い、バランスが取りづらくなることで生じる隙が、無くなるということだ。
あとは、武器に込められる力も変わってくる。
今までは、パリィで対処できていた攻撃が、反らせなくなる。
結果的に、動きを増やす必要があり体力の消耗も激しい。
まぁ、でもそれだけだ。
その分身体能力で追いついた美奈は、危なげなく勝った。
結局助けに入る必要はなかったな。
ちなみに、この戦いでも攻撃がゆっくりに見えたそうだ。
どうやら、戦い始めてしばらく相手の動きを見ていると急に発動することがあるらしい。
発動するタイミングを操作できればいいんだが。
とりあえず、美奈はこの戦いでレベルが上がり6になった。
武器ゾンビを一人で倒すという目標も果たした。
俺は、自分のことではないながらも、ある種の達成感を感じながら、住処である元事務所に戻った。
☆☆☆
ーーーーそして、時は戻る。
美奈が、武器ゾンビを一人で倒せるようになるという目的は達成した。
それにしても、戦えるようになるまでもう少しかかると思っていたが。
平和な国で生きてきた俺らにとって、殺し合いに慣れることは、数日でどうにかなるもんじゃないと思う。
そういえば、ステータスに精神力という項目があったが、それが高くなったおかげなのか?
まぁ、美奈がある程度戦えるようになったというのは大きい。
「鑑定」が進化しなかったのは少し残念だったが……。
俺はレベル5になった時に、スキルが進化したので美奈もそうかと思っていたが。
どうやら、スキルの進化条件はレベルアップとは限らないらしい。
そういえば、俺のスキルが進化した時のアナウンスはどうだっただろうか?
…………だめだ、思い出せない。
あの時は、斧ゾンビとの戦いで満身創痍だったので、それどころじゃなかったからな。
やっぱり「スキル」の進化だから、スキルをたくさん使わないといけないのだろうか?
一応、これからは多めに「鑑定」させるようにするか。
まぁ、美奈も強くなったことだし明日から少しずつ移動して行こうと思う。
このまま、ここに留まっていても何の進展もない。
それどころか、いきなり外から強いゾンビがやって来てゲームオーバー……。なんてのもあり得る。
そんなことにならないように、情報収集はきっちりしておきたい。
やはり、目標としては俺たちのように生き残って、ゾンビと戦っている人たちを見つけることだな。