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晴レノウチ雨  作者: 桜田駱砂 (さくらだらくさ)
7/10

陸 霜北沢エクレジア

 週明けの学校、教室でさくらと茜が話をしているところに、佐恋がやって来た。上履きをちゃんと履かずに踵を踏んだままで、しかも靴下の片方はずり下がっている。

 佐恋は教室の入り口で立ち止まると、さくらの姿をしたシゲトーに向かって手招きをした。

「ごめん、茜。ちょっと・・・。」

「うん。あれって、東雲? 大丈夫、さくら? かつあげとかされてない?」

「大丈夫よ。何かをされてるとかじゃない。」

 シゲトーはそう言って席を立つと、佐恋のところへ行く。佐恋は廊下を歩きながら話し始めた。

「どうな? あれから何か分かった?」

「いや、まだ何も。そっちは何か分かったのか?」

「吸血鬼の方はさっぱりだけど、狐について、ね。」

「分かったのか?」

「そう期待されても困るんだけど、変な二人連れを見たのよ。」

「変な二人連れ?」

「外国人の女の子と、女の人。ほれ、その狐女(きつねおんな)の容姿をメールで教えてもらったじゃん。女の人の方が、それと何となく似てたのよ。」

 真宿で佐恋と別れた後、クロが言い出したのは、佐絵馬の容姿を佐恋は知らないのではないか、ということだった。いくらなんでも、姿、顔の分からない人物の情報を、狐だ、という特質のみで探すのは難しい。佐絵馬の外見上の特徴を、佐恋に伝えたのだった。

「ほんで、こっそり写真撮ったのよ。遠目で分かりづらいけど。」

 佐恋はそう言って、携帯のディスプレイをシゲトーに見せた。

「む・・・。」

 シゲトーは、食い入るように写真を見つめた。ワンピースを着た金髪の女の子と、モノトーンの服装に身を包んだ女が連れ立って歩いている。観光で日本へ来ているわけでもなさそうで、親子や姉妹という雰囲気ではなかった。確かに目立つ。

 女の方は日陰に入っているせいで、顔がよく見えなかったが、影の下にぼんやりと見えるその容姿は、佐絵馬に見えなくもなかった。

(どうしたの、シゲトー? 何か分かったの?)

 さくらが、中庭の木の上まで登って、廊下の窓越しにシゲトーへ言った。

[佐恋が佐絵馬と思しき者の姿を捉えた。]

(ほんと? 今、見てるのが、それ? どうなの、それって、本当にサエマって奴・・?)

[いや、顔がよく見えない。何とも言えんが、背格好は佐絵馬と似ているようでもある。]

 穴が開くほど写真を見つめるシゲトーへ、佐恋は言った。

「どうなん? 桜野原の探してる狐に似てる?」

「似ていると言えなくもないが、顔が・・・。」

「ああ、そうねぇ。確かに、顔がちゃんと写ってないんだよね。けど、目の前に行っていきなり写真撮るわけにもいかないし、それが限界だったのよ。その人、勘が鋭いっていうか、隙がないっていうか。写真撮るだけでもたいへんだったんだからねー。でも、私が見た限りじゃ、教えてもらった容姿に合うのよね。すごい美人だったし。なんつーか、雰囲気も普通とは違ったし。妙にゆったりとしてるんだけど、きちんとした所作(しょさ)で、歩き方とか、立ち居振る舞いが洗練されてるってゆーか・・・。」

 さくらはクロに訊いた。

「どう思う、クロ。」

「そうなぁ。佐恋の奴が撮った写真だけじゃ、シゲトーも確かなことは分かんねぇみたいだが、手掛かりにはなるんじゃねぇか。情報としてのランクは低そうだが、今はそれ以外にとっかかりもねぇわけだし、いいんじゃね? 追ってみても。」

(シゲトー、その人のこと、もう少し調べてみたら?)

[そうだな。]

 シゲトーはうなずくと、佐恋に言った。

「確かに、探している妖にも見える。この者について、他に何か分かったことはあるか。」

「お。そうくると思ってさ、一応、後をつけてみたんだよ。この人達、途中道に迷ったのか知らないけど、ぐるぐるあちこち回ってさー。その後、電車に乗って、降りた駅まではつかんだ。その後は人ごみに紛れて見失なっちゃったけどね。駅はここ。」

 佐恋はそう言って、携帯に地図を表示しシゲトーに見せる。

 さくらはクロに言った。

「佐恋ちゃん、すげーな。尾行したんだ。」

「そのようだな。こりゃ、結構な恩になるぜ。俺達も、あいつの探す吸血鬼とやらのこと、ちゃんと調べてやった方がいいんじゃねーか。」

「そうよねぇ。最初、吸血鬼探してる、って佐恋ちゃんが言ったとき、思わず笑っちゃったけど、笑ってる場合じゃないかもね。」

「そうだぜ。だいたい、侍を化かした狐を街中で探してるっつー俺達に、笑える義理なんてねぇよ。」

「確かに、そうかも・・・。でも、吸血鬼って、どやって探すの?」

「俺に訊くな。いくらなんでも、知らねぇよ、そんなこと。」

「だよね。」

「ま、とりあえずは、写真の女を追ってみるこったな。」

 シゲトーは、佐恋に向かって深々と頭を下げて礼を言った。

「そこまでしてくれたか。すまない。感謝する。」

「まーた、そんな大仰(おおぎょう)な。お礼はいいから、私の分の情報、待ってるよ。」

 佐恋はそう言いながら、ちょっと照れるように頭をかいた。 

「あ、さっきの写真、転送しとく。んじゃ、行くわ。」

 そう言って、くるりと振り返ると、佐恋は上履きの踵を踏みながら行ってしまった。

 さくらはシゲトーに言った。

(情報、ゲットだね。さっそく放課後にでも行ってみようよ。)

[ああ・・・。]

 バイブで震える携帯を取り出すと、佐恋が写真を転送したようだった。さきほどの写真をシゲトーは再び見つめた。

(あれ? けどさ、そのサエマって狐、同じ容姿なのかな?)

[同じ、とはどういうことだ?]

(だってさ、シゲトーは私の身体に押し入っちゃったでしょ。サエマにも同じことが起こったってことはないのかな。誰かの身体に入ったっていう・・・。だとしたら、シゲトーの知ってるサエマとは、似ても似つかない格好をしている可能性もあるんじゃ・・・。)

[む・・・。その可能性は確かにあるが・・。しかし、外見までも異なっていたら、探す手だてなどないぞ。]

(じゃあ、どうするの?)

[むぅ・・・。]

 クロが割って入って言った。

「おーい。そんな議論、やるだけ無駄だろ。分かんねぇことだらけなんだ。今は、わずかな手掛かりにもすがるしかねぇだろ。その写真の奴が怪しいなら、そこからつぶしてく。駄目ならまた、別の手を考えればいい。」

(まぁ、そういうことね。放課後、いつもみたいに校舎の裏で待ってるから、拾ってね、シゲトー。)

[分かった。]

 シゲトーはうなずいて、携帯をポケットに突っ込むと、教室へと戻って行った。写真に写る女の姿が脳裏に残る。さだかではないが、やはり、佐絵馬に似ている、とシゲトーは思った。


 俗世と、その場所にはひとつの明確な境界があった。扉の内と外。(つた)の紋様に彩られた、その重々しい扉の外を俗世とするなら、扉の内側は、明らかに俗世とは隔離された領域だった。 

 この、適度に隔離された場所を選んだのは正解だと、佐絵馬は考えていた。突然、流浪者のように現れ住み着いても、受け入れるだけの寛容さをその場所は持ち合わせていたし、世間の目からほどよく隠されたこの建物の内側には、一種の治外法権的雰囲気が漂っていた。こつ然とこの世界へ現れたに等しい佐絵馬にとって、教会は身を隠すに都合のいい場所だった。

 白いフリルのブラウスに赤い紐ネクタイをつけ、黒のロングスカート、ブーツという出で立ちの佐絵馬は、やって来た元の時代と変わらない容姿のままで、うす暗い堂内に据えられたオルガンを拭いていた。

「サエマ。」

 と呼ぶ声に振り向くと、肩まで下ろした金髪に水色のワンピース、白いサンダル姿の少女が立っていた。佐絵馬の肩ぐらいしかない小柄な身体で、にこにことひとなつこい笑みを浮かべている。緑色の目は澄んだ翡翠(ひすい)と同じ色をしていた。

「お掃除、終わった?」

「ええ、あとはここだけです、ヴァレンティナ。お祈りはもう終わったのですか?」

「終わらせたわ。今日はあるのかしら、お使い。」

「あります。」

「どこへ?」

「真宿です。」

「じゃあ、私も行きたい。」

「いいですよ。美味しいピクルスを漬けたからと、連絡がありました。一人で運ぶにはちょっと重たいから、ちょうど人手が欲しかったところなんです。」

「そう。ちょうどよかった。」

「もう出ますから、門のところで待ってもらえますか。」

「分かったわ。」

 バレンティナ、と呼ばれた少女は部屋まで戻ると、麦わら帽子をかぶって外に出た。突き刺すような日差しと溢れる蝉の声が、夏のさなかにあることを物語っていた。教会の門のところに立って、ヴァレンティナはぼんやりと、白い入道雲が空を行くのを見つめていた。

 ふと、敷地内のケヤキの木に目をやると、一羽の鴉が暑さを避けるように、低い枝の一本にとまっていた。

「また来てる・・・。鴉の目って、あんな赤かったかしら?」

 ケヤキにとまる鴉は小柄だったが、その目が陽光を反射するルビーみたいに赤く光っている。ヴァレンティナは、その赤い目が特徴の鴉に見覚えがあった。ケヤキの木を気に入っているのか、いつも同じ枝を定位置にして、静かにとまっている。

「お待たせしました。行きましょう。」

 佐絵馬は丁寧にそう言いながらも、ヴァレンティナの反応を待たずにその横を通り過ぎた。黒い日傘をさす佐絵馬に、ヴァレンティナは何となく貫禄のようなものを感じた。

「鴉がまた来ていたわ。」

「鴉?」

「ほら、赤い目の鴉。」

「暑いから、きっと木陰で涼んでいるのでしょう。飛ぶには強すぎる日差しですから。」

「そうね。行水(ぎょうずい)でもすればいいのに。」

「よくご存知ですね、行水なんて難しい言葉。」

「うん。シスター砂乃浦(さのうら)に教えてもらったの。」

「そうでしたか。きっと、お気に入りの水辺でもあれば、行水をするのでしょう。」

「佐絵馬は暑くないの? 長袖なんか着て。」

「ええ、平気です。」

「我慢してるの?」

「いいえ。元々、暑さがあまり気にならない体質なのです。汗もあまりかきませんし。」

「へぇー、羨ましい。私も汗なんてかきたくないけれど、ちょっと歩くだけですぐびっしょり。」

「汗をかくこと自体は、悪いことじゃないんですよ。身体を冷ますために必要なことですから。」

「でも、汗をかかずに身体が冷める方法があるなら、そっちの方がいいわ。」

「そうかも知れませんね。」

 そこまで言って、佐絵馬はヴァレンティナの顔を見ると、小さく微笑んだ。

 最初は、なかなか目を合わせてくれない佐絵馬を、ヴァレンティナは苦手に思っていた。話をしてもどこか遠くの方を見つめ、自分の方をあまり見てくれないのだ。けれど、今は苦手じゃなくなった。むしろ、その逆だった。ときおり合う目は優しくて、清流みたいに濁りのない感じがする。深く透明な水の底を見ている気分になる。

 真宿の教会に行き、優しそうなお婆ちゃんシスターから瓶詰めのピクルスを受け取ると、すでに夕暮れ近くになっていた。瓶の一つをヴァレンティナが持ち、残り二つを佐絵馬が持った。

「二つ、重くない?」

 と、ヴァレンティナが訊いた。

「二つなら大丈夫です。ありがとう、ヴァレンティナ。あなたは重くありませんか?」

「平気よ。私はこう見えても力持ちなんだから。」

「そう。頼もしいわ。」

 街の中心地から外れているせいか、人の多くなる夕方ではあるものの、路地にひとけは少なかった。佐絵馬と肩を並べて歩きながら、ヴァレンティナは、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「ねぇ、サエマは教会に来る前、どこにいたの?」

「・・・遠い所です。」

「遠い所・・・。外国?」

「そのようなものですね。」

「なぜ・・・?」

 なぜ、元居た場所を離れ、ここへ来たのか。ヴァレンティナは口に出して尋ねながら、それは訊くべきではないことなのかも知れない、と心の内で思った。

「なぜ、そこを離れたのか・・ですか?」

「そう。」

「こ・・・。」

「こ?」

「いえ、すいません。いろいろとあったのです。いずれ、お話はしましょう。」

「分かった。いきなり変なこと訊いて、ごめんね。」

「いいのですよ。」

 佐絵馬はそこまで言って、はっ、と足を止め、周囲を見回した。

「どうしたの?」

「いえ・・・、何でも。」

 今、確かに、誰かから見られたような気配がした。気のせいだったのか・・・。

 佐絵馬にとっても、越智掛(おちがけ)神社の洞の先が、こんな世界につながっているとは誤算だった。地図や地名から、ここが元居た時代からかなり年代が下ったところのようであると、悟るに時間はかからなかったが、とはいえ、自分のいる時代と場所が分かったところで、元の時代に戻る手だてなどなかった。

 洞に入ったとき、追ってくる気配のあった繁藤も、今はどこにいるのか見当もつかない。見よう見まねでこの時代の人間になりきり、教会に身を隠すまでが、いかな妖狐とはいえ精一杯だった。

 不思議そうに佐絵馬を見上げるヴァレンティナだったが、急に、何かを思い出したように言った。

「あ、そうだ。サエマ。」

「何ですか?」

「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いい?」

「いいですよ。お買い物ですか?」

「お買い物ってわけじゃないんだけど・・・。」

「・・・?」

 ヴァレンティナはそう言うなり、佐絵馬の半歩先を歩き出す。

 路地に入ったかと思うと、大通りに抜け、再び路地へ、と何か目的地があって歩いているというより、何かを探しているような、そんな歩き方だ。

「ヴァレンティナ。」

「何、サエマ。」

「道に迷いましたか?」

「ううん。迷ってはいないんだけど。」

 そう言いながらも、ヴァレンティナはきょろきょろと辺りを見回している。

「では、どこへ行こうというのです。」

「・・・・・。サエマ。実はね、ある人を探しているの。」


 シゲトーは、何度目かで戻って来た狭い駅前の人の多さに、うんざりとしながら背中のさくらに言った。

「どうしてこう、人が多いのだ。」

「どうしてって言われても、知らないわよ。狭い場所にいっぱい集まるんだから、こうなっちゃうのよ。」

 佐恋が尾行し突き止めた駅は、確かにここだった。さくら達は、放課後さっそく訪れたわけだが、駅員と乗客が顔見知りになるような、往来の少ない場所ではない。駅の回りを巡ってみたのだが、それらしい人物に行き当たる気配はなかった。いくつかの店に入り、友人の知り合いを探している、という名目で写真の二人を見せているのだが、手掛かりはない。

 路地裏の古い喫茶店に入り、シゲトー曰く、苦水(にがみず)と称したコーヒーを注文してもらって、窓辺の席に座っている。

「どうしようか、クロ。」

「まいったね、こりゃ。佐恋にもう一度訊いてみたらどうだ。写真に写ってるあいつらの会話の断片でも聞いてりゃ、何かきっかけになるかも知れねぇぞ。」

「そうだね。シゲトー。佐恋ちゃんに連絡してみたら?」

「よし。」

 シゲトーはそう言って、携帯を取り出す。たどたどしい手つきではあったが、シゲトーは佐恋に電話を掛けた。

 さくらはクロに言った。

「シゲトーもだいぶこっちの生活に慣れたみたいね。携帯も使えるようになったし。」

「そうだな。そんだけ、お前の身体を使っている時間が長くなってるってことでもあるけどな。」

「うん・・・。ねぇ、クロ。」

「なんだよ。」

「もし、このまま元の身体に戻れなかったら、私、どうなるのかな?」

「・・・。どうなるも何も、人生ならぬ、猫生が続くだけだろ。悪くはないんだぜ。飯は勝手に出てくるし、働く必要もねぇ。日がな一日、窓際で寝たり、押し入れに引っ込んだりしてりゃいいだけだからな。まったく、さっさと俺の身体を返してくれよ。俺は床の上に寝そべりてぇんだ。窓辺のサボテンじゃ、肩も凝っちまう。」

 冗談めかして言うクロだったが、さくらのことを気遣っているようにも聞こえる。

「分かってる。私だって、このまま猫でいるつもりはないよ。」

 シゲトーは、佐恋との会話を終えたようだった。

「・・・ああ、すまない。恩に着る。ではまた。」

 そう言って、電話を切る。

「何か分かった? 佐恋ちゃん、何か言ってた?」

「うむ。はっきりと聞いたわけではないようだが、しすた、がどうとか、会話の中で言っていたらしい。」

「しすた? って、何?」

「シスター、のことじゃねぇか?」

 と、クロが言う。

「ああ、シスター。シスター? 妹とか、姉ってこと・・・?」

「さぁな。どういう会話の流れで、その言葉が出てきたのかにもよるんだが・・・。・・・と、さくら、人が来る。頭、引っ込めろ。」

 お店の人が、アイスコーヒーをお盆に載せてやってくる。飲食店へ猫を持ち込んでいるのがばれるとうるさそうだ。さくらは、ひゅぽ、と鞄の中へ頭を引っ込めた。

「アイスコーヒー、お待たせしました。」

 異常にガタイのいい、マスターらしき人がテーブルの上にコーヒーを置く。さくらが、鞄の隙間からそっとのぞいたマスターの腕は、丸太みたいに太かった。

 行きかけるマスターを、シゲトーが呼び止めた。

「主人。つかぬことをうかがうが。」

 ぬら、とシゲトーを見下ろすマスターの目が怖い。

「この辺りに、しすたー、と呼ばれる者はいるだろうか。」

「・・・・・・。」

 視線を動かさないまま石像のように沈黙するマスターを見ながら、さくらはクロに囁いた。

「何か、この人、怒ってるのかな。」

「突然、突拍子もないこと訊かれたからか? 怒ってるのか知らねぇが、機嫌は損ねたかもな・・?」

「ちょ、どうしよ。」

「どうしよも何も、怒り出すほどのこと訊いてないだろ。んな短気人間のこと、いちいち気にしてられっか。」

「気にするよ。私の身体なんだよ。無茶はしてほしくないってこと。」

「俺に言うな。シゲトーに言え。」

「あ、そ、そか。」

 話題を変えてもらうようさくらが言いかけたところ、おもむろにマスターが口を開いた。

「妹なら、うちのがいるが、その意味でのシスター、じゃないんだろ。」

「?」

 シゲトーは首をかしげる。さくらはシゲトーに囁いた。

(妹じゃない方の・・・? ああ、そっちのシスター。それもそうか。普通、妹やお姉ちゃんのことをシスターとは呼ばない・・。あ、でも、外国の人なら普通に呼ぶかも。)

 さくらがどっちつかずのことを囁くものだから、シゲトーはとりあえず話をマスターに合わせたのだろう。

「ああ、その意味でのしすたーじゃない。」

 と、マスターに返す。

「だったら教会にでも行け。」

 マスターはぶっきらぼうにそれだけ言い残すと、のしのしと歩いて行ってしまった。

 さくらはクロに言った。

「あー、怖い人だった。お店追い出されるかと思った。」

「いや、そこまでひどい奴はいねぇだろ。」

「でも、何かやっぱり怒ってるみたいだったし・・・。それにしても、教会・・かぁ。やっぱり、そっちの意味でのシスターだったのかな。」

「どっちの意味かは知らねぇが、写真の二人が教会に出入りしている人間で、会話の中にシスターって単語が出てくるのなら、違和感はねぇよな。」

「そうだよね。でも、この辺りに教会なんてあるのかな・・・?」

 さくらがそう言って首をかしげたところへ、再び、マスターが戻ってくる。

「この辺の教会だと、ここがそうだ。」

 マスターが小さなメモ用紙をテーブルに置いた。駅と、このカフェ、教会の場所の地図が手書きで丁寧に描かれていた。わざわざ地図を描いてくれたのだ。

「あ・・・、ありがとう。」

 シゲトーの礼も待たず、マスターは行ってしまう。

「さくら、地図をもらったぞ。これで場所が分かる。」

 と、シゲトーが言った。

「地図? あれ? あのマスター怒ってるわけじゃなかったんだ。」

 クロは、

「はーん。人は見かけによらねぇっていうけど、まさにそれだな。」

 と、何かしきりに納得したような声で言う。

「そうね。ちょっと無愛想なだけだったみたい。ねぇ、シゲトー。教会の場所は近いの?」

「うむ。さほど遠くはないようだ。行ってみる。」

「うん。あ、ちょっと待って。」

 立ちかけるシゲトーへ、さくらは言った。

「アイスコーヒー、飲んじゃいなよ。注文したのに、まったく手をつけずにお店出ちゃうのは何か失礼な感じがする。」

 クロが横から言った。

(こま)けぇなぁ。気にする必要ねぇだろ。」

「だめだよ。せっかく地図まで描いてくれるようないい人なんだし、コーヒーもちゃんと入れてくれてるっぽいし。」

 店に入ってからずっと漂っているのは、コーヒー豆を焙煎したときに出る、香ばしい匂いだった。マスターは、豆からきちんと入れているようで、それを飲まずに立ってしまうのは、さくらにとっても忍びない。

「さくらが言うことも、もっともだ。飲もうぞ。」

 シゲトーは腹を据えたようにそう言うと、ストローも使わず、ぐびぐびとコーヒーを飲み干す。よほど苦かったのか、固く閉じられた目がその苦味を物語っていた。

「むぅ・・・! 苦い。」

 マスターへあらためて地図のお礼を言うと、シゲトーとさくら達は教会へと向かった。

 大通りから狭い路地に入り、曲がりくねった道を進むと、駅前の喧騒からはほど遠い、静かな住宅地の一角に出た。建物だけでは、それが教会だと分かりにくかったが、屋根の上に掲げられている鉄製の大きな十字が、その場所の意味を物語っていた。L字形の建物の前にある庭園にはよく手入れされた花壇と、大きなけやきがあった。

「ここね・・・。」

 屋根の十字を見上げながら、さくらはシゲトーに言った。

「しばらく様子を見る?」

「それがいいだろう。しかし、ここはいったいどういう場所なのだ。見慣れぬものが屋根に掲げられているが、あれは、もしやキリシタンの象徴か・・。」

「そうよ。」

「ふぅむ・・。噂には聞いていたが・・・。あれほど堂々と掲げ、(とが)められぬのか。」

「別にお咎めとかはないよ。」

「何? お咎めなし、と?」

「だって、信教の自由だっけ? があるもん。何を信じるかは自由なのよ。」

「自由・・・。やはり、時代は変わったのだな。」

 感慨深気に言うシゲトーを見ながら、この人は不思議な時代から来たものだ、とさくらはつくづく思った。何を信じてよい、何を信じてはいけない、と他人から指図されるのだから、窮屈といえば窮屈な時代だったのだ。

 日はだいぶ傾いたが、夏の西日は強烈だった。塀の陰から教会の様子をうかがっているシゲトーとさくら達だったが、日差しが身にしみてこたえる。

「あちぃな・・・。」

 と、クロがつぶやいた。

「暑いって、トゲからも感じるの?」

 鈴の中にあるトゲで会話をしているだけのクロが、この場の暑さを感じるものなのだろうか。クロがつぶやいたというより、さくらの首元の鈴が、暑いといってだれているような感じだ。

「感じるんだよ。どういう理屈か知らねぇけど。」

「そうなんだ・・・。確かに、暑いよね。」

 シゲトーの持つ鞄の中は、サウナのように蒸された状態でとんでもなく暑い。

「ねぇ、シゲトー。ちょっと木陰に入らない? ここ、暑いんですけど。」

「我慢しろ。ここ以外に、あの場所を見張る場所はない。」

「うへぇ・・・。」

 塀の裏側に身を潜め、建物の様子をうかがう姿はなかなかに怪しいものがあるのだが、幸い、路地にひとけはない。暑さを増長させるような蝉の声だけが、降りしきるように聞こえている。

「何か御用かしら。」

 突然、背後から掛けられた声に、シゲトーは、びく、と振り向いた。青白い肌に、さくらとさほど変わらない背格好のきれいな女の人が立っていた。ひどく若くも見えるが、それでいて、眼差しや仕草に老成した落ち着きがにじみ出ている。

 それに、さくらは女の人から、不思議な空気を感じた。すべてが、曖昧なのだ。人と相対して立てば、その目線、その息遣い、雰囲気から、相手が怒っているのか、悲しんでいるのか、落ち着いているのか、焦っているのか、そういったことが分かるものだが、今、目の前に立つ人からは、そうした感情をまったく読み取れないのだった。呼吸をしてないんじゃないか、とさくらは不気味に思った。

 女の人を見たシゲトーが、息を吞む気配をさくらは感じた。

「・・・・!」

「そこは暑いでしょう。もし御用なら、中でお待ちになったらどう?」

「・・・いや。用というほどのものでは。失礼。」

「・・・?」

 ぺこ、と頭を下げると、シゲトーは素早く回れ右をしてその場を立ち去った。女の人は、小首をかしげながら、シゲトーの後ろ姿を見つめている。

「どうしたのよ、シゲトー。急に歩き出しちゃってさ。親切そうな人だったじゃない。何も、逃げるみたいに立ち去らなくてもいいのに。」

「・・・奴だ。」

「え?」

「奴が佐絵馬だ。」

「ぇえ! ちょ、ほんとに? ちょっと不思議な雰囲気はあったけど・・・。」

「間違いない。見間違えるものか。」

「あれが・・・狐・・? けど、もしあの人がサエマって奴なら、何で逃げるのよ。ようやく見つけ出したのに。」

「逃げてなどいない。」

「じゃあ、どこに行くのよ。」

「取りに行く。不覚だった。様子を探るのみと思っていたが、よもや奴と鉢合わせするとは・・・!」

「取りに行くって、何を?」

「刀だ。」

「か、刀? 刀で、どうするの?」

「どうする、だと? 言ってあるだろう。奴を斬る。」

「き、斬るって、あの人を?」

「人ではない。妖狐だ。」

「斬ったら血が出ちゃうよ。」

「ああ。」

「死んじゃうよ、あの人。」

「それが目的だ。」

 さくらは、じわりと冷や汗が出る感覚を覚えた。サエマを探し出し、元の身体に戻ることがさくらにとっての目的であり、それ以上の結果など何も考えていなかった。元の身体の戻ることができればそれでよかったのであって、シゲトーが「具体的に」サエマをどうするのか、そこをきちんと想像していなかったのだ。シゲトーはサエマを退治することを目的としていた。退治するという言葉をより現実的に言い表すならば、殺す、という二語に帰結しているのだろう。さくらは、シゲトーの行動原理を垣間見たような気がした。

「ねぇ、ちょっと待ってよ、シゲトー。」

「何を待てというのだ。奴の居場所が分かった。幸い、奴は俺の本性に気がついていないようだった。今が好機なのだ。」

「好機って言うけどさ。」

 ずんずんと歩き続けるシゲトーの鞄から首を出して、さくらは必死に言った。

「何も、斬るとかしないでも・・。」

「それ以外にどうするというのだ。」

「だから、説得する、とか・・・。」

「それは俺も考えた。だが、あやつに説得は無駄だろう。」

「なんで。」

生来(せいらい)、人に(あだ)なす者だ。」

「どうしてそう決めつけられるの?」

「奴は人の子を喰う。」

「・・・え?」

 ヒトノコヲクウ・・・。言葉の響の持つ意味を、さくらは一瞬理解できなかった。子供をさらう、ということだろうか。しかし、喰うというのは、いったいどういうことだ。

「どういうこと・・・?」

「今、言った通りのことだ。奴の関わる所、子供がいなくなっている。奴自身も、子殺し、子喰いを否定しなかった。」

 さくらにとって、そのことは完全に初耳だった。(よこしま)。邪悪。人を化かしていたずらをするといった類いの、どこか愛嬌のある狐のイメージが、吹き飛んでしまった。

 しかし、それでも斬るというのはおおごとだ。例えそれが人間の姿に化けた狐であるとしても、そこにいかなる事情があったとしても、人ととして通っているサエマを白昼、斬りつけてしまえば、即、大事件となる。

「そんな・・・。けど、斬るって・・・。それを、やるの? 私の身体で。」

「・・・・・。」

 答えないシゲトーの沈黙が不気味だった。「やる」つもりなのだ。シゲトーが強引に行動へ出てしまえば、猫の身でそれを妨害することは難しい。頭の中が猛烈に空回りするような焦りに、さくらは襲われた。

 さすがに見かねたのか、クロが言った。

「おい、シゲトー。斬る斬るつってっけど、そもそも可能なのか、それ。」

「可能か、だと・・?」

「そう。お前自身の肉体を使えや、そりゃ、鍛錬された身体だ。サエマと渡り合うこともできんだろうけど、よりによって、さくらだぞ。その身体で刀なんて振り回せるのかってことだよ。」

 よりによって、というところにさくらは引っ掛かったが、クロの言うことはもっともだった。さくらは真剣など、振ったことはおろか触ったことすらない。運動も苦手でまったく非力な身体を使って、シゲトーが自在に刀を操れるものなのか、はなはだ怪しかった。

「む・・・・。」

「少し、サエマって奴の様子を見ようぜ。仮に不意をついてやるにしても、人目につくのはまずいだろ。いろいろとな。まして、今、お前は外見上、桜野原さくらってことになってんだぜ。肉体と精神は常にワンセットってことで、世界は成り立ってんた。別の人格が勝手に入り込んでやったことだから、責任はありません、なんてそうそう通じねぇぞ。お前、身体を使わせてもらってるっつー、多大な恩があるさくらに、殺人の汚名を着せて元の時代に戻るつもりか?」

「ぬぅ・・・。」

 クロの言葉に、シゲトーもさすがに返す言葉がないようだった。

「・・・分かった。」

 立ち止まって、シゲトーは苦々しげにうなずく。

「よ、よかった・・・。じゃあ、斬るのはやめてくれるってことね。」

 安堵して言うさくらだったが、シゲトーは、

「だが。」

 と言い足す。

「俺の目的に変わりはない。さくらに迷惑はかけられんが、人目につかなければ、問題はない。機を見て奴をやる。」

 やっぱり、分かってない。さくらは愕然と、シゲトーの顔を見上げることしかできなかった。


 翌日、朝から教会を張り込むシゲトーは、立ったまま彫刻になってしまったのではないか、というくらい、身じろぎせずに立ち続けた。佐絵馬に見つからないよう、今日は建物から一ブロックほど離れた十字路の陰に身を隠している。焼けつくような太陽の光をものともせず、シゲトーは立ち続けた。それも、黒いコートを着込んでだ。薄手のサマーコートではあったが、真夏の炎天下に屋外で着れば、汗も吹き出す。シゲトーは、したたる汗を拭こうともせず、黙っている。コートは、刀を隠すためのものだった。佐絵馬の居所が分かった以上、いつ、斬る機会が訪れるかも知れないと、さくら、クロの反対を押し切って持ち出したのだ。

「暑いわね。」

 ブロック塀でできた日陰の下、地面に置かれた皿から水を飲みながら、さくらはひとりごちた。

「ああ。・・・だな。」

 と、鈴の中からクロも応じた。

「ねぇ、シゲトー。」

「・・・・・・。」

「ねぇったら。」

「何だ、さくら。」

「その刀、ほんとに使うつもりなの?」

「・・・・。人目につかぬようやる。心配はいらん。」

「心配はいらんって、それを勝手に振るわれる身にもなってよ。真剣を持ち歩いてるとこ、見つかった時点でつかまっちゃうんだからね。」

「だったら、どうしろと言うのだ。素手で奴へ飛びかかれとでも言うか。」

「だから、そこは話し合いとかさ、いろいろ他の手段があると思うのよ。」

「話し合いなど。」

 ふん、と鼻で笑うようにしてシゲトーは言った。

「妖相手にまともな話し合いなどできるものか。それができぬかと考えないでもなかったが、奴と対峙して、それは無理だと悟ったのだ。」

「それでもさ・・・。そもそも、あのサエマって狐も、困ってたりしないのかな。だって、シゲトーから逃げて、洞窟の中に入ったらこんなわけのわかんない時代に来ちゃったわけでしょ。シゲトーみたいに身体は入れ替わらなかったみたいだけど、途方に暮れたのは、サエマも一緒じゃないの? その辺のことちゃんと話せば、利害が一致するというか、もう悪さをしないと約束させて、協力しあうとかできると思うのよ。」

「それは・・・。」

 さくらの言葉には、シゲトーも無下に否定できないものがあった。元の時代に戻りたいという点で、佐絵馬とシゲトーの目標は一致している可能性がある。可能性が、だ。

「だが、あやつがあの洞の秘密を知った上で入ったとしたら、どうだ。俺を罠にはめるため、わざと洞に逃げ込んだのだとしたら? 俺はまんまと奴の術中にはまり、もてあそばれていることになる。」

「それなら、何でサエマは私の姿をしたシゲトーに話しかけたのよ。」

「俺がこの姿になっていることを、奴は知らなかった・・・。」

「自分ではめた罠でしょ。他人の身体に魂が入り込むって仕掛け、知らないものかしら。」

「あるいは、俺と知った上でわざわざ話しかけ、もてあそんでいる。」

「まぁ、その可能性もあるけど・・・。でも、サエマが何を考えているのか、今は何も分かんないんだよね。」

「む・・・。」

「それに、斬る、斬るって言うけど、斬ってしまった後、シゲトーは元の時代に戻れるの? 私の身体を私に返してくれる方法が、それで分かるってこと?」

「・・・・。」

 たたみかけるように言うさくらの言葉に、固まった意志そのものみたいだったシゲトーの態度が、わずかに揺らぐ。

 主命を果たすという、その一点にとらわれていたシゲトーだったが、頭の片隅でくすぶっていた考えを、さくらに無理矢理掘り返されたようなものだった。時代を飛ばされ、他人の身体に入り込んでしまったという一連の怪異が、佐絵馬を斬るという一事で解決するとも思われないのである。

 シゲトーのひるんだ気配を感じたさくらは、さらに続けた。

「百歩譲って刀を持つまでは許すとしても、それは抜かないって、約束してほしいの。サエマの様子を探れば、元の時代に戻るヒントになるかも知れないし、今ある手掛かりは、あのサエマって妖怪しかいないでしょ。ね。」

「むぅ・・・。」

 シゲトーとさくらのやりとりを黙って聞いていたクロだが、だめ押しするように言った。

「おい、シゲトー、俺もさくらの言い分に賛成だぜ。さくらの細腕でも、不意を突けばやれるかも知れねぇがな、それですべて丸く収まる、とは俺も思えねぇ。機を見て()る前に、奴の真意を探った方がいい。いや、むしろ、さくらへその身体を返し、お前が自分の身体に戻ってからの方がいいだろ。道理としてもな。さくらの手を血で汚すんじゃねぇよ。」

「クロ・・・。」

 飼い猫のことを、ちょっとかっこいいと思ったさくらである。

「・・・・。分かった。この身体で刀は抜かん。」

 シゲトーの言葉に、ほっ、とさくらは胸をなでおろした。

「だが、用心として刀を持ち歩くことはするぞ。俺の正体を見抜かれ、さくらの身体ごと引き裂かれでもしたら本末転倒だからな。」

「・・・うん。」

 子殺し、という言葉がさくらの脳裏に浮かんだ。昨日、佐絵馬を間近で見た時の、曖昧な存在感とその言葉が重なると、さくらは背筋の冷たくなる思いがした。あれが本当に妖狐、佐絵馬だとしたら、やりかねないという実感が湧いたからだ。

 結局、その日は一日、佐絵馬は姿を見せなかった。日も暮れ、夜も七時を回ると、さすがのシゲトーにも疲れが見えた。

「は。」

 と、シゲトーが声を出すものだから、毛づくろいをしていたさくらはその顔を見上げる。

「はっくち!」

 特大のくしゃみをして、シゲトーは、ずず、と鼻をすすった。クロがシゲトーに言った。

「今日のところは引き上げようぜ。風邪引くぞ。」

「・・・うむ。」

 名残惜しそうに、教会の方を見るシゲトーだったが、一晩中張り込み続けるわけにもいかない。さくらを鞄の中に納め、立ち去ろうとしたとき、最後に教会の方を一瞥したシゲトーに、さっ、と緊張が走った。

「誰か、出て来たぞ・・・!」

 押し殺すようにして、シゲトーはさくらにつぶやいた。

 教会の扉から、佐絵馬と、金髪の女の子が出て来る。鞄の中からのぞいたさくらは言った。

「サエマと、もう一人は・・?」

「写真に写ってた娘じゃねぇか?」

 とクロが言った。確かにそうだ。写真で見たとき、かわいい女の子だとさくらは思ったが、実物もやはりかわいい。けれど、今、見ている女の子が目を引くのは、その容姿よりも、そぶりだった。

 きょろきょろと周囲を見回し、様子を探りながら外に出て来る。まるで、誰かに見とがめられるのを警戒しているみたいだった。そして、佐絵馬の腕を取ると、足早に路地を歩き出す。

「どこかに出かけるのかしら・・・?」

「それにしては、様子がおかしい。」

 と、シゲトーも首をかしげるが、すぐに、目を細めながら歩き始めた。

「追うぞ・・・。」

 夏とはいえ、あたりは暗くなりかけている。二人の姿を見失わないよう、シゲトーは遠くなりすぎない距離を保ちながら、後をつけはじめた。

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