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春夏秋冬 狐物語

作者: かたせ真
掲載日:2014/11/25

昔々あるところに、人々の営みを見守る狐が居りました。


自サイト公開:2010/3/15

 ふ、 と。

 ころん、 と言う音が聞こえた気がして、 深紅の髪の短い青年は空を仰いだ。

 見上げてみても、 茂った木々の隙間から零れる日の光とその先の青空だけしか目に映らない。

 聞こえた気がした音の主は、 別段空が飛べる訳ではないので当然空を眺めたところで見つからず。

 そのまま視線を落とし、 真っ直ぐに深い森の中を見つめていた。

 漆黒色の双眸で暫くそれを続けた後、 ゆっくり目を閉じる。


「……」


 小さく息を吐くと、 耳を澄ます。

 ぴくり、 と、 それは動くと遠くで葉が踏みしめられる音を聞きつけた。

 ……余談ではあるが。 青年の耳は丁度頭頂部に近い、 赤毛の間から生えた白い毛並みのそれだった。

 ちなみに、 腰のあたりには同系の毛並みをした尻尾が生えている。

 どちらも毛先のみが少しばかり赤い。

 彼は、 所謂〝妖怪狐〟と呼ばれる種類の生き物だった。


「……春。 いつまで隠れている」


 暫く音を聞いていた彼は、 それでも現れない誰かに向って声を発する。

 言うと同時に開かれた目は、 また真っ直ぐに前を見据えていた。


「…………秋雪兄様。 別に、 春海は隠れている訳ではありません」


 淡々と言いながら現れたのは少女だった。

 彼女が歩みを進める度に、 腰のあたりにつけられた子供の握り拳程の大きさの鈴がころんと鳴った。

 ところで、 秋雪、 と言うのは青年の名前らしい。

 兄と呼んだことからして、 彼女と青年は兄妹なのだろう。

 しかしながら、 こちらは青年と違って雪色の長い髪をしていた。

 目の上で切り揃えられた前髪の下の双眸の色と耳やら尻尾があるのは一緒だが、 色は逆に深紅。

 こちらは毛先だけが僅かに白い。


「じゃあ、 何をしていたんだ?」

「兄様を観察しておりました」


 しれっと言ってのける妹に、 兄は訝しげな視線を送る。


「……それ、 意味あるのか?」

「ありません」


 表情一つ変えずに即答された回答に、 がっくりと肩を落としたのは言うまでもない。


















「ふむ」


 根城にしている古い家屋の縁側で、 行灯を傍らに置きながら秋雪は本を開いていた。

 ぼろぼろのそれは、 古い文体で何やら記載されている。


「……で、 春」


 時刻はもう夕闇が世界を包もうとしているそんな時間。

 吹き付けるのは、 少しばかり肌寒い風。

 紅色の髪を揺らしながら、 吹き抜けていく。

 しかしながら、 秋を感じさせるその風は心地よくさえ感じられた。

 並んで縁側に座る春海は、 真っ直ぐ空を。 ……昇る満月を見つめる。

 本来夜行性の彼らは、 これからが生活の時間だ。


「はい」

「下はどうだったんだ?」

「別段変りなく。 ……少しまた、 人間が減ったくらいでしょうか」

「そうか」


 妖狐ではあるが、 彼らはこの地の守り神でもある。

 ある時代、 妖怪と言えど人に良きことをする物は神として感謝された。

 人ならざるものは混同して考えられていたのかもしれない。

 事実彼らは人に望まれるまま……と言っても、 彼らの気分次第だが……助けたりしながら、 長い間見守ってきた。

 近年は、 過疎の傾向が強くなり人の数は減ってしまったが。

 それでも、 この生活を続けていた。

 今日、 山を下りて見回ってきたのは春海だっただけで、 これも交代で行っていた。

 ぽつぽつと報告を終えると、 そこで初めて春海は兄に視線をやる。


「兄様」

「……なんだ?」


 秋雪が見てみると、 妹は珍しくしゅんとしていた。

 耳など少し垂れて見える。


「このまま、 此処は無くなってしまうのでしょうか?」


 ほんの少しばかりの寂しさを含んだ言葉。

 けれど、 寧ろそうやって言ってくるのが珍しく、 兄は苦笑した。


「さてな。 何故そんな事が気になる」

「……人間がもし居なくなり、 この地が放棄された時。 私達は存在できますか?」


 言われた言葉を頭の中で一巡りさせ、 彼は小さく息を吐く。


「成程。 そういう意味合いか」


 そうだな、 と、 秋雪は呟き目を閉じた。

 感謝、 信仰心。 そして何より、 彼らの存在を信じる人の気持ちがあって、 初めて彼らの存在は成立する。

 だからこそ、 春海は心配なのだ。

 人が消え、 気持ちが消え、 土地が放棄される。

 それすなわち、 自らの終わりも意味する。 そう思っている。

 だが、 妹の深刻そうな顔を見て、 兄はまたふと笑う。


「……大丈夫だろ」

「ですが……」

「俺が思うに、 単なる狐に戻るだけだ。 すぐ消えちまう事は無い」

「……そう、 ですか?」

「ああ。 ……それよりも、 もうそんな時代なのだと受け入れる方が大事だろ?」

「……」

「人の文化は進んでいる。 俺たちが幼い頃よりも、 もっともっと。

 それこそ、 妖術の如き所業すら、 やってのけたりするようになるだろう。

 俺たちの助けが無くても良いようになるだけだ」

「……」

「だが寂しく思うことは無い。 そうなれば、 今度は俺たちの生きたいまま生きればいいだけだ」


 きょとんとした妹の頭に、 ぽんと手を乗せる。

 不安をぬぐってやるように笑いかけると、 そのまま暫く撫でる。

 妹はおとなしくそれを受けながら、 本当に少しだけ笑った。


「そうですね」















 兄妹が並んで見上げた空には、 満月が。

 沢山の夜を過ごし、 月の満ち欠けを。 時代の流れを見て来た。

 巡る季節を感じながら、 人の世の移り変わりを見守った。


 いうなれば、 これは仕方の無い事。

 世界の何一つとして不変のものはなく、 彼らもまた変わりゆくものの一部なのだ。


 長年見守り慈しんだ世界が、 自分たちを忘れていくのが少しばかり悲しいと思っても。

 それを受け入れる事が大事。


 ただ、 一つだけ願うなら。


 ほんの少しでいい。

 ある時代、 ある場所に。

 人の生活を見守り、 少しばかり助けて暮らしていた狐が居たことを思いだして欲しい。


 時代の流れに飲まれて薄まる自然への感謝を、 少しばかり思い出してくれたら、 と願う。


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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読いたしました。 すっと入ってくる内容で読みやすかったです。いつかはいなくなる。あるいは忘れられると自覚がある彼らがそれでも人を見守っていてくれることに寂しい優しさみたいなものを感じまし…
[一言] 心を動かす表現がうまかったです。春海さんがずっと一緒に暮らしてた兄と仲良しで心が温かくなりました。でも、もうすぐ消えるかも、と心の準備をしている兄妹の様子は寂しさを誘いますね。
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