温泉に行く
「あ、気持ちが良い」
俺は温泉につかると、はあと大きく息を吐き出した。
まるで母胎にいるような安心と安堵と、色々と混じっている。
「肌に良いみたいだから、ゆっくりつかっていこうと」
俺は温泉を両手で顔にかけると、全身をリラックスさせ、寛いだのだった。
そまそも、どうして温泉にいるのかというと、時を巻き戻して、下校途中にある。
いつもと同じく、彼女と帰路を歩いていると、彼女が「あ」と言ったのだった。
俺は何だろうと眉根を寄せると、彼女はスーパーの駐車場を指す。
「温泉のマイクロバスがある!!」
「…は? それがどうした?」
気軽に質問したつもりが、口調が硬かったかもしれない。
しかし彼女は気にせず、俺の手を引っ張っていく。
「おい!! どうしたんだよ?」
「あのね、私の知り合いが運転しているの!!」
「え? 運転?」
「うん!! あ、こっちを見た。おーい!! おじさん!!」
彼女がマイクロバスに近づくと、窓が開いて40代くらいの男性が顔を出してくる。
鹿のような柔らかい顔をしており、穏やかそうな人だった。
「どうしたんだ? 学校の帰りか?」
「うん!! そんなところ。おじさんは?」
「俺は宴会の人達を送ってきたところ。そろそろ温泉に戻ろうかと思って」
そう言うと、おじさんは俺に目を向けてくる。
「彼氏か?」
「えっと、その、秘密!!」
手を繋いでおいて秘密はないと思うのだが、俺は礼儀として頭を軽く下げた。
するとおじさんが言ってくる。
「デカいな。いい身体しているし。…うん、じゃあ、温泉に行くか」
「…は?」
話の流れが分からず、俺は思わず地を這うような声を出してしまった。
鹿に似ているおじさんは、少し驚いたようだったが、年の功か、俺に笑みを浮かべてくる。
「温泉はいいぞ。傷に効くし、美肌効果もある。…さあ、乗れ。連れて行ってやるから」
「え…どうする?」
彼女の顔は安堵したもので、おじさんという人に、いつもお世話になっているのが分かる。
俺はスマホで時計を確認すると、耳を伏せたうさぎみたいな彼女に言う。
「俺は別にいいけど。お前は?」
「私も大丈夫!! まだ空も明るいしね」
彼女はそう言うと、空を見上げる。
子どもがペンキを塗ったかのように、ところどころ、橙色の空。
スーパーに入る車も少なく、これから買い物客で賑わうのだろうと推測する。
「よし、行こうか。おじさん、お願い!!」
彼女は俺を引き寄せると、マイクロバスに乗り込んだのだった。
「…で、今…お風呂に入っているんだよな」
俺は露天風呂に移動し、外の景色を眺める。
森林の多い山奥のような場所。
目にも優しく、安らいでいくのが分かる。
他に客は2、3人おり、おじいちゃん達だった。
若いのは俺だけで、肩に湯をかける。
「そろそろあがるか」
彼女はどうしているだろうと、隣をちらりと見るが、カードされていて見えるわけがない。
俺は身体を拭って脱衣室に入ると、おじさんと遭遇した。
「ああ!! 君か」
「は、はい。あの、ありがとうございました。タオルまで貸してもらって」
俺は緑色のタオルを手にしており、後で洗って返そうと思ったのだが、おじさんが受け取ってくる。
それからバスタオルを渡され、にこやかに言ってくる。
「温泉はどうだった?」
「はい、とても気持ちが良かったです。汗が全部洗われたというか…」
「そうか。それは良かった」
おじさんは俺の背中をばしばし叩くと、
「バスタオルは受付のスタッフに渡してくれ」
と言って去っていった。
俺は素早く着替えると、彼女が廊下で先に待っていた。
「あ!! やっと来た」
彼女の顔は艶っぽく、いつもよりも美人に見えた。
1人で危ないな、このうさぎはと思いつつ、俺は彼女に聞く。
「気持ち良かったか?」
「うん!! 少ししかお客さんがいなかったから、ゆっくり入れたし」
「そうか。俺のところも少なかったぞ。これから混むのかもな」
そう言うと、俺は彼女の手を取る。
まだほかほかして柔らかく、まるで羽毛みたいだった。
「おじさんにお礼を言わなくちゃ。ただで入らせてもらったんだから」
「さっき会った時に言ったんだけど。また一緒に言いに行くか」
俺が表情を崩して言うと、うさぎは耳をぴょんと立てた感じで、可愛かった。
今日くらいご褒美をもらってもらってもいいかと思い、受付に向かうのだった。




