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可愛い5年日記とスマホの空き箱

今回拾い集めたのは、とある父娘の記憶の断片です。

結婚式を目前に控えた娘が、父の書斎で見つけた古い日記とスマホの空き箱。

不器用な父が三十年間、ひっそりと守り続けてきた「宝物」の正体とは……。

父が長期入院することになった。

結婚式を間近に控え、諸々の準備で慌ただしい中、私は入院に必要な荷物をまとめるため数年ぶりに父の書斎へと足を踏み入れた。


書斎は相変わらずだった。

壁一面を埋める難解な専門書の列。その隙間を縫うようにして、旅先で買ってきたらしい正体不明のひょっとこの面や、どう見てもバランスの悪い木彫りの置物、用途不明の古びた地球儀などが所狭しと並んでいる。

昔から、父のセンスはどこかズレていた。母と二人で「お父さんのセンスは却下(笑)」と笑い飛ばすのが我が家の日常だった。

そんな無骨で、どこか愛嬌のあるカオスの中で、ふと、その場に似合わない「何か」が目に入った。

棚の中段、分厚い辞書の隣に妙に存在感のある塊がある。

「何これ……?」

それは母が作ったらしい刺繍カバーがかかっているが、中身がパンパンに膨らんでいて、サテンのリボンでぐるぐる巻きに縛られていた。


手に取ってみるとずっしりと重い。

中身が何なのか気になって仕方がない。見てはいけない、という罪悪感はあった。けれど、好奇心には勝てなかった。

おそるおそる、その解きにくいリボンに指をかけ、ゆっくりと紐解いてみる。

中から現れたのは刺繍の柄とは対照的な年季の入った「5年日記」の束だった。

リボンを解いた途端、ページの間から溢れ出すように、私が幼い頃に書いたメモや手紙がハラハラと床に落ちた。

私はそれを拾い集めながら最初の一ページをめくった。

そこには私の知らない、けれど私でいっぱいの「父の30年」が綴られていた。


――― 8月12日。元気な産声。指を握る力が驚くほど強い。将来はスポーツ選手か?

とにかく、よくぞ生まれてきてくれた。ガッツポーズが止まらない。 ―――


――― 3月28日。今日、あの子が初めて私を呼んだ。……ような気がする。

妻は『マンマ(飯)』だと言い張るが、あれは絶対に『パパ』だ。

祝杯を挙げたい気分だが、あの子が寝ているので一人静かにサイダーを飲む。 ―――


数行読み進めるうちに、私はいつの間にか背徳感も忘れてページをめくる手が止まらなくなっていた。


――― 12月24日。娘にクリスマスプレゼントとしてスマホを贈った。

箱を開けた瞬間、『お父さん、ありがとう!』と抱きついてきた。

あの温もりを一生忘れないだろう。 ―――


日記をパンパンに膨らませていたのは、そんな何気ない一日の記録に添えられた私の成長の破片たちだった。

しかし、ページをめくるにつれクリップの数は目に見えて減っていく。


――― 5月14日。娘が好きそうなキャラクターのキーホルダーを買って帰った。

数日後、妻が『ゴミ箱に落ちてたわよ』と笑って戻してきた。

妻はあの子がうっかり落としたと思っているようだが、私は知っている。あの子は一度もこれを手に取らなかったのだ。

私が喜ぶと思って買ってきたものは、もうあの子には『ゴミ』なのだな。 ―――


――― 8月12日。17歳の誕生日。駅前のケーキ屋で、大好きだった苺ケーキを買って帰る。

『ダイエット中。勝手に買ってこられても困るんだけど』

冷めた視線。キッチンで一人、ロウソクを灯すこともできなかったケーキを眺める。

あの箱にかかっていたリボン。私はどうしても捨てる気になれなかった。 ―――


日記の記述は、最近のものへと続いていく。


――― 1月15日。あの子の結婚が決まった。

楽しそうな二人の輪に私も混ぜてほしいが、なかなかタイミングが掴めない。

勇気を出して口を出しても『お父さんのセンスは却下(笑)』と笑われてしまう。

ただ頷くことしかできなかったが、あの子が幸せならそれでいい。

あの子はもう、覚えてはいないだろうな。

幼稚園の頃、あんなに一生懸命に書いてくれたあの可愛い『券』のこと。

あの子が他の誰かと家庭を築く時、この券は本当に期限切れになるのか…。

いよいよお嫁に行くのだな。嬉しいが、やはり寂しいものだ。

幸せになれ。ただ、それだけだ。 ―――


日記を読み終え、私は静かに日記を閉じた。

「可愛い券……?」

記憶の底をかき回してみるけれど、すぐには思い出せない。

ふと視線を本棚の奥に戻すと、日記が置かれていた場所のすぐ隣に、見覚えのある古いスマホの空き箱が立てかけられていた。

18年前、あんなに喜んで受け取ったはずなのに、いつの間にか父の書斎に置き去りにされていた、あの日の箱。


吸い寄せられるように手を伸ばし、その箱を手に取る。

かすかに中で何かが動く音がした。カサリ、と乾いた軽い音。

恐る恐る指をかけ、そっと蓋を開ける。

そこには、日記に書かれていた通り、幼稚園の頃の私がたどたどしい文字で書いた「お父さんと結婚する券」があのキーホルダーや、色あせたケーキ屋のリボンと一緒にボロボロになりながらもしっかりと収まっていた。


私は小さく一度、深呼吸をした。

あんなに無下に扱ってしまった時期もあったのに、父はずっとこの箱を私の「大好き」を信じて守っていてくれたのだ。

その箱を抱きしめるようにして、私は小さく呟いた。

「ごめんね……お父さん。でも、期限切れなんて勝手に決めないで」


私は日記と空き箱をそっと元の位置に戻した。

父の「秘密」を今はまだ、父だけの宝物にしておくために。

父の着替えが入ったバッグを手に取り、私は書斎を後にした。


それからの毎日は祈るような時間だった。

病室のベッドで少し痩せた父は、私の顔を見るたびに「式の準備は順調か?」と申し訳なさそうに聞いた。私はわざと明るく「お父さんが来なきゃ始まらないんだからね」と返し、母と一緒にリハビリを支えた。

式の数日前。担当医から「車椅子での出席なら許可を出せます」と告げられた時、病室の空気は一気に緩んだ。私と母は顔を見合わせ、文字通り胸をなでおろした。父は照れくさそうに「迷惑をかけるな」と呟いたが、その瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。


―――結婚式当日。

披露宴会場は、祝福の拍手と華やかな喧騒に包まれていた。

高砂から会場を見渡すと、最前列で車椅子に揺られながら、慣れない礼服姿で親戚と熱心に話し込んでいる父の姿があった。

母もその隣でずっと誇らしげに、そして楽しそうに笑っている。

「お父さん、今日は一段と張り切ってるわね」

そう言って母が父の肩を叩く。父は少し照れくさそうに笑いながら、でも本当に嬉しそうに何度も頷いていた。


式の準備期間、私が母と二人で盛り上がっていた輪の外にいた父が、今はその輪の真ん中にいる。

その賑やかな光景を見ているだけで、私の胸は温かな何かで満たされていくようだった。

そんな宴の中、ウェディングケーキが登場した。

それは豪華なタワーではなく、どこか懐かしい、イチゴがたっぷり乗った可愛らしいホールケーキだった。

ケーキの周りには、私が店からもらってきた新しいサテンのリボンが、両親のネームプレートを飾るように結ばれている。


マイクを持った新郎が照れくさそうに笑って話し出す。

「実はこのケーキ、新婦のお父様が昔からずっと大切にされていた『思い出の味』なんです。今日、改めてお父様にありがとうを伝えたくてこの形にしました」

父は一瞬驚いたように目を見開き、やがて感無量といった優しい笑顔で深く静かに頷いた。

隣で母も笑顔で、「お父さん、よかったわね……」と嬉しそうに呟いている。


その後、運ばれてきたケーキを私たちは家族全員で囲んだ。

私が小さく切り分けたイチゴのケーキを、隣の新郎にそっと食べさせてあげる。

彼は一口食べると、「うん!美味しい」とニッコリ笑顔を浮かべた。

その言葉を聞いて私が笑顔で両親を見つめると、父と母も本当に嬉しそうに幸せそうな笑顔で深く頷いてくれた。

私の大好きだった「思い出の味」が今、新しい家族の味になったような気がした。


数日後、私は病室を訪れた。

窓の外では、満開を過ぎた桜の花びらが、春の風に誘われて穏やかに舞っている。

私はあの「期限切れの券」の代わりに新しく書き上げた一枚の紙をお父さんに手渡した。


<お父さんと旅する券>


父はそれを見て、目を細めた。

「……期日はあるのか?」

「来月末よ。だから早く良くなってよ」

私がいたずらっぽく笑うと、父は嬉しそうに何度も頷いた。

「そうだな」


窓から差し込む春の柔らかな光の中で、父の優しい笑顔が揺れていた。

私は桜が舞い散るその先の青々とした梢を見上げながら、小さく呟いた。


「新緑のいい時期に、みんなで行くんだからね」



誰かの人生の、どこかにあったはずの物語―――

(監督&編集長のつぶやき)

監督:

お父さん、本当によかったね。18年前のスマホの箱をずっと大切に持っていたなんて、不器用すぎるけど愛おしいね。新しく発行された「旅する券」、今度は期限切れになる前にたくさん使ってほしいねw


編集長:

本当にそうですね。あの古い空き箱が、実はお父さんにとっての「タイムカプセル」だったなんて……。新緑の季節の旅行、お父さんの最高の笑顔が見られることを私も願っています!

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