第2話:1/10の違和感
第2話:静かなる不一致
実家のある神奈川へ戻った俺を待っていたのは、涙に暮れる両親と、呆然と立ち尽くす兄・一樹だった。
「死んだと思っていた弟が、5年ぶりにひょっこり帰ってきた」という事態に対し、彼らはパニックを起こしたが、俺は努めて穏やかに、常識的な再会を演出した。
深層で鍛え上げられたこの平坦な精神は、どんな劇的な場面でも「普通」を演じることができる。
「本当に、生きてたんだな……」
一樹兄貴が、俺の肩を叩く。その手は震えていた。
俺は「心配かけて悪かった」と一言だけ返し、母さんが作ったシンプルなチャーハンを平らげた。
パントリーが影の中で「栄養バランスが……」と呟くのを無視して、俺は数年ぶりの「家庭」というものを味わった。
翌日。俺は一人で、横浜にある『探索者センター』の大型窓口を訪れていた。
手元には、500階層付近で拾った、比較的ランクの低い――それでも地上では『特級』に分類されかねない――小さな異力石が一つ。
目立たず、しかし数ヶ月の生活費にはなる程度の換金を狙う。
だが、センターに入った瞬間、俺はわずかに眉を寄せた。
(……戦術級が三人。それと、入り口の監視役が二人)
『全知の眼』が、隠れている者たちの情報を強制的に読み取る。
どうやら、台湾当局から「異常な魔力反応を持つ帰還者」として、既にマークされているらしい。
俺は平静を装い、一般窓口に並んだ。
ロビーの端では、一人の女性がこちらの背中をじっと凝視していた。
李 鈴花。昨日、1000階層の広場で会った、中国の戦略級だ。
彼女は日本政府に公式入国し、俺の正体を確認するためにここにいる。
(……あ、鑑定しようとしてるな)
彼女が道具を取り出す気配を感じた。
本来、人は鑑定できないが、高位のアイテム鑑定スキルを持つ者は、対象が持つ「装備」を透かして実力を推測することがある。
(パントリー)
(承知いたしました。……『偽装:忘却のベール』を展開。彼女の眼には、主様が「少し魔力の高いだけの初心者」としか映りません)
パントリーが、極薄の魔力膜で俺を包む。
李 鈴花が持つ、戦略級特選の鑑定レンズ。それが俺の背中を捉えた瞬間——。
「え……?」
彼女の困惑した呟きが、全知の眼を通じて俺に届いた。
彼女の視界には、俺が持っている「1000階層級の防具」や「異質な魔力回路」が、すべて「50階層程度の安物」へと書き換えられて表示されているはずだ。
俺は自分の番が来ると、窓口の職員に免許再発行の書類と、石の欠片を差し出した。
「換金をお願いします。……あと、これの相場が分からなくて」
俺が差し出したのは、1000階層の深層であれば「ゴミ」として扱われる微細な破片。
だが、窓口の奥でそれを受け取った鑑定士の指が、ピクリと止まった。
「……お客様。失礼ですが、どちらでこれを?」
「50階層の……北側のエリアで、運よく拾いました」
嘘ではない。俺がかつて通過した道だ。
鑑定士の顔が強張り、奥の特別室へと視線を送る。
俺はわざとらしく、不安そうな顔をしてみせた。
「あの、何か不備でもありましたか? 無理ならいいんですけど」
「い、いえ! 少々お待ちください。……上席を呼んでまいります」
やはり、地上の「物差し」は短すぎる。
俺にとっては常識の範囲内の行動が、戦略級たちの警戒をさらに煽っていることに、俺は気づかないフリをすることにした。




