第7話 世界の命運よりも緊張すること
『それとこの世界は、君たちの世界と同じように貨幣制度を取り入れている。君たちにはそれぞれ、能力の中にストレージ機能があるよね。一週間分の生活費が入った財布を入れておいた。僕から、ガーゴイルを倒したサービスってやつだね。お金に困ることはないんじゃないか』
「おぉー太っ腹だねぇ。ありがとうございます」
早速初任給ですか。嬉しいなぁ。実はバイトもしたことがなかったから働いてお金もらうのはこれが初めてなんだ。ユイカちゃんとの共同作業だったし、初めてお金もらえるしウハウハだね。
アルカナが言うように影纏いにはストレージ機能がある。単純に影の中にものをしまえる能力だ。言われた通り、影の中を探すと巾着のような財布が入っていた。
でも影の中を探っていた時に違和感が生まれた。ない…物がない!?
『言い忘れてた。独断でストレージの中の物の一部をあちらの世界に置いてきた。後出しになって申し訳ないけど勘弁してね』
スマホなどの電子機器や財布などがない。それだけなら全然いい。問題は─。
「エレクトロン・アカデミー全巻とグッズがない!! アルカナなんでだよぉぉ~!!」
『こっちにも事情があってね。まぁまぁ泣かないで。うちわは入ってるから』
「…本当だ。うちわはある…」
「うちわ?」
「こ、これは……い、今は見せられないよ!」
少し怪訝そうな表情を浮かべるユイカちゃんと視線がばっちり合って心臓が跳ねる。姿勢のいいたたずまい。美しい。見惚れてしまう。
このうちわは、見せる機会があるかもしれない。今は恥かしくて見せられないけど。
それはそれとして、ユイカちゃんが全身と影をまじまじと凝視してきていた。きっと影纏いのストレージ能力に興味を持ってくれたのだろう。でもそんなに見られると恥ずかしい。
俺もユイカちゃんのストレージ機能が見たい。知りたい。というかユイカちゃんの事をもっと知りたい。まだ知らないことが多すぎる。
そんな気持ちをもってじっと見ていると、ユイカちゃんはマジシャンがよくやるように何も持っていないことをアピールするみたいに両方の手のひらを見せる。傷一つない綺麗な細長い指と健康的で滑らかな手。綺麗だ。そして一度こぶしをぎゅっと握り締めた後にぱっと開くと、そこには俺と巾着型の財布が!
「凄いっ!! マジックだよ!!!」
マジックみたいに出されて驚いたんだけど!え、すご…出し方かっこいい。手品みたい。
俺の言葉や驚いた様子に満足しているらしいユイカちゃんは、得意顔になっている。
あの得意顔はファンが選ぶ好きな表情ランキング堂々2位に選ばれた得意顔。清々しいほどの表情にファンの心は鷲掴みにされたんだ。ありがたや、生きて見れてよかった。俺もユイカちゃんの得意顔大好きなんだ。やっぱり俺はこの日のために生きてきたのかもしれない。
ストレージ機能の仕組みはよくわからなかったけど、得意顔を見れて満足だよ。マジックみたいに出すなんてユイカちゃんは茶目っ気がありますなぁ。ついにやけちゃう。
「この財布ではあまり入らなそうですね」
『その点は大丈夫。四次元空間みたいになっていて、ほぼ無限に入るし重さも変わらない』
四次元空間になっているのか。ほぼ無限に入るなんってなんだがゲームのシステム又は某国民的ロボットアニメみたいだ。重さも変わらないし、気軽に持ち運びできるし便利。シンプルな見た目で味があった良い。ファンタジーチックな雰囲気が合って、好きかも。
というかユイカちゃんとおそろいか…嬉しい!
『最後に君たちの名前は、このファンタジーチックな世界では『ユート・オモカゲ』と『ユイカ・ホシモリ』だ。以上で言うべきことは言ったし、あとは任せる』
本当にこれは神が人間を使ったゲームをしているのかもしれない。俺たち人間にとってはあまりにも背負うものが多い過酷なゲームが、幕を開ける。
『君たちを信じて見てるよ。命運は君たちに託された。君たちも何か意気込みはあるかい?』
「命運は託された、とか言われる側になろうとは思ってもみませんでした。いわばアルカナとルーラーの代理戦争に巻き込まれた感じですが……私は、私の大切な存在を守るために全力を尽くして、ルシファーを倒します。この任務は必ず遂行する!」
闘志に満ちたライトグリーンの瞳がその思いが乗せられたように陽の光を反射して爛々と輝く。本当に格好良くて、綺麗で、純粋な瞳。側にいるだけで気合が入る。
「俺は……俺の夢を叶える。負けないじゃない。勝つんだ。魂込めて頑張るよ」
そうユイカちゃんとの旅をね。絶対に失敗したくないし失敗できない。アルカナが露骨に話を終わらせようとして来て、緊張してきたんだが。さっき動いたから汗をかいたんじゃない。明らかに緊張して汗をかいてる。手汗が半端じゃない。
『いい気合いだね。じゃあそういうことで! アークの─【特異点になれ】』
そう言ってアルカナは一瞬にして消えていった。
これからはまぎれもなく、ユイカちゃんと2人きりの旅が始まる。
…えっと…待って。何を話せばいいんだろう。何も思いつかないんだけど!待って!!
沈黙が辺りを支配する。別に気まずいとかではないけど緊張で空気が重い。でもこの待ち望んだ、夢にまで見た時間を無駄にするわけにはいかない。 勇気を持ってユイカちゃんの方を向いて頑張って口を開く。
「あ、あの……ほ、星守さん!」
「ムッ」
「ご、ごめんなさい!!」
ふり絞った勇気は一瞬で砕け散った。いきなりムッとされてしまった。どうしよう!いきなりちょっと嫌な顔をされたよ。俺なんかしたかな?やっぱり無自覚系主人公なのか?さっきまでは少し話してくれてたのに。にしてもムッとした表情もかわいらしいなぁ。
「名前」
まっすぐ俺を見据えて言ったのは“名前”という言葉だけだった。もしかしたら最初にユイカちゃんって名前+ちゃん付けして呼んでしまったことで怒ってるのかな。夢だと思ったから呼んじゃったけど…謝ろう!いますぐに!
「そのさっきは……」
「最初は名前で呼んでくれたのに、なぜ途中から名字呼びに変えたんですか!」
「え……えぇ!?」
つい気の抜けた声が出ちゃった。俺の理解力が正常ならもしかして『名前でなく苗字呼びになっているのが不服』ってこと。本当に?
「えっと……その、最初は夢だけど会えて嬉しくて名前で呼んじゃったけど、初対面の男から名前で呼ばれていやなのかなって思って……」
「そうですか。別に面影君からなら嫌じゃないです」
「……え!?いいんですか!?」
嫌じゃないの!?いいの…いいんだ。驚いて腹から、いや魂から声が出た気がする。俺がユイカちゃんを名前で呼んでいいなんて、この世界から重力がなくなるように錯覚するくらい体が軽い。これが天にも昇る勢いか。
「じゃ、じゃあ名前で呼んでもいい……デスカ?」
「なぜ敬語になるのですか。しかもちょっと片言ですし。普段通りで良いです。好きに呼んでください」
またもちょっとムッとした表情になるユイカちゃん。可愛い。嬉しくてつい信じられなくて敬語になったけど、どうやら敬語は嫌みたい。直す!名前呼びもしてもいい!!名前呼びを許されるなんて、嬉しくて涙が。
「ありがとう──ユイカさん!!」
数々の幸せに耐え切れず涙があふれた。本人を前にして名前呼び出来るなんて夢のようだ。頼むからここまで来て、夢にならないでくれ。こんなに幸せなのに夢落ちになったらもうショックで立ち直れない。涙で歪む視界だけどしっかりユイカちゃんを見る。俺の様子に何とも言えない表情を浮かべた後、少し恥ずかしそうに口を開く。
「好きに呼んでいいですけど“ちゃん”付けは恥ずかしいのでやめてください……人前では」
人前以外、すなわち二人きりの時は“ちゃん”をつけて呼んでいい。え!?いいの!?
緊張で足が震えてきた。いや、嬉しすぎて全身が震えている。もう全ての遺伝子が喜びで活性化しているのを感じる。体の中に太陽があるのではないかと思うくらいの熱い。
それと最後の『人前では』の言い方が可愛すぎる!!!頬っぺた少し赤いし照れている感じで尊い。
「ありがとう、ユイカ……ちゃん」
「……いえいえ」
頬を少し赤くして照れてくれているみたい。可愛い。こんな素晴らしい姿を見れて俺は幸せ者だ。世界一幸せだ。でもこれから頑張ってユイカちゃんを世界で一番幸せにするんだ。命を懸けて頑張るぞ!
「ごめん、嬉しくて涙が止まらないんだ。かっこ悪い所を見せて情けない。俺の事は…特にこだわりはないので好きに呼んでね」
それはそれとして涙は止まらない。止めようと思っても感情が溢れて止められない。今日流した涙の量は、昨日までの人生で流した涙の量を上回ると思う。これが涙腺崩壊か。
「かっこ悪くも情けなくもありません。それと私は……夢叶君、と呼ばせていただきます」
「っ~ぁぁぁっ…!!!」
『夢叶君』─推しから名前呼びされた。心の中が幸せでいっぱいだ。名前を呼ばれる世界線にいれる事に感謝も涙も止まらない。一生分泣いてるかも。
「ありがとうユイカちゃんっ!! 凄く嬉しい! うぅ~……」
もしや俺は、異世界の方がいいのでは?そう思わずにはいられない。
「そんな泣くほど嬉しいですか? 私と会えたり、名前呼びの許可もらったり……」
「勿論だよ! 人生で一番嬉しいよ! 生きてきてよかった……生まれてきてよかった!」
まっすぐユイカちゃんを見ると、また前髪をいじって視線をそらしている。顔全体がほんのり赤くなってきている。何て可愛いんだ。
それはそれとして、なんでユイカちゃんはこんなにも好意的なんだ?謎だ。
「なんでユイカ、ちゃんは…俺に好意的なの?」
「そ、それは…いずれ話します。それより!夢叶君の髪型についてなんですが」
そう言って俺の髪へと視線と話題を移す。露骨に何かありそうだけど、その時を待つよ。
俺の髪形はベリーショート。ユイカちゃんを似たような長さと髪型だ。髪質が結構固めで、同じベリショでも俺のは少しつんつんとはねた感じになっている。色は黒。手入れは一般的程度にはしているから艶は普通…だと思う。ユイカちゃんみたいな艶々の髪質に憧れるよ。
「以前は首にかかるミディアムヘアだったのに2年生後半になり、急に今のベリーショートにしましたね」
その通り。それまではずっとミディアムヘアだった。記憶の限りでは今のような短さまで切ったことはない。特にこだわりもなかったし。でも“ある人”がきっかけで短くしたんだ。この流れはまずい。この先の展開が読めてくる。心臓がバクバクしてきた。
「ご友人から聞かれ『推しの影響でベリショにした』と作中で話していたのですが…」
「あ…その…はい…」
この流れは…もう逃れられない。鼓動が加速する。ユイカちゃんも少し緊張した様子。頬がほんのり赤い、気がする。極度の緊張で視界が霞んでいるように光輝いているような感じまでしてきた。耐えろ俺!耐えるんだ!
「その推しとはもしかして…私ですか?」
「…ひゃ…は、はいぃっ!」
無理。耐えきれなかった。完全に声が裏返った。”ひゃ”とか言ってしまったし。




