第4話 大いなる力は異世界で咲く
呟くと同時に、地面を這っていた影の一部が体に纏わり、変化していく。西洋甲冑であるプレートアーマーのような形を基調とし、関節部は鱗が重なり合ったような作り。生き物の一部を鎧に組み込んだような歪な鎧。兜の部分には鬼のように鋭くも歪んだ角が天に向かって伸びる。
【影纏い】の基本的な鎧の形状─【影鎧─鬼ノ羽衣】。
そして身長と同じくらいの漆黒の大剣が出現。迷わず掴む。名を【影ノ剣─時雨】。鍔は鳥の羽が重なり合ったような形となり、光をも飲み込むような漆黒の刀身には波状の模様が揺らめいている。
影を自由自在に操り、変化させることのできる面影一族に伝わる無二の異能─【影纏い】。影纏いは江戸時代に編み出されたとされ、その力を駆使し暗殺、護衛、時として争いの裏で糸を引いていた存在。それが面影一族だ。
そして俺は、その面影一族の最後の生き残り。
元の世界にいた時のこの力を持って敵と戦い、世界を救った。だがそれは誰も知らない。歴史に名を残すこともない。一生日の目に当たることのない、人によっては影の英雄の物語とでも言ってくれるかもしれない。でも違う。
実際には、俺がこの手で最後の面影一族となった経緯と忌まわしい記憶でしかない。
そんな過去の話は、いつか語る時が来るかもしれないその日まで胸にしまうよ。
でもまさか世界を越えても、この力を使うことになるなんて思ってなかった。あぁ…ユイカちゃんに見られてしまった。こんなおぞましい姿を。
「えっ……」
悲観していると、後ろからユイカちゃんの驚きの声が上がってしまった。
(こんな歪な姿を見れば、無理はないよね……)
目の前で人が変身したのだ。驚かない人の方が稀であろう。それに影纏いの基本的な鎧は普通の戦隊もののようなしっかりとしてものではなく、どことなくアンバランスで歪。恐怖心を抱いても不思議ではない。だから、ユイカちゃんには見てほしくなかった。こんな姿、見てほしくなかった。俺は普通の人間ではない。
「……っ!?」
後ろから気配を感じた。正確には、ユイカちゃんの気配が変化したのだ。
エネルギッシュで力強い、圧倒的な気の流れ。普通の人間では到底ありえない、ありえるはずのない変化だ。元の世界にいた時でもこんなものは感じたことはない。
バッと振り返った瞬間に視界に入った光景により、雷で撃たれたかのような鋭くも激しい衝撃が全身を駆け抜けた。
白を基調とし金色のラインが入った見たことがない騎士風の戦闘服に早変わりしているユイカちゃんがいた。先ほどまで着ていたエレクトロン・アカデミーの制服から一変。どこから取り出したのかは不明の身の丈ほどの光りを放っている大剣を右手に持ち、左手には腰のホルスターから抜いたのであろう近未来的な形状をした銃が握られていた。ズボンはスリットが入っていて、そこからチラッと見える脚線美が色っぽい。
交錯した視線は驚愕の色が濃くなっていて、大きな瞳はより一段と見開かれていた。
「か…かわはあああああぁぁぁ~!!!」
あまりの衝撃に悶え、言葉にもならなくなってしまった。鼓動が一瞬のうちに加速し、ドクッドクッと胸の高鳴りが響き渡る。でも当然だ。だってここにきてユカコちゃんの新衣装を見れているのだ。悶えない方がおかしい。服装が変わったからかさっきまでなかったホルスターと銃があるし、あの剣はどこから来たのとか気になることは沢山あるが今はそんな事を気にしている場合ではない!ユイカちゃんの新衣装を間近で見れているんだ。しっかり目と心に焼き付けておかなくては罪というもの。
「もう…あなたという人は」
少し呆れたように呟いているが、表情はその言葉に反して嬉しそうで明るい。胸を張ったり、銃を構えたりと軽くポージングまでしてくれた。その瞬間を心に刻んだ。ありがたや~寿命が延びたよ。体の全細胞が活性化した。
ただ少し冷静になった時に、互いに嫌な沈黙が流れた。先ほどまでの晴れた表情は曇っている。そして多分俺の表情も同じような感じになっていると思う。
理由はわかる。複雑な思いが湧き上がってきているからだ。さきほど言いかけた言葉。そして『選ばれた理由』の一つ。
「戦えてしまうんだね」
「えぇ……面影君も、“こっち側”だったんですね」
「うん……」
俺たちは異能持ち。『戦える人間』なのだ。
きっとこれが、選ばれた理由の1つ。異世界召喚された原因だ。
複雑な心境で互いにしんみりとした声色になってしまった。
心のどこかで少しだけ思っていた。俺の選ばれた理由の一つに『影纏い』という異能がかかわっているのなら、ユイカちゃんが選ばれた理由も似ているものなのではないかと。
(あぁ…こんな風に会話をするなんて、それもこんな思いで話をするなんて夢にも思ってなかった。本当ならこんな会話はしたくなかったなぁー…誰とも)
俺は大切な人に命をかけた戦いはしてほしくない。ただ無事でいてほしい。危険になんてさらしたくない。傷一つだってついてほしくない。そう心から思っている。特に好きな人には─ユイカちゃんにはそう強く思っていた。
誰しもがそうだろう。好きな人には傷ついてほしくないし、幸せでいてほしいと願うものだ。でも、俺のこの願いは叶わないようだ。目の奥がジーンとする。どうしようもない事だけど、この世の無常さに感情が刺激される。
戦いの日々が待っていると実感し始めてしまった時に、真っ先に思ったのは『ユイカちゃんを戦いに巻き込ませたくない』という不安だった。一緒に入れる嬉しさは当然あったけど、おそらく好きな人が危険にさらされてしまうのは避けて通ることはできないのだろうという悲壮感が胸の中を支配していった。
「俺は…星守さんに戦ってほしくなかった。危険な目に合ってほしくないから」
「先ほども言いましたが、それは私も同じですよ…面影君」
そう軽く微笑みながら言われてしまうと、単純な人間だから嬉しくて仕方がない。ちょっとシリアスな雰囲気だけど徐々に喜びが勝ってしまっている。ユイカちゃんが俺の事をどう思っているのかは不明だが好意的である。そしてこれまた理由はわからないが、俺と同じように戦ってほしくないと思ってくれていた。この状況、喜びが勝って当然だ。
「俺のこの能力は【影纏い】って名前で、その名の通り、見ての通り!影を操って色々できるんだ。星守さんのは?」
「【OREDR】という名です。特殊なエネルギーによって特別な力を持った武器を作り出し、それを持って戦います。影纏い…良い名前ですね」
「OREDR…エヘヘ、教えてくれてありがとう!星守さんのもかっこいい名前だね!」
「いえいえ。それほどでもないですよ」
そう言うがどこか自慢げな表情。ユイカちゃんも負の感情が薄まってきて、元に戻ってきたようだ。よかった…本当に。
「さて、話はこれくらいにして…目の前の事を処理しますか」
和やかな空気は消え、鋭い視線をガーゴイルへと向ける。微笑は消えて凛とし、ライトグリーンの瞳に闘志が宿った。2つの眼は敵を捉えて離さない。
俺も覚悟は決まった。もう前を向くしかないんだ。
闘志を感じ取ったのか、はたまたここまで放置されていたことへの苛立ちか、ガーゴイル達は耳をつんざくような咆哮をあげて威嚇してきた。歯が揺らめき空気が震える。
でも恐怖心は湧いてこない。だって隣には最高に頼もしい人がいてくれるから。
「私は左を片付けます。右を任せてもいいですね?」
「勿論だよ!任せてください!」
ユイカちゃんから任されたのだ。全身からエネルギーが満ち溢れる。今ならなんだってできる気がする。いや…気がするじゃない。『何でもできる』。
互いに邪魔とならないように少し距離を空け、この世界での最初の対戦相手─ガーゴイルと相対する。愛剣を強く握り締め、まっすぐ構える。地面の感触を確認してから軽くひざを曲げて重心を低くし、慎重かつ丁寧に戦闘態勢へと移行。ユイカちゃんが見てくれているのだ。カッコいい所見せたい!
戦うのは好きではなかった。ずっと苦しかった。
でも今はそれを心待ちにしている自分がいる。きっと隣に好きな人がいてくれるから、思えることだろうね。幾多もの戦いをしてきたけど、今この瞬間が一番やる気が溢れている。力があふれ出す感覚が全身からする。滾る。
『さぁ、特異点となりえる実力を見せてくれ』
楽しそうなアルカナの言葉が終わり、ガーゴイルが咆哮をあげ重心を下げて飛び掛かってこようとする動作に入った瞬間、全力で地面を蹴った。




