第20話 甘い時間は終わり、本戦が始まる
シュヴァリエさんの言ったとおり、ガイアカグラの宿は多く、売りとするサービスも多種多様だ。食、値段、快適さ。どの店もセールスポイントを前面に売り出して、声を張り上げている。部屋は写真で見せてくれるし、何なら内覧させてくれるから結構便利。
そんなこんなで、時刻はおやつどき。先ほどよりも町は活気づき、ほどよい優しい風が露店の美味しそうなにおいを乗せながら、心地よく頬を撫でる中で決めた宿に到着。
入り口に入ると同時に落ち着くような木の香りがふわりと包み込む。まるで元の世界の旅館のような温かみと居心地のよさ。異世界に居ながらも日本の古き良き風情を感じられ、まだ離れて一日も経ってないのにどこか懐かしさを思い出させてくれる。この場所に泊まろうと思った理由だ。
「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいでしょうか?」
「はい。部屋は──」
俺が腑抜けている間にも、サッとユイカちゃんが受付の女性に宿の予約をしていた。
「ではお値段がこちらになります!」
提示された金額を確認して、それぞれが硬貨をキャッシュトレーに乗せる。
「では7番の部屋へどうぞ。ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます。では夢叶君、行きましょうか」
「うん! …あれ?」
そういえば今、部屋の番号は1つしか言われなかった。
これはもしや?いやまさか…ね?でもそうなのでは?一つの可能性に気付いてしまった瞬間、一気に緊張が体と心の全体を襲う。
階段を上り少し歩いた先、シンプルな木製扉に“7”と書かれた部屋があった。
部屋番号をチラッと確認したユイカちゃんはためらいなくカギを刺して回し、ドアノブに手をかけて開き、中に入った。俺もそそくさと中に入る。
「はっ…!?」
真っ先に目に入るのは“2つのベッド”。いわゆるツインベッドと呼ばれるものだ。
だいたい1メートル50センチ程度は離れている。これは間違いない。間違い様がない。
『同じ部屋に泊まる』。
嬉しさで飛び跳ねたい半面、心臓が握り潰されるんじゃないかと思うくらい胸に圧迫感を感じる。体の中でビッグバンが起きたように熱い。元の世界での最終決戦の時とですらも比べ物にならないくらいに緊張してきた。良いのか?俺が推しと同じ部屋にいてしまって。嬉しいけど、こんなに急接近していいの?良い事が起きすぎてなんかこの後、悪い事が降りかかってこない?
「ダメ……でしたか?」
ベッドの枕を抱きしめながらこちらを見ずに呟くように話すユイカちゃん。少し不安そうなのが声色からうかがえる。というか、枕を抱きしめる後ろ姿が可愛い!こんな仕草初めて見た。白くて綺麗なうなじと水色髪のベリショから覗く耳が、少しだけ赤くなっているように見えて、鼓動がドクンッと音を立てて脈打つ。
「ダメじゃないです!! その……なんといいますか……緊張するけど嬉しいといいますか……。ぎゃ、逆にいいんですか!? 俺なんかが同じ、部屋で……」
不自然な敬語になった上に少しごにょごにょしてしまった。でも緊張しているから仕方がない。ユイカちゃんと同じ部屋で過ごすなんて嬉しいに決まってるし、当然緊張する。
ぱっとこちらを振り返った彼女は、なぜか自信満々な表情を浮かべている。
「一緒の部屋がいいからこうしたんです。嬉しいと言ってもらえてよかった」
一緒がいいなんて、ぐいぐい攻め込んできているし凄く生き生きとしている。可愛い。心臓は跳ねっぱなし。
それにしてもなぜ『一緒がいいなんて』。この謎の好感度の高さは何だろうか。
一緒にいたい理由は考えられないこともない。異世界で心細いから一人でいたくない、とか。一緒にいたいんじゃなくて一人になりたくない…これだ。考え方が卑屈すぎるか。
深く考えるのはやめよう。聞く勇気がない以上答えは知れない。考えても仕方がない。今は目の前のユイカちゃんに集中だ。
「じゃあ、これからよろしく……お願いします。お手柔らかに」
「フフ、気持ちは分かりますが緊張しすぎです」
緊張してたじたじになっている俺とそれを微笑ましく見ているユイカちゃん。口元を手で隠しながら笑う姿は気品があふれて美しい。漫画で見た時よりも、比較的表情が柔らかいしよく笑ってくれる。
幸せな空間だ。緊張するけど和む。ずっと維持したい。命を懸けて頑張るぞ!
『なんて気合いや淡い期待は、一瞬で打ち砕かれることになる』。
耳をつんざくけたたましいサイレンのような音が鳴り響いた。宿全体を揺らすほどの大音量で、窓ガラスが割れんばかりに震えている。ガイアカグラ全体に響き渡っているのではないだろうかと思うほどの轟音。
外を覗くと、待ちゆく人との表情が青ざめているのが見えた。中にはガタガタ震えその場にうずくまってしまっている人や、その場から全速力で離れていく人も。
「始まったみたいだね」
「ですね。城へ行きましょう」
思ったことは同じようで、ユイカちゃんも俺も表情が険しくなった。
おそらくは─『敵襲』。
いつ動いてもおかしくない、とは言っていたから特に驚きはない。こっちの世界に来てまだ半日しか経っていないけど、いよいよ出番だ。
本当の戦いが、幕を開けようとしている。
悲鳴や怒号が流れて町全体が混沌と化している人波をかき分け、王城へとたどり着けば、騎士たちが慌ただしく駆けまわっていた。
「第一結界が突破された!! 住民の避難を急がせろ!!!」
「アルビオンだけではなくクロノグロリアへの避難経路も確保しろっ!! 隠匿魔法が破られているんだ、急げっ!!」
「ランスロッド団長が遠征へ行っている留守の時に、タイミングが悪すぎる! ……まさか、敵に情報が漏れた……? この時を狙われていたのかっ!!」
「隠匿魔法どころか結界魔法すらも破られている……終わりの時は近いのか……」
「第二結界にディアブロが接近!! この速さでは数時間後にはガイアカグラにたどり着いてしまいます! 魔導士、ネクロマンサー、モンクをかき集めて避難部隊へ招集させて!!」
入ってきた俺達には目もくれず駆けまわり、異常事態を収めようと奮闘している。中にはチラッと俺たちへと視線を送る人もいたが、すぐに目を逸らし何も触れて来ない。声をかけても軽くあしらわれてしまう。これが今のパラディンに対する信頼度なのだろう。悲しい。
勝手に話を聞くに予想通り、ディアブロによる敵襲。隠匿魔法が見破られ結界に総攻撃を受け、このままでは突破されるのも時間の問題…ピンチだね。
「君達!!」
声のする方へと振り返れば、俺たちを案内してくれた門番さんだ。走り回っていたのか肩で息をしていてヘルムの間から汗がしたたり落ちていた。この人はパラディン派だったから話をしてくれるはず。
「門番さん!」
「よかった、探したよ! シュヴァリエ様がお呼びだ。来てくれ!」
話す間もなくシュヴァリエさんの元へと連れられた。全速力で走り、数分もしない内にたどり着いた。
「失礼します!! パラディンの2人を連れてきました!!」
勢いよく開かれた扉の先には、多くの人が集まっていた。金の装飾が施された豪華な服装。おそらくは王族とか貴族などの上流階級の人たちが、前に来た時よりも増えている。その中心にシュヴァリエさんとベネットさんがいた。
混沌とした空気の中でもシュヴァリエさんは嬉しそうにベネットさんの背中の服をがっつりと握っていて、赤面しあたふたしているベネットさんは逃げようにも逃げられなくなっている。押されている。完全に押されている。この数時間に何があったかはわからないけど、良い感じに距離が縮まったようだ。
それに引き換え、周囲の険しい視線が一斉に俺たちに降り注いだ。こういうには慣れていないからソワソワしちゃうな。
「ごきげんよう、パラディン達─出番よ」
静寂の中でシュヴァリエさんの嬉しそうな声が響く。




