第19話 好きなものに一歩踏み出せた先に
「できたから目開けていいよ!」
「……では、開けますよ。……うぅ……夢叶君」
「はい?」
「そこにあった姿見鏡を移動させ、そして帽子、かぶせましたね?」
「大正解だよ~!」
全ておっしゃる通り。
ユイカちゃんが目を閉じている間に、姿見を移動させてさっきのフロッピーハットをかぶせた。無論、テリトリーには入らないように影を使って。あれだけガタガタ動いてたら、何をやっているかは大体わかるよね。帽子をかぶせた瞬間にびくっと体が動いてたし、頬が少し赤くなってたし。
それにしてもめっちゃ可愛い。水色の帽子が綺麗な水色髪に合っているし、ユイカちゃんをより輝かせている。想像を遥かに凌駕する可愛さと美しさ。かぶせた瞬間、心臓が破裂するのではないかと思うくらい飛び跳ねたし、じっくり見たかったけど見すぎたら心臓が持ちそうになかったから視線をそらした。
「これは一本取られましたね……。ま、まだ自分で見るには心の準備が……」
「ゆっくりで大丈夫だよ。自分のペースで目を開けて」
「今だから白状しますが……こういうのは初めてなんです」
少しだけ予想していたことだけど、彼女にとって人生初めての体験のようだ。
そう言われると俺も自分のことの様に緊張してきた。
「私も人並みには可愛らしい物に興味があります。でも自分には合わないと思い、ずっと避けてきました。だから今、少し緊張しています。えぇ……少し」
少しを強調しているけどきっと少しじゃない。少し強がる姿もかわいい。
「でもだからこそ、触れるきっかけをくれた事に感謝しています」
「迷惑じゃなくて、よかった」
「背中を押してくれているのに、迷惑だなんてことはありませんよ」
目を閉じているが少し恥ずかしそうにしているのが分かる。でも本当に迷惑じゃなくてよかった。ちょっと思い切った行動だったけど、これで少しでも好きなものに素直になってほしかったから。やっぱり好きな物を好きと言える方がいいと思うんだ。
ユイカちゃんは息を深く吸って、気持ちを落ち着かせているように見える。こんな感じに緊張しているのを見るのは初めて。
それだけ彼女には大切で、大きな一歩なのだろう。
「では……開けます」
覚悟を決め、息を一つ吐き、パチッとライトグリーンの瞳を開け、自分の姿を確認した。
「……ぁっ」
口から息が漏れる。一瞬恥ずかしそうに視線をそらしたが、すぐに嬉しそうに目を輝かせて微笑んだ。凛としている大人びた雰囲気が薄れ、年相応のあどけなさが姿を見せた。
こんなにも幸せそうな表情が見れて、少し涙が出てきた。俺も一歩踏み出してよかった。好きなものを初めて手にした瞬間は、人生で一度しか訪れない特別でかけがいのないものだ。推しのそんな特別な瞬間に立ち会えたのは幸せだ!
「よく似合ってる。そして、めっちゃ可愛いよ! どうかな?」
「えぇ……私も可愛らしいと思います。ありがとうございます、夢叶君!」
はにかんで見せるその姿に俺も笑顔になっていた。最高に幸せ。
「いえいえ、こちらこそありがとうだよ!」
こんなにも最高でかわいらしい瞬間に立ち会えたんだから、お礼が言いたいのは俺の方だ。この表情を、生涯に忘れることはない。
「私にも、こういうファッションは似合うんですね」
「似合うよ~! だからこれからは自信を持って、好きなものに触れてくれたら嬉しいな」
「フフッ、そうします。何とお礼を言っていいのか」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ! 大したことはしてないから」
「大したことです! 何かしないと気が済みません!」
一度こうなると止まることはない。本当に真っすぐでまじめで良い子だ。
「じゃあ……俺にその帽子をプレゼントさせてくれないかな?俺がユイカさんに初めて贈るプレゼントにしたいんだけど……どうかな?」
「それじゃあやっぱり私が貰ってばかりになります!」
「いやぁ……ユイカさんが変わるきっかけになった帽子は、俺にとっても特別なもので……それをプレゼントできたら俺もハッピー、ユイカさんもハッピーになるかなと」
「理屈も気持ちはわかないでもないですが、それだけでは駄目です。却下」
ユイカちゃんから見れば背中を押してくれた上に“さらに”プレゼント、ということなんだから。それでも理解を示してくれる人の良さが出ている。いい子だ…好き。
うーん、でもどうしようかな。何もいいアイデアが思いつかない。
「ではこうしましょう。私も帽子を選んで夢叶君にプレゼントします!」
「え!? いいの! めっちゃ嬉しい!! 一生の宝物にするよ!!」
俺にとって最高の提案だ。むしろこれは俺得すぎないか?
「まだあげていませんけど、凄い食いつきですね」
「だってユイカさんからの初めてのプレゼントだよ! 食いつくに決まってるよ! 今日をプレゼント記念日にするくらいの大ごとだよ! ありがとう!最高のお礼だよ!」
自分で言っておいてなんだけど『プレゼント記念日』って何?でもそのくらいテンションが上がっている。喜びで今すぐに飛び跳ねたいくらい。体がふわふわしているような不思議な感覚。言葉だけでは足りない。全身で喜びを表現したくなってしまっている。
「フフッ……本当に素直ですね」
凄く得意げでどこか楽し気な表情を浮かべてくれる。プレゼントをもらえる嬉しさとユカコちゃんの得意顔が見れた嬉しさが、ぐっさりと心に突き刺さり、心臓が最高潮に加速していく。体が熱い。
ユイカちゃんにプレゼントできて、しかもお礼にプレゼントをもらえるなんて最高。
そんな中でユイカちゃんは、すでに店内の帽子をまじまじと見つめて選んでいる。行動が早い。かわいい帽子姿で右往左往しながら真剣な表情で選りすぐっている。この幸せをかみしめながら、そんな彼女から目を離せない。
数分後。
「よく似合っています。ピッタリです」
「ありがとう! 半端じゃなく嬉しいよ! 一生大切にするよ!」
ユイカちゃんが選んでくれたのは、オレンジ色のバケットハット。
被り心地がいいし、見た目もオシャレだし、色合いも最高だ。もう嬉しすぎて、人生で初めて姿見鏡の前でポーズをとった。自分で言うのもなんだけど、ハットをかぶっている自分はキラキラと輝いて見える。一生大切にする。面影家の家宝にする。
「喜んでもらえてよかったです」
「流石ユイカちゃん! 完璧だよ! ありがとう!」
「いえいえそれほどでも」
これからの人生、どんなことがあろうとこのハットがあれば乗り越えられる…そんな気がするくらい浮かれている。好きな人からプレゼントもらえて、浮かれない人類とか存在する?いないと思う。
会計を済ませてルンルン気分で店を出た。店に入ってから俺たちを温かく見守ってくれていた老夫婦も、にこやかに送り出してくれた。最高の店だった。お店から出る時にこんなにも感謝するのは人生初。
今日だけで人生初の体験が多すぎる。流石異世界。人生が一変するし夢がある。
嬉しさとドキドキしっぱなしのおかげで全身熱いけど、建物の間から流れる風が優しく頬を撫でて気持ちがいい。世界がより一層明るく感じる。煌びやかに、鮮やかに。




