第16話 諦めたくない思い
「そんなことはありませんっ!!! 断じてあり得ない!!!」
「現実から目をそらすのは簡単よ。でもね、どんなに辛くとも現実は押し寄せてくる。決して目をそらしてはいけない」
「しかし隠匿魔法が破られてもまだ結界がある!! このガイアカグラに被害は─」
「消滅…するでしょうね。入ってきた敵の動きを分析するに、徐々に包囲の形をとっている。部隊が整い次第、結界に向けて一斉攻撃を仕掛けてくるでしょう。全盛期の結界ならいざ知らず、マナの供給が足りなくて今の弱まっている結界では、そう長くは持たない。おそらく1日もかからずにガイアカグラにその牙が届き…って感じかしら」
ざわめきが消えた。耳鳴りがするほどの静寂。空気も重い。見たくもない現実が突き付けられているから、当然なのかもしれない。そんな状況では目をそむけたくもなる。
この世界の魔法がどれほどの威力持っているかはわからないけど、これだけの立派な都市が1日で消滅するのか。そりゃ結界も、隠匿魔法も重要になってくる。それが弱まっているとか、人類にとっては絶望でしかない。
というか、俺たちはもしやとんでもないタイミングでこの地を訪れてしまったのではないだろうか。
「魔法陣の回復手段はないんですか?」
「さっき言った通り、この魔法陣は古代にアルカナが施したもの。私たちが使っている魔法とは一線をかいているわ。研究されてはいるものの、その全容はいまだ把握できていない。現状の回復手段はない。でも言い伝えが1つ。『脅威をうち滅ぼす者によって再生する』、と」
「……なるほど」
納得したように頷くユイカちゃん。どうやらアルカナからのヒントの意味が分かったらしい。ごめん……俺にはわからない。勘の悪い人間なんだ、俺は。悲しい!でも回復手段は何かありそうではある。このまま来た敵を倒したとて、結界が弱まったままでは意味がない。次の刺客を送り込まれてジ・エンドだ。
でも敵に動きがあり、結界魔法が弱まってきている…ずいぶんと都合がいい。いや良すぎる。
神々の争いの代理から『逃げる』という選択肢を排除するための、最初のイベントなのかもしれない。
もしそうなら、人間っていうやつをわかってないね。
「言っておくけど、もう手は打ってあるし……打ち尽くしているとも言える。救助要請済み。だけど、人手が足りなくてすぐには人を派遣できないと言われたわ。住民の避難をする時間くらいは確保できる。でもそれが限界ね。現状では、この土地の放棄以外はあり得ない」
その空気を更に重くするように、淡々とした口調で現実が降り注ぐ。でもシュヴァリエさんは気丈だ。険しい表情ではあるものの、動揺の色はない。むしろ楽しそうに笑って見せた。
「そんなタイミングであなた達がきた。こんな偶然、これは守護者アルカナからの贈り物かもしれないわね」
その目は揺らぐことなく、まっすぐ見据える。先ほどまでの恍惚としたものは一切ない、真剣そのものだった。
俺はこの目を知っている。
覚悟が決まった目だ。
「生まれ育ったこの土地が大好きなの。希望を失ってもみんなすごく良い人ばっかりで、その日を懸命に生きてる。自然豊かで、空気が澄んでいるこの場所が大好き。死んでもこのガイアカグラを放棄なんかしたくない……それが、わたくしの本音よ。それに今日はいい出会いがあったの。これからの人生が凄く楽しみ。でももしここでただ逃げてしまえば……まだ16だけど、これからの人生でもう幸せなんて訪れないと思う。ねぇ、パラディンのお二人。さっきの言葉に嘘偽りがないのはわかったけど、後は行動で見せてくれない?」
心からの真剣な言葉に、周囲の人間はだれ一人口を挟めなかった。場の空気が一気に引き締まり、一瞬の静寂が流れる。
でもこの静寂を待っていた。
諦めたくない人の本音と言葉をずっと心待ちにしていた。
「敵を殲滅して。ユグドを、ガイアカグラを、そして私たちを救って。この依頼、受けてくれるかしら?」
覚悟を受け止める準備はとっくにできている。
「任せてください! 勝手ながら救ってみせますよ。ユイカさん、一緒に頑張ろうね!」
「無論です。楽しみにしていますよ」
これから先に戦闘が待っているとしたら、それはすなわちユイカちゃんと共闘できるという事だ! 楽しみすぎる。推しの隣で一緒に戦えるとか俺得すぎ。もう今から夢見心地だ。
「本当ならもっとお話ししてあげたいところだけど、今はこれが限界ね。もし勝てたら話してあげるわ。『他種族』と『聖剣』について知っていることを」
少し申し訳なそうな表情を浮かべた。個人的には教えてもいいと思ってくれているのだろうが、周囲で見守っている貴族や騎士の視線は厳しい。信用の無さがひしひしと伝わってくる。
これ以上訊いたらシュヴァリエさんの立場にも傷がつきかねない。
信用や信頼は行動で勝ち取る。今はまだそれでいいんだ。
「いえいえ大丈夫です! 信頼、信用は行動で高めてみせますから。是非その時に」
「でもいい出会いを持ってきてくれたことの感謝して、一つだけ特別に私が送られた言葉を教えてあげる─『宝の持ち腐れ』」
『宝の持ち腐れ』─その言葉とシュヴァリエさんの言いようのない悔しさと、寂し気で申し訳なさそうな表情が印象的だった。周囲の人間もその言葉には下を向き、中には苦虫を噛み潰したように険しい表情を浮かべている人もいた。よほど嫌な記憶なのだろう。
勝ったらその時のことを教えてもらおう。前を向くためにも、道を切り開くためにも。
「そういえば、私たちはいつ敵と対峙すれば?」
「こちらから行かなくとも、近いうちにあちらから来てくれるわ。準備だけは整えて、敵が動くその時間までガイアカグラの観光を楽しんでください。衣食住、全部が自慢ですので」
「了解です。じゃあ俺たちは楽しんできます!」
「メリッサさんは残ってくださる? フフフ…個人的にお話ししたいと思っていましたので」
「えっ! いやアタシはちょっとやることが……」
「ないでしょ。ご厚意を無下にするのはよくないです。私と夢叶君は2人で宿に泊まるので、ベネットさんはシュヴァリエさんにお世話になってください。かまいませんか?」
「ちょっ! おまえっ!」
「勿論ですわ!! さぁメリッサさん、まずはお部屋に案内しましょう! 今日の職務は終わったので部屋でゆっくり2人きりで楽しみましょう!!」
人生なんて順調な方が少ない。これからどうやって最終目的地にたどり着けばいいのかは道のりがまったく見えないけど、とりあえず目の前のことに精一杯取り組めば、光明が見えてくると思う。
その時が来るまで俺は推しとの時間をいっぱい楽しむ!正直、そっちの方が緊張してるまである。
やっぱりこうところが英雄気質ではない。




