第12話 運が良い男の覚悟
2人の視線が俺に向いた。
「つい1年前、僕は人生のどん底にいました。敵に滅多打ちにされて命からがら逃げて、部屋の隅で泣いて。敵に気付かれないように病院にも行けなかった。だから自分で手当てをしましたが、医療の知識がない素人の応急処置程度では……ね。その時の傷跡は今も残っています。その時に心に負の感情が渦巻いていました。もう諦めよう、俺が諦めてこのまま死んでも誰も責めない、敵側につけば……なんて最悪な心を持っていた時期が僕にはありました」
気が付いた時には胸の服をぎゅっと握っていた。
今でも思い出す。
まだ一年くらいしか経っていないのだから鮮明に覚えていて当然かもしれない。心も、体も、その時の事を忘れることはない。少し呼吸が辛くなる。息をするにもしっかり意識しないと呼吸という動作すらもおざなりになりそう。
「夢叶君、無理はしないでください」
駆け寄ってきたユイカちゃんが心配そうに見つめてくる。
ライトグリーンの瞳が少しだけ揺らいでいるような気がした。こんな悲しい顔をさせたくない。させちゃいけない。
「大丈夫だよ。今はユイカさんが側にいてくれるから」
そう微笑みかける。
「そう、ですか。」
少し安心したように強張っていた表情は緩んだ。
「その時は味方がもういなくて、1人でした。『十分頑張った、もうダメだ』、そう何度も自分に語りかけていたある日……僕の運命は大きく変わりました」
ユイカちゃんに視線を寄せる。
緊張を解すため、一度深呼吸をして微笑みかける。一層不思議そうに小首を傾げるユイカちゃん。何て可愛いんだ!緊張をほぐしたはずなのに一層ドキドキしてきちゃった。
そう。この表情に、この人柄に俺は─。
「ユイカさんと出会いました」
その言葉にベネットさんよりも、ユイカちゃんの方が驚いようで綺麗なまつ毛が凛としているライトグリーンの瞳を見開いて、何度もぱちくりと瞬きをしている。
「出会ったと言っても、正確には漫画で見たんですけどね。あの時の衝撃はついさっきのことのように鮮明に覚えています。真面目で真っすぐで、何に対しても全力で、友達思いで情に厚くて、可愛くて、かっこよくて、自分の信じた道を決して外れないその魅力的な姿に僕は…生きる力を貰いました。もっと見ていたい、この先の未来を見たい、もっと、もっと!……って思っていたら、最悪な道に進んでいいなんて気持ちはなくなって、人生を諦めるという選択肢は消えました。だからユイカさんは僕の命の恩人であり、生きる希望になった」
ユイカちゃんは伏目にならながら前髪を触っている。その頬は少し赤くなっているような気がする。気のせいじゃなければいいな。
「また生きて彼女に会えることを、見ていられることを糧に頑張ってくることができました。もし出会わなかったらこの場にはいなかったでしょうし、そもそも生きてさえいなかったと思います。確かに俺は戦闘面ではぼちぼち強い。でも最悪の選択をしようとした心の弱い人間です。ベネットさん、あなたと何ら変わりないただの“人”なんです。諦めるのが少し遅くて、運良く『心の支えになってくれる最高の人と出会えた』……ただそれだけです」
ベネットさんへ視線を移す。まっすぐ銀色の瞳を見つめる。きっと心の支えになってくれる人に出会えていたら、盗賊という道を外れたことにはなっていなかったかもしれない。
俺はただ運良く生き残れただけ。違いなんて何もない。ただちょっと運がよくて、多少は戦闘能力があっただけ。この世は平等なんかじゃない。平等に不平等なのだ。
目を閉じた後、数秒後に少し眉間にしわを寄せながら見つめ返して来た。
「じゃあアタシは運が悪かったからこんなことになっているのか?運が悪かったから諦めたのか?」
「むしろ運がいい方です」
「はぁ?だって現に道を外れてんだぞ?何が、運がいい─」
「俺たちと巡り合えた」
ベネットさんの言葉を遮るように言葉を紡いだ。
「夢を叶えるために、必ず魔王をルシファー倒す。運命に抗ってでも止まるつもりは一切ない。諦めることもないし、負けるつもりもない。この世界に俺たちを呼んだ存在が『この世界の特異点になれ』と言っていた。魔王を倒して自分たちの世界を救って、そしてこの世界も救ってみせるよ。誰もなしえなかった未来を切り開く。その瞬間を、お見せしましょう」
「フンッ、口ではいくらでも英雄気取りはできる。無責任にでかいこと言ってんじゃねぇ!」
「信じられないなら、実力を示せばいいんです」
視線が重なった。自信満々の微笑みを浮かべながら頷いてくれた。どうやらユイカちゃんと俺の意見は一致しているようだ。
「私たちは、この先にあるガイアカグラという土地へ向かいます。そこで魔王の軍勢の場所を聞いて、喧嘩を吹っ掛ける。そして敵を粉砕し、実力を敵味方関係なく見せつける。それなら信じてもらえますよね?」
「そんな事……できるわけない! 剣術と体術で私の押されるようなやつらが……」
「たしかに剣術も体術もベネットさんの方が上です。なんなら俺は魔法も使えない。使い方も知らない。でも俺には【影纏い】という、ずっと磨き上げてきた唯一無二の異能があります。それに俺だけじゃなくユイカさんが傍にいてくれます。魔法だろうとなんだろうと、誰にも止められない。魔王が相手だろうと勝てます」
「……そもそもお前らは、魔王ルシファーを倒せさえすればいいんだろ! こっちを犠牲にしてでも倒せればいいはずだし、そこまでリスクを冒す理由がない!」
「ある」
最大にして唯一の理由。それは─。
「だってさ…ほうっておけないんだよね」
「…はぁ?」
「俺さ、面倒なお人よしなんですよ。夢と希望を失った人を前にしてさ、自分の夢だけ叶えるためにほうっておきますってできないんだ。しかも聖人君主でも英雄でもないから、できること以上のことはしないし、勝手に自己満足のためだけに行動するだけ。救ってほしいとか、救ってほしくないとか関係なしにやるだけのことはする。そしてあとは……前に行くも、後ろに行くもご自由に好きにしてくれって感じ。それくらい自分勝手で傲慢だよ」
本当に傲慢だ。自分でも思う。こんな性だから英雄気質ではないんだよね。週刊誌では主人公になれないタイプの人間だよ。なれてもこんな奴が主人公じゃ、打ちきりだろうね。でもそれが俺『面影 夢叶』という人間なんだ。
「全人類を救いたい!─なんて、英雄みたいなことは思ってないよ。ただ、視界に入った人間は救いたい。それだけです。俺たちと出会ったからには、勝手に救わせてもらうよ」
「フフフ、夢叶君…あなたのそういう所が本当に魅力的です」
「ふぇ! ほ、本当に!? やったー!」
少しだけ格好をつけたように言っていたけど、言葉に反応してユイカちゃんにすべての意識が持っていかれた。だって魅力的なんてユイカちゃんにはっきり言ってもらえたらそっちに反応するに決まってる。全部をなげうってでも喜ぶよ。
「そういうわけですので……あなたには私たちに付き合ってもらいます。それが終わったら好きにしてください。それまでは、私たちを襲った罰とでも思ってついてきてください。では、しばしの間、よろしくお願いします」
「……アタシが嘘を言って同情を引こうとしてるとか考えないのか?盗賊だってこれが初めてじゃないって保証もない」
「ベネットさんはそういう人じゃないって思ってるから。俺は読心術とか持ってないから自分の直感を信じるよ」
「……自分勝手なお人よしが」
俺たちを殺そうとしたのは事実だし、本来なら許されないことだ。でもどうしてもこの人が悪いようには見えなかった。被害はないわけだし、おとがめなしでいいと思うんだ。
呆れたように吐き捨てるけど、その表情は先ほどよりも穏やかなように見えた。
「言い忘れてましたけど、【調停者の鎖】が発動している間は嘘をついているかどうかは判断できます。嘘を言った場合は私が設定した罰が発動するので。例えば…実践した方が早いですね。私の質問に『いいえ』で答えてください。あなたはくすぐったがりやですか?」
「いいえ…ふぁっ!?」
その瞬間、脇の下付近に羽が出現。ベネットさんの脇の下をくすぐり始めた。
「うひゃあっはっはははっは!!! そこやめろぉー!!! あはっははははははは!!!」
「解除」
その言葉を発した瞬間に羽も拘束具も消えた。カッコいい!しかし俺もあれだけの啖呵を切ってしまったので、頑張らねば。
でもベネットさんの言葉に嘘はないという事は、この世界での風当たりが不安だ。




