前編
修道院の庭を掃除していると、院長の怒鳴り声が聞こえてきた。
「セリーナ! 出番だよ! 早くしなっ!」
まずい、もうそんな時間か。
私は大急ぎで箒を片付けると、駆け足で修道院の中に戻った。
息を荒げる私に対し、院長はすごい剣幕で叱りつけてくる。
「遅い! 一体何をしてたんだい!」
「ごめんなさい……お掃除がまだ終わってなくて……」
「まったく、あんたの仕事の遅さには呆れるしかないね。その贅肉のせいだろうけど」
院長はじろりと私の身体を睨む。
指摘された通り、私はとてつもなく太っている。
胴体は樽のように丸々として、手足や顎の肉がむちっと膨らんでいる。
服なんて今にも弾け飛びそうだった。
私がこれだけ太っているのは、とある特殊体質のせいだ。
調べてくれた魔術師の人によると、魂から湧き出す聖力を物理的に蓄えている状態らしい。
聖力を上手く制御できれば痩せるそうだけど、今の私にはそれができない。
だから一日一食の貧しい食事でも太っているのだった。
「ほら、今日の呪物はこれだ。さっさと浄化しな」
「わかりました」
私は院長から渡された黒い剣に手をかざす。
体内からじわじわと聖力が流れ出す感触がして、剣の穢れが薄まっていく。
剣が白一色になったところで、私は手を下ろす。
強い倦怠感に加えて、全身が汗だくになっていた。
国内各地から集められた呪物を浄化する――それが聖女の仕事だった。
室内では私の他にも、数人の聖女が浄化作業を行っている。
聖力の制御が下手な私にとっては、一日で一番の重労働だった。
「ほら、休んでないで浄化するんだよ!」
「は、はい……」
院長に叱られた私は、運ばれてくる呪物を次々と浄化していく。
そのたびに贅肉が溶けるように減少するが、魂から生成される聖力がそれを上回る。
どうやら私は、聖女として高い潜在能力を持つらしい。
結果として苦しいのに倒れることも許されず、ますます太ってしまうという悪循環が生まれていた。
己の才能が何よりも憎らしかった。
疲労困憊で呪物を浄化していると、修道院の入り口が騒がしくなる。
院長が大慌てで迎えに行った先には、金髪の若い男が立っていた。
男は偉そうに命じる。
「視察に来たぞ! 案内しろ!」
「これはこれはクリス様! 遠路はるばるお越し下さり感謝いたします!」
「気にするな。王家の者として当然だ」
会話を聞いた私は驚く。
その内容から男の素性を察した。
(クリス……確か第二王子だったっけ)
手を止めて眺めていると、クリスと目が合った。
しまった、と思った時にはこっちに歩み寄ってくる。
クリスは私を見下ろして嘲笑する。
「ここではオークを飼っているのか。フフッ、醜い見世物だな」
「え、あっ……」
あまりの暴言に言葉が詰まる。
怒りすらも湧かず、ただ口を開けて呆けることしかできなかった。
そこに院長が割り込んできて、私の頭を掴んで紹介する。
「この者はリサと言いまして、微弱ながら聖女の力を持っております」
「ほう、聖女の力か……」
クリスが興味深そうに頷く。
そして私の顔を指差して高々と宣言した。
「よし! 今日から貴様は白豚聖女と名乗れ!」
「し、白豚……?」
「何だ文句でもあるのか。卑しく肥えた貴様にぴったりの呼び名だろう!」
上機嫌のクリスは大笑いする。
そのまま彼は院長の案内でその場から去っていった。
(私だって好きで太ってるわけじゃないのに……)
悲しみに暮れていると、優しく肩を叩かれる。
そこに立つのはクリス……ではなく、彼と瓜二つの男だった。
ただし物静かな表情に憂いを帯びた眼差しによってまるで別人である。
「あの……」
「あなたは美しい。あれの戯れ言は気にしないでくれ」
それだけ言い残して、男は歩き去った。
私は自分の頬に手を当てて呟く。
「誰だろう……かっこいい人だ」
男がクリスの兄――第一王子レンフォードだと知るのは、彼らが王都に帰還した後だった。




