路上デビュー
一人と一匹。もう一度国民的いや、世界的アイドルを目指してみよう。
笑われるかもしれないが、まずは小さな一歩からだ。
「いくぞ、とその前に、名前をつけなきゃだな」
『ぴっ』
ぽよんぽよん跳ねるスライムを前に頭をひねる。名前というのは重要だ。
わかりやすくて、おぼえやすくて、親しみのある名前がいい。
例えば、あい、りん、あゆ、あや、まき。
「そういえばお前、男と女どっちだ?」
『ぴ?』
雌雄同体とかだったりするのだろうか?
なら、どっちでも違和感がない名前がいいな。
「スライムだからライム……は色があわないな」
『ぴ?』
「いっそのことライムライトって名前にするか。いや、インパクトにかけるか」
『ぴー?』
奇をてらって、ライリー公爵。口ずさみたくなるリズムのリリン・リン。青いスライムだから蒼。
どれもこれもしっくりこない。悩んでいると思い出されるのは光を反射し、色とりどりに変わる光景。
弾けるような元気なアイドル。
「スプラッシュ、ルミナス……スプルミ。『すぷる』でどうだ?」
『ぴ!!』
名前も決まったしいくとするか、ひとまず人がいるところにいかないと話にならない。
見てくれる人を探さねば。
最初に気がついた地点にあった城壁。明らかに人工物だった。きっとその向こうにいけば人がいるに違いない。
すぷるを抱えて入口を探すことにした。
幸いにして、そこまで歩くことなく城門にたどり着くことができた。
門の前には門番が列をなす人々を監視するように立っている。
馬車をつれた商人や荷車を引いた農夫達もいたが、観察するかぎり言葉は通じるようで、お金を取られている様子もなかった。
安心して並ぶと、ほどなくして街にはいることができた。
門は巨大で、滑車ででも引き上げるのだろうか? 入るときに思わず見上げてしまう。
「にいちゃんこの街は初めてか? 変わった格好だね」
お上りさんだと思われたのだろうか? 門番の兵士に話しかけられる。
「はい、実ははじめてなんです。遠いところからきたもので」
『ぴっ』
そういえば何も言われなかったが、スライムも一緒に入れて大丈夫なのだろうか?
「職業はテイマーかね? スライムとは珍しいね」
テイマー、テイム。ブリーダーのようなものか。
「そうでしょうか?」
「まあ、いいさ。花祭りも近い。人が多いからスリや泥棒には気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
声を掛けられたときは緊張したが、なんということはない。特に咎められることはなかった。
モンスターを飼育するような職業がこの世界にはあるのだろう。
それに、良い情報も聞けた。花祭りというからには祭りなのだろう。人が多いということは客が多いということだ。
「ついてるな」
『ぴっ』
とりあえず日銭を稼がないといけない。人通りの多いところを探して路上デビューだ。
とはいえ、ただの足踏みと色の変わるスライムのダンスでは人目を引くには難しいだろう。
それなりの舞台が必要だ。
門からまっすぐ進むと市場通りに出る。
露店が立ち並び、祭りの準備で人が忙しなく行き交っている。
店を覗くと、布や祭りに使うのだろう花飾り、果実や野菜。肉などが売られていた。
「あの布と、舞台、それから飾り。衣装なんかもあると華やかでいいな」
とはいえ金がない。金を作るために金がいるとはこれいかに。
通りの喧騒の中、人の流れを眺める。香辛料の匂い、埃っぽい風、露店の呼び込み。
身なりのいい者、くたびれた服の者、せかせかと足早に去る者、立ち止まってため息をつく者。
狙い目は――それなりに着飾っていて、けれど少し迷いを見せている奴。店先をのぞきこみ、財布の中身と相談しているような。
息を整え、声をかける。最初の相手には軽くあしらわれ、次も駄目、三人目も首を振る。
四人目で少し反応があり、五人目でようやく当たりを引いた。
「すぷる、悪いがお前のコンサート代はいったんツケさせてくれ」
何か探してるのか? という口上を糸口に通りすがりを装いながら声をかける。
反応を見て言葉を重ね、相手の目線や手の動きを読む。そうして、相手が仕入れに来ている商人だということを聞き出す。
そこからは口八丁。掌に転がした五百円硬貨を、陽の光にかざしてみせる。
「見ろよ、この輝き。職人の手仕事だ。均整の取れた円に、精密な刻印。珍しいだろ?」
まるで宝飾品でも扱うような口ぶりで、俺はそれなりの高値を引き出した。
騙したわけじゃない。
この世界の硬貨はどれも歪に潰れ、文様も滲んでいる。金型が悪いのだろう。
だからこそ、真円を描くコインは特別に見える。細工の細かさを思えば、装飾品と呼んでも差し支えない。
時は金なり。
稼いだばかりの金を手に、目星をつけていた店を次々と回る。
中古品を扱う小さな店の前で足を止めたときだった。
店の奥で、客が店主に食い下がっていた。
どうやら客と店主が揉めているらしい。
「だめだ、うちじゃ買い取れないね」
「そんなこといわずにねぇ! 困るんですって……置くだけ! 置くだけでもいいんです! 売れたらお金を回収しにきますから!」
「困るといわれてもなぁ。こんな光るだけの魔導具使い道がない。置くだけと言われても場所をとるだけで、邪魔だよ」
客は年の若い男の子だった。すすで汚れた顔で、指先にもシミがある。職人かなにかだろう。
手に持っているのは三角形が組み合わさったボールのようなもの。一面だけ白く残りは黒い。
それにしても光るね……。
「すみません、それってどういうものなんですか?」
「えっ?」
割り込まれたことで驚いた顔をする少年。
店主は厄介事がそれたと思ったのか、さっさと商品の整理に戻っていく。
「まどうぐとか言っていたな? どういうものなんだろうか?」
「これに興味をお持ちですか! これはですねロプタ工房の新作といっても僕が作ったものなんですが、最新魔導技術を応用して作った……」
「すまん、手短に頼む」
堰を切ったようにしゃべりだす少年を制し、改めてボールを見る。まどうぐは魔導具か。魔導ということは魔法ということだろうか?
「こほん。失礼しました。では要点だけ。ライト系の魔導具なんですが、今まで不可能だった完全な白色の光を出すことが可能です! しかも長寿命!」
「へー、便利な代物じゃないか。それがまたなんで売れないんだ?」
話だけ聞けば、サーチライトや懐中電灯、スポットライトなど色んな用途に使えそうな代物だが。
「ただですね、欠点があって……。」
少年は肩をすくめた。
「光量が安定しなくて……」
そう言って点けて見せてくれた光は確かにゆっくり明滅している。しかも不規則に。
「水に濡れても使えるのはいいが、そんなんじゃ室内灯にもランタン代わりにも使えやしないよ」
たまったもんじゃないという口調で店主が口を挟む。
「でも! 今までのライト系の魔導具はオレンジや青色を薄くしたものしかなく、完全な白色というのは需要があるはずなんです!!」
確かに、見たところ光は白く一番明るい時の照度なら色々と使えそうだが、一般的な使い道は思い浮かばない。
「でも、悪くないな」
ステージを華やかにするには何が必要か? 衣装も良い選択だし、舞台装飾も欠かせない。
だが一番はライトだろう。
「……いくらだ?」
「え?」
「その魔導具、いくらで売ってる?」
「え? えっと……ええとですね、その……このぐらいで」
「ふむ」
自信なさげに提示された価格は少し厳しい価格設定だったが、照明機材を購入すると思えばそんなものかとも思える。
「あ、あの……材料費を考えると本当ギリギリで……。これ以上は厳しいんですが、購入してくださるなら交換用の魔石もお付けします」
魔石。電池みたいなものか? 聞けばカートリッジのように差し込む箇所があった。
それにしても、交渉が下手だな。
つけこむ事も一瞬考えたが、信用を落とすことは避けるべきだろう。
「いや、そっちはちゃんと料金を払う。全部でいくらだ?」
「ほんとに……買ってくださるんですか?」
「ああ。うちで使わせてもらう」
代金を渡し、光る魔導具を手に取る。
取り回しが良い分、スポットライトよりも良いかもしれない。
「ありがとうございます。でも、その……使い道、あるんですか?」
「あるさ。うちの--アイドルのステージ照明に」
「あいどる? あいどるってなんですか?」
少年はきょとんとした顔をする。
ふむ、サクラ――客寄せにはいいかもしれないな。
「もし、それが知りたかったら、これから見に来ないか?」
「え?」
少年は目を瞬かせた。
「店主、そこの、それと、こいつもくれ」
布と木箱……本当は天幕あたり、光を遮るものがあったほうが映えるのだろうがないもねだりだ。
少年が迷ってる間に買い物を済ませる。
「で、来るのか?」
「その様子だと、見世物ですよね……お金ないですよ?」
「構わんさ、その代わり荷物持ちしてくれないか。名前効いてもいいか?」
「リムです! リム・ロプタ!」
「リム・ロプタ……ロプタ工房とかいってたっけ? 君が工房主なのか?」
「あ、いえ。今はおじいちゃんが……でもいつかは工房主になって、今より有名にしてみせます!!」
いい心意気だ。握り拳をあげてみせるリムを連れて店をでる。
あたりを見渡すが、あたりまえだがいい場所は既に別の店が並んでる。
「確認したいのだけれど、路上で店をやるのに特に決まりはないんだよな?」
「あ、ええ。特には。迷惑をかけないのが前提ですけど」
一通り回った時にはそれらしい許可証ややり取りを見なかったが、念の為確認だ。
「じゃあ、ここにしようか」
路上パフォーマンスをする人が集まる場所、その一角に場所を取る。
「すぷるどうだ?」
箱の上に布を敷いただけの簡素なステージだ。
チケットを切ってくれる人間もいない。あるのは眼の前に置かれた空き箱。
それでも満足そうにすぷるは『ぴっ』と鳴いて一回転を決める。
「ナイスだ。調子は上々、あとは客の入りってとこだな」
それなりの人がいるものの、足を止めてパフォーマンスを見ようと思う人間はまばらだ。
さてどうやって人の足を止めるかだが……。 通りはにぎわっているのに、誰もこちらを見ようとはしない。
祭り前の人と物が溢れた街だ。ちょっと色が変わるスライムくらいじゃ、目を引かない。
だから、少し工夫をしよう。
購入した丸い魔導具を取り出し、明かりを付ける。
「よし、すぷる。これを取り込めるか?」
すぷるの体に光球をぽとりと落とすと沈み、中心でふわりと浮いた。
中から光が滲み出して、すぷるの体全体が淡く光る。発光するクラゲのような美しさだ。
それを見ていた近くの子どもが、足を止めた。
チャンスだ。
スクラップとして売られていた金属板と缶を並べ、木の棒でリズムを取る。
甲高い音に合わせてすぷるは体を震わせた。
ぴっ、ぴっ。体の光が音に合わせて明滅する。まるで一緒に演奏しているようだ。
青、緑、黄色、赤。七色の光が地面に反射し、万華鏡のようにくるくる回る。
嫌でも目に付く光景に、人がひとり、またひとりと足を止める。
通りのざわめきの中で、光とリズムがひとつの輪になって広がっていく。
「そのまま……すぷる、クライマックスだ!」
合図すると、すぷるは高く跳ねた。
光が中を舞い、街灯の明かりへ溶けていった。
拍手。笑い声。硬貨の触れ合う音。
それらが次々に箱の中へ落ちていく。
「……やったな」
すぷるが嬉しそうにぷよんぷよんと跳ねる。光球が体の中で、静かに脈を打った。
小さく息をつき、指先の汗を拭った。
光と音――あり合わせのものでも、組み合わせ次第で奇跡になる。
すぷるの“プロデューサー”としてこれくらいの奇跡、起こせて当然だ。




