第9話 試練 ―― 再編成
副司令官室を後にした星野は任務内容を早速確認する。
「これは……」
本来任務とはデバイスを通して内容が伝達される。
しかし機密性が高い任務や特定の任務については書簡で通達されることがある。
「あの女ファーレン絶対に見つけて殺してやるからな」
周りに誰もいない。
普段闘志をむき出しにすることがない星野だったが、今は違う。
誰も見ていない。ということもあるが、自分が軍に入った願いの第一歩がようやく始まると思うと、どうしても心の中から復讐心と一緒に闘志が燃えてきてしまうのだ。
しかし、心は熱く。
頭は冷静に。
自分に言い聞かせて、まずは目の前の依頼について考える。
人員・作戦メンバー・依頼内容などを吟味していると、
アヴァロンにある休憩室の第七ベンチコーナーにやってきた人物に声をかけられる。
「どうでした? 副司令官様に呼ばれたみたいですね?」
手に持っている紙から視線を上にあげる。
すると、福永と和田が立っていた。
「あれ?」
「ふふっ。敬語気になります?」
「あっ……はい」
「認めたからです」
ん? その言葉に???が脳内で生まれた星野。
感情が顔に出やすい体質ということもありすぐにバレてしまう。
「診断結果を聞きました。かなり無理してたみたいですね」
「アンタなんで加護の扉途中で閉じなかったの? 後数秒私たちが加護を使っていたら死んでたみたい」
「閉じる? そんなことできるんですか?」
「「…………えっ?」」
周りの時間が止まった。
そう錯覚してしまうぐらいに三人の動きがピタリと止まった。
「本当に異世界転生者加護教育特別訓練並び時期副隊長特別教育終了して現場に配属された?」
「当然ッ!」
ドヤ顔でそう答える星野。
しかし、なんだその長い呪文みたいなやつは? が正直な所。
最初の一年で長々しい名前の科目名は流石に当時必要ないだろうと思い覚えていないがその中身は一応全部学んでいるはずだ。
なにより隊長補佐になるまえに、それらの科目を網羅した筆記テストを受けなければならない。そこで三年間合格できないと武器工場勤務となり重労働に就くことになる。しかし星野はテストを一発で合格している。つまり必要最低限の知識は持っていると……信じて……いいはず。
「……って言ってるけどさよどう思う?」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
「おいっ! そこは普通フォローですよね?」
「無理です」
「無理」
ガビーン!
大袈裟に落ち込む星野。
「ごめんなさい。ほら半分冗談だから顔上げてください」
「半分だけですかっ!?」
「あっ! 顔上げましたね。ふふっ」
反応が面白いらしく、口元を手で隠して福永が笑う。
「とりあえずさよに敬語止めて。戦場で指揮する者が敬語ってのは私たち慣れてないの」
そうなのか?
星野は疑問に思った。
だが、今まで配属された部隊では指示は全て命令形だった。
最初は皆偉そう。と思ったが次第になれて違和感はなくなっていた。
福永と和田も他の隊長や副隊長でそれに慣れているのだろう。
星野はそう解釈した。
「あぁ、そういう理由があるなら」
「それで、その手に持ってる紙はなんなの?」
「これ?」
星野は持っていた紙を渡す。
自分の口で説明するより、見て理解してもらった方が早いと判断したからだ。
なにより今の星野では言葉に信憑性が著しくない。
その理由は明白で、まだ実績と権威がないこと。
そして任務内容が予想より斜め上の内容だったこと。
全ては後の祭り。
しかし、個人的な理由も合わさり、絶対に譲れない任務でもある。
「今回の任務中、臨時副隊長権限を与える。尚、部隊は福永さよ、和田唯、西条美琴の三人とする。速やかにエンジェル協会に潜入し敵戦力データを持ち帰れ」
「エンジェル協会? ってここから一時間の場所にあるアレよね? 自爆を躊躇ったあげく、ファーレンの手に落ちたことで、協会のデータが全部盗まれ敵に知識を与え人類を追い込んだ施設よね?」
「これ? 新米隊長補佐に割り振られる難易度じゃ」
「たしかに。こんなの死にに行けってこと?」
「……とは言っても命令だし」
「はいはい。ノーと言えない縦社会の大人の事情ってやつね」
とても既視感があった。
星野にとってそれは、前世で若い時に苦労した記憶そのもの。
そんなわけで苦笑い。
断りたくても大人には断れない瞬間と言うのが……ある。
今回に限っては乗せられただけなのだが……。
前世で学んだことをここで思い出させられるとは意外だった星野。
この世界でも同じような場面は何度かあった。
しかしそう言った物に慣れていただけに、それが当たり前となっていた部分があった。そのため、ハッキリと誰から言われると新鮮さをどこか感じる。これが戦場で生きるということなのかもしれない。当たり前が当たり前じゃない世界。それがこの世界なんだ、きっと。そう思い始めた星野。
「唯? 言い過ぎよ?」
「ごめん。言い過ぎた」
「それで夜空さんはこの任務引き受けたんですか?」
星野が頷く。
「あぁ」
「Aランク適合者かつ偵察を得意とする小隊がこの場合適正のはず。なのに私たち……上層部の闇を感じますね」
その言葉に疑うことで今まで生きてきた福永が言う。
「加護も定石なら副指揮官以上の物が欲しい……。もしかしてこれ荒巻隊長を殺した処罰じゃないの?」
興味をもった福永が聞き返す。
「どういう意味?」
「荒巻隊長を失った損失はお前たちが自分たちの手で取り返せ! みたいな」
アヴァロンにおいて荒巻は周りから期待されていた。
勤勉でコミュニケーション能力の高さから多くの適合者とも仲が良かった。
そのため、様々な部隊を指揮し、多くの結果を残してきた。
少なくとも弱者の希望となっていたのは間違いがない。
「なるほど」
「なるほどじゃない」
その言葉に全員が声のした方向に視線を向ける。
白い挑発が特徴的で星野にとっては馴染み深い人物がそこには立っていた。
「はぁ~。アンタを探していたら知らない女とイチャイチャしてたから近くで聞いていれば、まったくなに言わせてるのよ」
その言葉に何か思ったのか、和田が少し不機嫌になる。
「イチャイチャですって?」
だが、美琴はチラッと見てスルー。
そのまま星野と二人の女の間に入るようにやってきて、口を動かす。
「今指揮官クラスは全員ファーレンの活動が活発な地域に派遣されているの。普通に考えたら荒巻隊長がするはずだった任務を夜空に任せたと言うのが妥当だと思うわ。アヴァロンも人手に余裕がないわけだし」
綺麗に意見を纏めた美琴。
思わず賞賛の拍手を送る星野。
そう言われたら! と心が納得したのだ。
しかし、和田は納得がいない様子。
「まぁ、そう考えた方が気楽なのは事実ね」
「アンタネガティブ過ぎない?」
「ごめんなさいね。私は……こういう性格なのよ」
このままでは二人の口喧嘩が始りそう。
そう思われたタイミングで福永が質問をすることで火種を消しにかかる。
「それで夜空さん。この任務今から行きますよね?」
星野が静かに頷いた。
それを見た三人の適合者が急いで武器庫に走り、武装を整えて戻ってくる。
福永はアサルトライフル。
和田はロケットランチャ。
美琴はアサルトライフルと対ファーレン用の特別製の短刀。
それぞれの装備が今回情報収集用の軽装装備ではなく、対戦闘用の物だったが星野は敢えてなにも言わない。
それは前回の任務がそうだったように……。
今は過剰なぐらいがちょうどよいと皆の意見が一致した結果でもあった。




