第九話
朝、いつもと同じ時間、リオは神への祈りを捧げる。
あの日からの習慣。中身のないハリボテ。
形ばかりが整っていく、そんな時間だった。
手を組み跪く少年の静寂を邪魔するように、ドタバタと大袈裟な足音が、一歩一歩と近づいてくる。
そうして部屋の前、ノックもなく、扉が内側に大きく跳ねた。分厚い扉が軋む音。装飾が転がる音を気にも留めず、脂と怒りに塗れた顔が喚き散らした。
「クソ!クソ!なぜだ、お前が何か…!…ああ?何をしている?」
男爵の称号を得てはや数年。
もはや神に祈ることのないその男は、眼前のリオの姿に唖然とした。
「…お義父様。こんな時間にどうかされましたか。」
「あ?…ああ、そうだ、そうだ!
紋章だ!!却下された!お前が庶民の真似事をしているからだ!貴族のお前が神に祈ったりするから紋章が却下されたんだ、お前のせいだ!!」
今にも拳を振り下ろさんばかりの男爵を、静かな声が制止した。
「旦那様。…こちらの紋章、私めに任せていただければ、幾らかの修正で承認されるかと。」
いつの間にやら、扉のそばにはルドルフが立っていた。
冷ややかに光るモノクルが、男爵の激昂を窘める。
「そ…そうか…。なら任せる。
明日にでも使えるようにしておけよ。」
先ほどまでと打って変わって、男爵の声に覇気はなく、どんよりとした空気を纏いそのまま部屋を後にした。
その後ろ姿を、ルドルフは一縷の隙もなく見送った。
「…金で押し通そうとしたか、あるいは王家の紋章との酷似か…。どちらにせよ審査に通れば末期だな。」
ルドルフは何も答えない。
転がった扉の装飾を拾い上げ、恭しく頭を垂れた。
「坊ちゃま。どうか、外の世界を。
あなた様がその目を、外の世界へ向けることを、私めは願っております。」
独り、リオは静寂の空間へ残された。
視線の先には今朝と変わらない、豪華な扉があるだけだった。
読んでいただきありがとうございます。
シェークスピアの紋章はやはり格好良いですね。
次回、リオが空気読めません。お楽しみに。