第三話
朝、神様に祈りを捧げる時間。
リオはこの時間が億劫だった。
億劫だったが、何も考えずに済む、唯一の時間であったこともまた確かだ。
カーテンを開ける。真っ白なシーツに、陽の光がキラキラと反射する。
…眩しい。
冷たい水で顔を洗って、ふかふかのタオルでゆっくり拭いて。着慣れない服に袖を通して、跳ねた髪をなんとか正そうと押さえつける。
ふう、とついたため息を合図に、軽快な音が3つ鳴る。
「…どうぞ。」
するりと部屋に入った男は、リオの身なりを全て整え、品定めするように全身くまなくチェックする。
…嫌だなあ、動きにくいの。
「朝食の準備ができております。ダイニングへどうぞ。」
「…はい。」
…ああ、嫌だ。
なんでこんなところにいるんだっけ。
趣味の悪い金ピカの壺や皿が並ぶ廊下も、
獣のように目の前の食事をかっくらうこの醜い男も、
僕の目だけを見つめる骸骨みたいなこの女も、
…嫌だな。
読み書きのできる子供は、珍しい時代だった。
それも孤児ともなれば、天地がひっくり返ってようやく1人現れるかどうかといったところか。
彼は十二分に持ち過ぎていた。
読み書きのできる才も、整った容姿も、処世術も。
そして何よりもその目は、あまりにも貴重で。
孤児院に来てたった数日で、どこからか噂を聞きつけたどこぞの貴族が、彼を引き取りたいと申し出た。
それが、今まさにリオの「嫌なとこ」である、ギルドラ男爵家であった。
「…おはよ、うございます。」
「リオ、髪が目にかかっています。
朝食を食べ終えたらすぐにルドルフのところへお行きなさい。」
「…わかりました。」
「はは、厳しくしすぎじゃないか?
この目があるだけで素晴らしいことなんだ!
少しのことぐらい目を瞑って差し上げろ!」
いかにも面白いジョークだと言わんばかりに、
でっぷりとした腹を揺らして男は笑った。
反対に痩せすぎな女は、フンと鼻を鳴らして
再びリオの目だけを、穴の開くほどに見つめ続ける。
…嫌だ、見んなよ。
飯、食えなくなるだろ。
食事もそこそこに、リオは足早に部屋へと戻る。
本当に、どうして。
僕は、なんにもいらなかったのに。
読んでいただきありがとうございます。
次回、馬子にも衣装です。お楽しみに。