小話 ルドルフ編
ギルドラ家を去ったのち
もう何十年も留守にしていた我が家へ帰った。
そこはもう誰も住んでいない、埃と蔦だらけの家。
かつては妻と、子どもたちがいた。
あの方が、好きに生きていいと言うものだから
私なりに好きに生きようとしたけれど
何をすれば良いかわからなかった。
だから問うた。
私は何をして生きれば良い。
あの方は少し困った顔をした。
人間として生きて良い
妻を娶り、子を成し、家庭を持つ
人間の本質とはそういうものだろうと。
あの方の言葉が私の全て。
だからその通りに行動した。
だけれどそこに愛も情もなかった。
ただあの方の言葉に忠実に生きた。
幼き主人に仕えたことも
あの醜悪な環境からの解放も
全てあの方が望んだこと。
そう思っていたのだけれど
主人があまりにもその年齢らしい言葉を吐くものだから
己の過去をめぐって私なりの返事をしたのだ。
妻の最後の言葉を思い出した。
「私は幸せでした。あなたは幸せですか?」
なぜ今になって思い出したのか
私にはわからない。
もう一度あの場所へ行けばわかるかもしれない。
そうして、帰ってきた。
わずかな記憶を頼りに家の中を歩いた。
床が軋む。
もうずっとそこに誰もいないことは自明の理だ。
ふとキッチンの戸棚が気になった。
そこには妻から貰ったお揃いのティーセットが
静かに佇んでいた。
長いこと忘れていた。
いやもう、君の顔も声も思い出すことはない。
湯を沸かし、茶葉を取り出し、ゆっくりとポットへ湯を注ぐ。
埃を被った椅子を少し払い腰掛ける。
君が淹れた紅茶をここでよく飲んだように思う。
己のためだけに紅茶を淹れたのはいつぶりだろうか。
思い出のかけらにもならないティーカップで
ただいつも通りの紅茶を飲んだ。
あの方の言葉だけが私の全てだったけれど
これが私の好きに生きると言うことなのかもしれない。
「…君の味に追いつくのは、あと何年後だろうね。」
ルドルフのその後って感じですね。
彼の正体、何なんでしょうね。