第二十二話
ロゼリアは部屋に戻ると、そのまま床へと座り込んだ。
リオの言葉が、頭の中を何度もこだまする。
「どうして…わたくしが、孤児院なんかに…。
わたくしはシュシュエール家の娘なのよ、
なにのどうしてそんなところ…!
なんで、あんなところに…!!」
彼女は弾かれたように立ち上がると、ベッドに佇むクマのぬいぐるみを乱暴に掴み、声を荒げた。
「わたくしは愛されて育った!そうでしょう!?
孤児院なんて知らない…っ、わたくしはシュシュエール男爵の娘なの!だってそうじゃなきゃ…、お父様は、あなたをプレゼントしてくれた…愛して、いるから…っ!
わたくしは、ずっと…、ロゼリア=シュシュエールなの…。」
不意に、「聞き齧った」という言葉を思い出す。
誰かが、知っている。
ロゼリアの過去も、執着も、知っている者がいる。
それを、リオに伝えた、誰かが。
「そんなの…あの人しかいない…。
だってリオ様のそばには、ずっと…。」
そして同時に、思い出した。
「…わたくし、あのきれいな目を、知ってる…。」
あの日、ただ純粋に綺麗だと感じた目を。
彼女は己を悔いた。忘れてしまった時間は、あまりにも無慈悲に過ぎ去ってしまった。
もう、戻らないと、悟ってしまった。
次の日、ロゼリアはアーセルを探した。
放課後になってやっと見つけたアーセルは、いつもと同じ、無邪気な笑顔でロゼリアを迎え入れた。
「今日ずーっと僕のこと探してたでしょ?
何の用?僕もう君に構ってあげられる時間ないんだよね〜。」
「…っ、お聞きしたいことがあります。
リオ様にわたくしのこと…何か、お話しされましたか。」
ロゼリアの緊張すら、アーセルは意に介さない。
あくびを噛み殺すような顔をして、ほんの少し首を捻っただけだった。
「うーん、だって、好きな人にはありのままの自分を受け入れてほしいものなんでしょう?
だから僕は、わざわざ、リオに教えてあげたんだよ。
君が、元はシュシュエール男爵に捨てられた、庶子だってこと。」
また、この感覚だ。
息ができない。冷や汗が止まらない。
この人は、何を、どこまで知ってるんだろう。
「可哀想だよね〜!
何年前だっけ?あの時たくさんの貴族が手を変え品を変え…そのうちの一人だったってだけで、叶いもしない願いを追いかけ続けてただなんて!」
からからと笑うその声が、ロゼリアの築いてきた今を、容赦なく崩していく。
アーセルの大袈裟な身振り手振りがぴたりと止み、ゆっくりとロゼリアの顔を覗き込んだ。
「ねえ、僕言ったよね?
…君はバラなんだから、相手を刺すぐらいの愛情を向けても良いって。ね、ロゼリア?」
アーセルの目の奥に潜む虚。
ロゼリアは今度こそ、逃げる場もなくその虚に飲まれていった。
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次回で第二章完となります。お楽しみに。