第十六話
「ようこそ〜!僕のお茶会へ!ほらこっちこっち!」
アーセルは無邪気に笑い、迷いなくロゼリアの手を取った。途端に顔が強張るロゼリアに、アーセルが気付くことはない。
「アーセル様。むやみに女性に触れるものではありません。」
そばに立つディナの声が、歪な空気を静かに断つ。
すぐさまアーセルの手が離れ、ロゼリアは内心安堵した。わずかに震える指先を、誰にも見られないようにそっと握る。温度のない感触が、まだそこに残っていた。
「お馴染みの方もそうでない方も、お集まりいただきありがとうございます!
新しい紅茶の茶葉が手に入ったからみんなと飲みたいなと思って!あのね、ディナが凄いんだよ!
みんな違うブレンドで…。」
「アーセル様」
ディナの静止に、ほんの一瞬、その場から音が消え去った。が、次の瞬間には、アーセルは満面の笑みを取り戻していた。
「…それでは、皆様ごゆるりとお楽しみください!」
アーセルのこの催しを、【変人王子による本気の道楽会】と表したのは誰だっただろうか。
始まりは小さなお茶会だったが、人伝に噂が広まると、今では顔馴染みすら現れるほどの評判を誇っている。
「それでさ、僕ずっと気になってたんだけど。」
至極当然に、ロゼリアの向かいに腰掛けながら、アーセルは唐突に切り出した。
ロゼリアは驚き、同時に横目で必死にディナを探した。残念ながら、彼は他のゲストへ紅茶を淹れている最中だ。
「リオのどこが好きなの?」
あまりにも澱みのない、純粋な質問だった。
アーセルに他意はない。だからこそ、ロゼリアは【正解】を探した。
「…お顔が、綺麗だと思いました。
わたくしが強引に…関わりを持とうとしたとき、冷たいのに…、どこか、寂しそうで…。」
「ふーん。」
まるで興味がないとでも言いたげな返事だ。
ただその漆黒の目だけは、ロゼリアから瞬きほども逸らすことはない。
「【神の目】だからじゃないんだ?」
息が、止まった。動悸がする。冷や汗が止まらない。
目の前の少年は、何を、どこまで知って、そんなことを聞くのだろう。
ガタガタと目でわかるほどに震えるロゼリアの手元に、そっと淡いピンク色の紅茶が差し出された。
ゆらめく湯気から立ち込める甘い香りが、ロゼリアの呼吸を宥めていく。
「ぜひ、飲んでみて。このお茶会ではね、紅茶が凄く人気でさ。それは君の名前にちなんで、ディナにブレンドしてもらったんだよ。バラの花びらを乾燥させて…楽しかったよね?ディナ。」
「ええ。」
無邪気に笑うアーセルの問いに、背後から静かな声が答えた。
紅茶を差し出した手がディナだったと、今更になって気が付いた。他に誰も、いないというのに。
ロゼリアは己を恥じたが、その思いを誤魔化すように、ティーカップを口元へと運んだ。
「美味しい…。香りも、優しくて…包まれるような心地です。」
「ああ、やっと笑ったね。
バラって愛の意味があるんでしょう?君はバラの名を持つ令嬢だよ。相手を刺すぐらいの愛情を向けたって、誰も咎めはしないよ。」
アーセルは、微笑んだ。
今までのような笑顔ではなく、慈悲深い、ロゼリアを包み込むような。
「僕は、君を応援してるよ。」
ロゼリアは、その目の奥に潜む虚から、逃げようとはしなかった。
お読みいただきありがとうございます。
アフタヌーンティーのことをヌン茶と呼ぶのは未だに解せません。
次回、ロゼリアがお手紙書きます。お楽しみに。