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第十三話

その後、ギルドラ夫妻は呆気なく逮捕され、

男爵不在のためにリオが仮の当主として家名を背負うこととなった。


とはいえ、やるべきことは山ほどあった。

10代前半の少年が一人では到底成せないほどの、膨大な厄介ごとが。

それでも幾日と経たず、あとは闇取引の証拠の数々を王宮へと提出するだけとなったところで、リオは国王から直々に召喚されることとなる。



「よくぞ来てくれた。神の目よ…否、ギルドラ男爵代理、リオ=ギルドラとお呼びすべきか。

…此度は、ご苦労であった。」


「私にはもったいないお言葉です。」


「さて…ふむ。風の便りで聞いた話だ。そなたが屋敷ごと手放したと。…手にした富は、【償い】と呼ぶに足り得たかね。」


王はその細い指先で、玉座の肘掛けを一度、軽く叩いた。憐れむような、どこか誇らしげにも聞こえる声色に、リオは聞き覚えがあった。


「…わかりません。正直に申しますと、私は彼女たちの顔も名前も覚えていません。それに彼女たちの境遇は、私のそれとは全く別物です。…私が全てを手放した結果、あるべきところに還っただけです。」


「…そうか。そなたの判断は、私にも、神すらも咎めることはできまい。」


不意に、王の体が微かに揺れた。

それは何かを庇うような動きだったが、その場の誰にも気付かれることはなく、王は言葉を続けた。


「報告によれば、そなたは爵位の返上を望んでいると聞く。…無論、それが規則により認められぬことは、そなたも承知しておろう。

それに加え、これは私個人の願いでもある。どうか、【神の目】を、王家の庇護のもとに置かせてほしい。」


途端に、王も、その側近たちもぎょっとした。

眉間に深く刻まれた皺、細められた目。まるで嫌悪を体現したようなリオの表情は、紛れもなく不敬そのものの顔だった。


王は再び体をもぞりと動かすも、小さな咳払い一つで何事もないように口を開いた。


「爵位を返上することは、そなた一人の意思では成せぬのだ。

だが、…【名】を変えることまでは、咎めはせぬ。

これよりは、ギルドラ男爵改め、エスペール男爵と名乗るがよい。

…新たな道でも、その強固な意思がそなた自身を導いてくれるだろう。」


「…希望、ですか。恐れ多き御名、ありがたく拝命いたします。」


リオは深く頭を下げ、そのまま退室を試みた。

誰からも呼び止められることなく、リオはその場を後にした。


リオが去った後、王は小さく息をついた。


「…所作はともかく、あまりに幼い容姿ではないか。

まさか、日の当たらぬ者があそこまで多いとは思わなんだ…。

ギルドラ家では苦労を強いたな…不甲斐ない。」


「記録では、正確な年齢は分かりませんがまだ13歳とのことです。」


ずるりと、王の体が玉座を滑り落ちる。

…たった13歳の子供が、あれだけのことをやり遂げたのか。神の加護なのか、それとも。


ゆっくりと座り直した王の手は、無意識に腹部をさすっていた。




王宮を出ると、ルドルフが御する馬車に乗り込み、帰路へと着いた。


屋敷とは到底呼べぬ、小さな家。

決して目立たず、ひっそりと、まるで子供の秘密基地のように佇むその家は、これからリオの住まいとなる。


「…色々と手間をかけた。」


馬車を降り、御者席へ向かうとリオはそっと呟いた。

ルドルフは手綱をまとめる手を止め、いつもの表情で、いつもの声色で、その言葉を受け取った。


「私は仕えた者のために動いたまででございます。」


「そうか…。

お前は、僕のことを憐れだと思うか。誇りに、思うか。」


ルドルフは何も答えない。

ただいつかと同じように、モノクル越しの目が悪戯っぽくきらりと光った。


すると何やら家の中から、ドタバタと騒々しい音が響いた。


「リオー!おかえりー!!」


そこにいたのは、主人よりも先に家へと踏み入り、満面の笑みで扉を開け放つアーセルだった。

ほんの一瞬、リオの瞳孔が限界まで開いた…のち、その目は遠くの無理解に向けるかの如く脱力した。

アーセルの奥では、はっきりと頭を抱えたディナの姿もある。


「…なぜお前らが私の家に居座ってやがるんですか。」


「えっ、だってお友達って家に招待したりされたりするんでしょ?僕たちもう立派なお友達だもん、これからもよろしくね!」


そうしてまた、苦悶する少年が一人増えることとなる。その様子を、アーセルはただ不思議そうに眺めていた。


「…リオ様。恐れ入りますが、私はこの辺りでお暇させていただきます。」


しばらく三人の姿を静観していたが、ルドルフは静かにリオに声を掛け、リオも彼に向き直った。

あらかじめ用意された道のりはなんとも楽で、同時に、どうにも落ち着かなかった。

そしてその道標となる者は、この先いなくなるのだろう。


「…ご苦労だった。」


ルドルフは深々と一礼し、御者席へと戻りゆっくりと馬車を走らせた。


「お疲れ様ー!あとは好きに生きるんだよー!」


その背中を見送りながら、ブンブンと右手を振るアーセルに、リオが珍妙なものを見る目を向けたのを、もちろん、ディナは見逃さなかった。

お読みいただきありがとうございます。

第1章完結になります。

スッキリしたような、モヤモヤしたような。

明日からの投稿は12時と18時ごろのどちらかを予定しています。両方の可能性もあります。

次回から若者の青春って感じです。悪趣味です。

お楽しみに。

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