第十二話
「何を驚くことが?」
ギルドラ夫妻の顔は青ざめ、目を見開いた。
最も真実から遠ざけるべき少年が、二人の探し物をひらひらと指先で揺らしている。
少年はただ興味深げに書類を見つめ、大きく椅子を鳴らした。
「思ったよりも待ちくたびれました。
…ああ、あなた方の椅子は用意しておりませんのでどうかそのまま、私の話を…あくまで憶測ですが、お付き合いいただけますね?」
ゆっくりと書類を指でなぞりながら、リオの目はギルドラ夫妻を射抜いた。
二人の額に汗が滲む。
日頃の不摂生が原因か、はたまた恐怖による冷や汗か。
「まず疑念を抱いたのは…、
お義父様、あなたが紋章が承認されなかったと私の部屋へ怒鳴り込んできた日です。
あなた方が男爵の地位を王から賜ったのは、もう何年も前のはずだ。なぜ、今更紋章の申請を?
単純なことです。ギルドラ男爵家の格を上げる準備…いや、ようやく、体裁を【整えたように見せかける】準備ができた。
そうですよね?お義母様。」
「な、なんのことだか…!」
「…言葉の刃は振るえても、とぼけるのはなんともお拙いことで。まあ弁明など聞いてはいません。
次に、ずっと腑に落ちない違和感の正体に気付きました。あの形ばかりの紹介式以来、私は公の場に姿を見せることはなかった。あなた方がそれで満足するような器なのか?神の目を、たった数度社交の場で見せびらかす程度で、その膨れ上がった虚栄心が満たされるような輩でしょうか?…この家を調べるには、十分な動機でしょう?」
リオのたったひと睨みが、ギルドラ夫妻の開きかけた口も、窓の外で唸る風の音も、すべてを沈黙へと引き戻す。ここは、リオの独壇場だ。
「なにせこの家は隠し事が多い。実におもしろかった。
定期的に内装の変わる部屋も、恐ろしく整理された帳簿類も…メイドたちの入れ替わりも。奇妙なことに、彼女たちが辞めたという記録は一つも見当たりませんでした。
あなた方が手を出すには、随分と荷が重い仕事だらけじゃありませんか。せいぜい、屋敷中の装飾品を増やすぐらいしか、あなた方の手には負えなかったでしょう?…神の目を掛けた、闇取引で得た金で。」
大袈裟でもない、穏やかでもない。ただ淡々と【真実】を語るリオ。月明かりに照らされたその目は、ギルドラ夫妻を捉えて離さない。
「色々と見つかりました。この家を、真っ当に見せるための画策が。お二人の無い器量で務まったとは思えませんが…まあ、あなた方が一番わかっているはずですね。特に説明は必要ないでしょう。
今後一切の取引の中止と、爵位の返還を求めます。簡単でしょう?」
「は…っ、ふ、ふざけるな!!
ここまでの地位を、ここまでの金を得るのに、どれだけの時間と労力を掛けたと思っている!!」
「そうよ…!あなたには何もかもを与えたはずよ!
そ、それに、あなたに貴族としての礼儀作法を叩き込んだのはこの私ですよ!?恩を仇で…!」
やっとの思いで手に入れた息継ぎは、かつて屋敷を支配した主の、精一杯の抵抗だった。
リオを声高々に愚弄したあの日から、断罪へのカウントダウンは始まっていたことを、二人はようやく思い知った。
「反論は聞いていないのですが…。さすが、反面教師としては優秀だっただけはある。ああ、それと、お義母様には感謝しています。この刃をくださったのは、あなたですから。
…言葉は、時に人を殺すと、教えてくださったのも。」
瞬間、リオの背後を大きな影が覆った。
ギルドラ夫妻はつんざくような悲鳴を上げ、床へと崩れ落ちた。
「い、嫌だ、わしはまだ死にたくない、踊りたくない…!」
「な、何でもします!お願い、お願いだから…!」
影の中から、リオの金色の目だけがギラリと光る。
「…いずれ、誰でも踊るものですよ。お義父様。」
リオの瞬きを合図に、巨大な影がギルドラ夫妻を飲み込んだ。
目を開くと、そこには泡を吹いて倒れる二人の姿があるだけだった。
「…それに、私の願いは…何者にもならず、平穏に死ぬことなんです。
あなた方が、私をリオ=ギルドラに仕立て上げたんですよ。」
リオは静かに部屋を去った。
足元に落ちた、真っ白な羽根に気付くことなく。
お読みいただきありがとうございます。
ついに断⭐︎罪⭐︎完⭐︎了
次回で第1章完結となります。区切りということで、明日の投稿は18時過ぎのみとさせていただきます。
何卒ご容赦ください。