第十一話
生まれた頃から、身寄りはなかった。
物心がついた頃にはひとりぼっちで、善悪すら教えてくれる大人はいなかった。
ただ、必死に生きてきた。
ーーだから、気付かなかった。
「…やっぱりそうだ…。
この家、これだけ広くて使用人は……。その上一人しかいないメイドが、こんなに頻繁に変わるものか…?」
窓の外には、美しく整えられた庭園があった。
リオの記憶では、一度も解放されたことのない庭園。
およそ成り上がりの男爵家には似つかわしくない装飾品の数々。
今の今まで見ることを拒んできた景色は、あまりにも不自然で。
「…何を今更…。
何も、いや、…でも…。…どこから、湧いて…。」
居ても立っても居られないとは、まさにこのことだろう。何がリオを駆り立てるのか、まだわからなかった。
ただ、知らなければならない。
違和感の正体が、わからないことが気持ち悪い。
自ら閉ざしたはずの扉を、己の手で崩していく音がした。
そうして、数週間の月日が経った。
リオは広いだけの部屋の真ん中で、ルドルフの淹れる紅茶を待った。
「たった数週間、まるで図ったようなタイミングだな。」
白のティーカップに、静かに香りが満ちていく。
鼻腔をくすぐるその香りは、思考の奥に染み渡るような。
リオの中に溜まった澱を、ゆっくりと洗い流していくような。不思議な、感覚だった。
「なんでこの家は、こんなにクソなんだろうな。」
リオの言葉を窘めながら、ルドルフは紅茶を差し出した。
モノクル越しのその目は、一つの感情も悟らせはしないけれど。
「…幸せではないのやも、しれませんな。」
リオの知らない声色であることは、二人とも気付いていただろう。
その日の紅茶は、屋敷中に散らばる見え透いた黄金よりもはるかに優雅で、輝いて見えた。
ギルドラ家では、常時施錠されている部屋がいくつもある。そのうちの一つの部屋で、蠢く黒い影が二つ。
「探し物はこちらでしょうか?」
あの日、一人嗚咽した少年は、
今、緩やかに前を見据えている。
今宵踊ることになるのは、誰だろうか。
読んでいただきありがとうございます。
ついに第1章終盤です。
次回、死の舞踏を踊るのは誰か。お楽しみに。