89_魔の手
「ダンテ、来てくれたのね!」
暗雲が立ち込める中、その暗闇を切り裂くように颯爽と現れたダンテに、ルーシェは歓喜の声を上げた。
「ああ!」
ダンテはルーシェに一言返事を返す。
「なかなか、いい蹴りだ。並の魔族なら、一撃で仕留められていただろうねぇ」
ダンテに蹴りを食らわされたケトラは、傾いていた上半身を持ち上げて、首をコキコキと言わせながら左右に振る。まともに蹴りを食らったはずだが、彼は何事もなかったかのように平然とした様子だ。
どういうことだ……。あまり攻撃が効いていない。マゴを身体に纏わせているようにも見えなかった。
ダンテは、風の力を纏わせた蹴りをケトラの顔面に確実に食らわせていた。手を抜いたつもりなど毛頭なかった。
遠くからでもケトラの異質の殺意と邪気を感じ取れた。ダンテは、ケトラを一撃で倒すつもりで、渾身の蹴りを食らわせたはずだった。だが、ケトラは、そんなダンテの一撃をマゴによる防御なしにまともに食らっても、大したダメージを負っていないように見える。
ダンテは、そのケトラの尋常ならざる耐久力を目の当たりにして、想像を絶する敵と相まみえることになってしまったのだと実感した。
強烈な一撃を顔面に食らわせたことで、ケトラの関心はタナからダンテに変わる。
ケトラはダンテの方を見ると、言った。
「君やるね。少し興奮しちゃったよ。でも、君のチンケな蹴りじゃまだまだ僕には届かない」
そんなケトラの声を聞いた直後には、すでにケトラの巨体は、ダンテの背後に移動していた。
「油断しちゃ駄目だよ」
ダンテの耳元にケトラの声が響く。ケトラの声を聞いたでようやくダンテは、ハッとなる。
油断と言っても、ほんの僅かの油断だった。ほんの僅かな気の緩みを逃さず、ケトラは、ダンテの背後に回り込んでいた。
ケトラは、ぎゅっと拳を握り、使い古してガラクタとなり果てた玩具をぶち壊すようにその拳をダンテに叩き込もうとする。
やばい、この拳に当たれば確実に死ぬ。盾で守るのも意味がなさそうだ。
ケトラの拳から放たれるその殺傷力の高さを感じ取ったダンテは、一撃でも食らえば、致命傷どころか一瞬にして、命が弾け飛ぶことを直感する。
ダンテは、ケトラの拳が身体に到達寸前、再び槍の力の能力を行使し、回避する。
槍の力の効力。
それは槍の周辺にどこでも瞬間移動する事ができる能力だ。ダンテの槍は近くの地面に突き刺さったままだった。つまり、槍が存在する限り、ダンテは、この周辺を自由に瞬間移動することができた。
彼はケトラの背後に瞬間移動し、腕を剣に変形させると、風の力をまとわせ拳を出し隙だらけのケトラの背中に向かって思いっきり、切っ先を振った。
カキン。
だが、直後、甲高い金属音が鳴り響く。
ケトラの硬質な身体は、呆気なくダンテの切っ先を弾いてみせた。
そのことに驚きを隠せないダンテ。対してケトラは、ニヤリと笑みを浮かべる。
そして、彼の背中のあたりがボコボコと盛り上がり手のようなものが出てくると、ダンテを襲った。
「ぐっ!?なんだ」
わけも分からず、ダンテの口から驚きの声が漏れる。ケトラの背中から伸びた手はダンテの身体をつかみ近くの建物の壁まで伸びると、ガタガタと壁が崩壊する音が響く。
崩壊とともに巻き上げられた砂ぼこりが消えると、壁に押しつけられ苦しそうにしているダンテの姿があった。
「こんな攻撃手段があるとは思わなかった……さて、どう巻き返そうか」
ダンテは、息を乱しながらにやりと笑っているケトラの立ち姿を見た。




