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87_氷と拳

 護衛たちの剣は小刻みに震えていた。それほどまでに彼らとケトラとの戦いは一方的で圧倒的な実力差があったからだ。


「やっやめてくれえええ!!!!」

「なんだ、こいつ。止まらない!!!」


 護衛たちの悲鳴が高々に響き渡る。次々とケトラはあらゆる暴力を濃縮し体現したような太くデカい拳を振るう。ケトラは、護衛たち地面の蟻を踏み潰していくように無慈悲に容赦なく襲っていく。


「ぐっ!?」


 迫りくるケトラの拳を何とかガードしようと護衛は俊敏に防御の態勢に入っていたが徒労で終わった。圧倒的な威力を誇るケトラの拳は容易に剣身を見るも無惨に粉砕し、護衛の身体にやすやすと到達てみせた。


 ボン!?


 残酷な一音が、しんと静まった広場に淡々と響く。飛び散った血が地面を深紅に染めて、その悲惨さをこれでもかと物語る。


「うぁああああああ!!!!!よくも私の仲間を!!!」


 眼前で仲間を当然のごとく殺された護衛の一人は、憤怒で胸がいっぱいになった。自ずと剣を握る手にぎゅっと力が入り、目つきが鋭くなる。悲しみと怒りと恐怖を入り混じらせながら顔面をしわくちゃにし、気持ちの赴くままにケトラの背後から剣を振り下ろす。


 バキッ。


「えっ……」


 力の限り剣を振り下ろした護衛は、目の前の光景に、思わず目を見開き呆然とする。彼の瞳には、ケトラの身体に当たり呆気なく剣の刃先が砕け散る様子だった。


「バカな……」


 全力を尽くした攻撃でも全く歯が立たない。そんなどうしようもない残酷な現実を突きつけられ、戸惑いの声が彼の口から思わず漏れた。


 直後、殺意に満ちた鋭い眼光を放つ影が彼の横を通り過ぎたかと思うと、強烈な拳が彼を襲った。


 死ぬ。


 護衛の男は思わず、目をつむり自らの死を悟った。


「ほう、お前は何者だ?」


 ケトラが、笑みをこぼす。ケトラの拳は、練り上げられたマナを纏った剣に止められていた。 


「私は、タナ。これ以上、お前の好き勝手にはさせない!」


 タナは、苛立ちのこもった鋭い形相でケトラの方を睨むと、剣に力を入れてケトラの拳を弾き飛ばした。


「ありがとうございます、タナさん。助かりました」


 護衛はすぐさま深々と頭を下げてタナに誠心誠意、感謝の言葉を伝える。そんな護衛に対して、彼女は優しく言った。


「ああ、他の護衛たちとともにここから離れるんだ。ギルドの聖騎士たちにここで起こったことを報告してくれ」


「はい、分かりました」


 護衛たちは、タナの指示に従い、この場から退却しギルドの方へ駆けていった。


「君から溢れ出るその力……、剣神だね、君。面白い。少しは楽しめそうだ」


 タナのただならぬ力に、ケトラは、喜びを感じていた。長年、彼の拳を止める猛者は現れていない。彼はやっと、歯ごたえのある相手と邂逅し気分が高揚せざるを得なかった。


「随分と余裕そうだな。その余裕もいつまで続くかな」


 タナは、地面を思いっきり蹴って目にも留まらない俊足で一気にケトラの懐まで距離を詰める。そして、瞬時に冷気を剣に纏わせると、ケトラの脇腹当たりにその切っ先をぶつけた。


 ケトラの身体に、切っ先が触れた瞬間、凄まじい轟音とともに、周囲の大気を一瞬で凍結させる勢いで氷の柱が天を貫くように形成された。


 透き通った氷の柱の中には、ケトラの巨体が見事に凍りついてピタッと動きを止めていた。


 やけに静寂に包まれた広場で白い吐息を漏らしながら、タナはその様子を見た。


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