70_暴走
タナはほっと安息のため息をつきながら、目の前の凍りついたテラをじっと見つめた。 テラは完全に氷の中に閉じ込められ、身動きができない状態だ。 周囲は冷たく緊張した空気が張り詰めている。
「これで終わりだ……」
そう呟くと、タナは剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
「待って!」
ルーシェの叫び声に、タナは反射的に動きを止めた。 剣の切っ先はテラの身体に届く寸前でピタリと止まっている。
一瞬、タナは振り返ってルーシェを見た。ルーシェは事情を説明するため、言葉を続ける。
「お姉ちゃん。その人は、魔族じゃないの!彼は人間で、怨虫に操られているだけなのよ!ここのおじさんの仲間みたいなんだけど、この白妖の泉の水を使えば、正気に戻せるんじゃないかと思ってここに来たの」
怨虫……魔物の一種で、人の精神を奪い取り、意志を奪う恐ろしい存在だったか。 時に、人間を魔族へと変えてしまうこともあると聞いたことがある。
ルーシェの言葉に耳を傾けながら、タナは思考を巡らせる。
「見たところ、あの男はかなりマゴの侵攻が進んでいるようだが……本当に、泉の水で助けられるのか?」
タナは少し疑った様子でそう言うと腕を組む。ダンテたちはちらりと凍りついたテラを見やり、しばし沈黙する。タナの言うように、かなりテラはマゴに身体を侵食されており、魔族よりの存在になっていた。
「分からないわ。でも、やるだけやってみましょう。彼を救い出す手段は、泉の水を飲ませることしかないんだから」
ルーシェは、正直、テラを怨虫の呪縛から解放することができる確証はなかったが、なんとかタナを説得しようとする。
横で話を聞いていたダンテも、タナに訴えかけるように言った。
「俺からも頼む!そいつは、仲間なんだ!できる限りの手は尽くしたい。だから、命を奪うのだけは勘弁してほしい」
タナは、彼らの真剣な表情を浮かべ話す様子を見てカチャンと持っていた剣を腰の鞘に収めた。
「分かった……この者は、お前にとって大切な存在なのだな。ただ、泉の水を飲ましても、正気に戻らぬようなら、その時は、容赦はしない」
タナは優しい目を向けダンテたちに向かってそう告げる。白い衣を纏った大地を、冷気を纏った風が吹き抜ける。妙な静けさが辺りに漂っていた。
テラとの戦闘にようやく終始符が打たれたかと思われた時だった。静寂を打ち破るようにどこからか爆発的に増大していく力を感じる。
なんて、マゴだ!?まずい、まだ終わってないのか。
ダンテは、さっとテラの方を見た。彼の額にある赤い第三の目が怪しく光り始める。さらに、彼を氷漬けにしている巨大な氷の柱が轟音とともに崩れ落ちていく。
「下がれ!」
ダンテが警告の声を上げると、砕け散った氷の破片が四方に飛び散る。 氷の中から姿を現したテラは、いつもの彼とは違う様相をしていた。二本の両剣を重ね合わせて、一つの巨大な大剣を作り出していた。 その剣は恐るべき力を宿しており、周囲の空気を震わせている。
「命の危険を感じ、怨虫の力が暴走したのか……」
ダンテは険しい表情を静かに呟く。
ダンテの近くまで、距離をとっていたタナはテラを鋭い眼光で見据え再び剣を抜き構えようとしたが、それを見たダンテが制止するように声をかける。
「タナ、ここは俺に任せてくれ!テラとの戦いは俺が決着をつける!」
その言葉にタナは迷いを見せたもの、確固たるダンテの意志を感じ剣を鞘に収めた。
「分かった、頼んだぞ」
タナはルーシェのもとに行き、姉妹でダンテの様子を見守る。
ダンテはテラと向かい合い、二人の間に緊張した空気が張り詰める。
「テラ、絶対にお前を正気を戻す……待ってろよ」
ダンテは話し掛けたが、テラにその言葉が届く様子はない。テラはダンテの命を断ち切らんと巨大な大剣を構える。
ダンテは覚悟を決め、テラの大剣に対抗するため、メイテツを変形させて大剣を作り出すと、テラに向かって力強い叫び声を上げた。
「全力で来い、テラ!ここで決着をつける」




