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116/140

116_巨邪

 タナの幻影が淡く溶けるように消え去ると、白い閃光は徐々に薄れていく。


 ワイトが放った、タナの力を宿した痛恨の一撃。その一撃には、魔族ケトラの肉体を抉った確かな手応えがあった。


(……仕留めたか?)


 倒した感覚はあったが、決して油断はしない。彼は油断が死に直結することを幾度もの経験から身をしみて感じていた。


 ワイトは剣を構えたまま、辺りを鋭く見渡した。


 まだケトラが息を潜めている可能性はある。殺気の残滓すら逃すまいと、全身の神経を研ぎ澄ます。


 やがて、視界を覆っていた白光が完全に晴れ、戦場の姿が露わになる。


 ケトラがいた場所は大地ごと抉れ、巨大な窪地がぽっかりと口を開けていた。そこから地割れが幾筋も放射状に走り、亀裂の奥からは焦げた土の匂いが立ち上る。


 ――だが、そこにケトラの影はない。


 原形が確認できないほど跡形もなく、消し飛んでいた。


 ワイトはわずかに息を吐く。長き宿命が果たされたという安堵に包まれる。


(……タナさん、これで、あなたの仇は討てました)


 握りしめた剣を見つめる。その刃は、タナが生前握っていたもの。そこに宿る面影が、今も彼を導いているように思えた。


「ワイト……やったのね……っ、やっと……やっとぉ……」


 震える声が耳に届く。ルーシェの声だ。

 頬を濡らす涙が光り、嗚咽がその声を掠れさせる。姉の仇が討たれた瞬間、彼女の心の堰が切れた。


「……ええ」


 ワイトは短く答え、静かに頷く。


「やりましたね、ワイトさん!!」

「これでタナさんのかたきを討てましたね!!」


 周囲で戦っていた精鋭騎士たちが歓喜の声を上げ、一斉にワイトのもとへ駆け寄る。


 勝利の余韻が、確かにそこにあった。


「あなたたちの奮闘があったからこそです。……感謝します」


 ワイトが微笑み、仲間たちに歩み寄ろうとした。


 ――その瞬間だった。


 足元から、鈍く冷たい何かが這い上がってくる感覚。地の奥深くで脈打つ、邪悪そのものの存在感。


 骨の髄を這うような悪寒が、全員の背筋を凍らせた。


「下だ……! 何かが来ます! 全員、戦闘態勢!」


 ワイトの叫びに、騎士たちはキリッと表情を変え即座に剣を構え、視線を地面へと向ける。


 だが、それは彼らの動きよりも早かった。


 ズガァンッ――!


 地面を突き破り、凶悪な何かが天を突くように伸び上がった。


 それはケトラではない。先ほどの一撃でケトラは確かに消滅したはずだ。


 目の前に現れたのは――大地を喰らい尽くすかのような、異様なまでに巨大な植物だった。


「な、なんだ……!? いきなり……!」


「この邪気……ただの植物じゃねえ!」


 黒々とした蔓が絡み合い、幹のように太い茎がうねる。その中心から、ぞっとするような声が響いた。


「……おかげで、ようやく自由になれましたよ。お礼といってはなんですが、貴方方に安らかな死を与えましょう」


 不気味な声と同時に、大地が脈打つように盛り上がる。地中から飛び出した根が、獲物を求めて精鋭騎士たちに襲いかかった。


 速い。


 防御の構えを取っていた騎士たちですら反応が追いつかない。


「まずい!」


 ワイトは即座に門を開き、マナを解き放つ。仲間を守るために踏み込む。


 だが、嘲笑う声が戦場を貫いた。


「甘い! 甘すぎる! だから――死ぬんですよォォォ!!!」


 その刹那、ワイトの横から別の根が音もなく迫る。仲間を助けに向かうワイトの動きは完全に読まれていた。


(防御が……間に合わない!)


 視界には捉えた。だが、身体が追いつかない。

 このままでは、頭部を貫かれる。


 死の影が目前に迫る。


(……ここで終わるのか? いや、まだだ。私は……あいつを倒さねばならない! ここで、終わるわけには……!)


 ワイトは、奥歯を噛み締め、死の恐怖を押し殺す。彼の目は、まだ果たさなければならない宿縁をただまっすぐに見つめていた。

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