114_託された思い
(あの蜘蛛のような下半身。先ほどとは異なる戦闘形態に変わったということは、攻撃パターンも変わるはず……)
ワイトは、変貌したケトラを見据え、身を固める。目の前の僅かな動きさえ見逃さない。ほんの一瞬の油断が、命取りになる。
――来る。
ケトラの口元がわずかに動いた。白い糸が勢いよく吐き出され、空気を切り裂くように一直線に飛んでくる。まるで射出された矢のように、ワイトの顔を貫かんと放たれたその糸を、彼は見逃さなかった。
ワイトは冷静に糸の軌道を読み顔を僅かにそらすと、糸を紙一重のところで躱す。もし一瞬でも遅れれば、白い細糸に命を刺し抜かれていたところだ。
だが、回避してそれで終わりではない。ケトラの彼に向けられた敵意に終わりはない。
すかさず次の糸が、またも矢の如く飛来する。ワイトは横へ滑るように移動しながら、それをかわし、ケトラとの距離を詰めようとした。
ところが、ケトラは、遠距離から白い糸を連射しつつ、蜘蛛の脚を器用に使いながら、一定の距離を保つ。
(私が近距離攻撃型の剣士であることを見抜き、遠距離戦を仕掛けてくる……)
ワイトの視線が一瞬、タナの剣へと滑る。過去の記憶が、ふと浮かび上がる。
「ワイト、もし私が魔族たちに命を奪われることがあったら、この剣を使ってくれ。この剣には、私のマナを日々注ぎ込んでいる。きっと、役に立つはずだ」
あの時のタナの表情は、どこか先を見据えていた。死を予兆するかのような静かな決意を彼女は抱いているようにも思えた。
ワイトは、かつて彼女が口にした言葉と思いを確かに胸に刻んでいた。
(今しかない。彼女の力を借りるなら)
ケトラの口から、再び白い糸が放たれる。だが、ワイトは臆せず踏み込む。
ワイトは【開門】を使い、剣に蓄えられたタナのマナを一気に解き放つ。空気が軋み、白い結晶が舞い散り始めた。刃に冷気がまとわりつき、薄く氷の粒がきらめく。
その直後、パキッ、と鈍い音がした。
迫りくる白い糸に、剣先が触れたのだ。
触れた部分から、瞬く間に凍りつき、白い霜の鎖が広がっていく。瞬く間に、糸は氷に侵食され、凍結していった。
ば、バカな……!
ケトラの内なる声が響く。口腔から出した糸を切り離そうとするが、それよりも早く、冷気は糸を伝ってその体へと至った。氷の侵食が、一気に彼の内部へと染みこんでいく。
次の瞬間、地面から凄まじい轟音とともに氷の柱が噴き出した。ケトラの身体を包み込み、彼の自由を断ち切るように、鋭利な氷の槍が周囲に幾重にも形成され、動きを止めた。
その直後、ワイトは即座に足で地を蹴り、距離を詰める。
(まだ安心できない。おそらく、奴はこれだけでは死なない。この瞬間に……確実に命の根を断つ)
駆ける彼の背後で、精鋭騎士たちの激励の言葉が聞こえた。どうやら、氷漬けになっていた精鋭騎士たちはルーシェの回復魔法で元気になったようだ。彼らの励ましの声が、ケトラの背中を押すように響き渡った。
そして。
「お願い!!!ワイト、お姉ちゃんの仇を討って!!!」
ルーシェの叫びが地を震わせるほどに熱を帯びて飛び込んだ。想いが宿った叫びに応えるかのように、ワイトは頷くとケトラの正面へと進み、氷に封じられた巨体の前で剣を構えた。
【マナクロス】
ワイトの内なるマナと、タナが残した刃の中のマナが混ざり合い、新たな力を生み出す。刃先が白い光を宿し、そこから放たれる光が周囲を強烈に照らし出す。
「これで、終わりです」
淡々とそう一言言うと、揺るがぬ決意を乗せ、ワイトは一気に剣を振り下ろした。剣が氷の縫い目へと食い込み、渾身の一撃をぶつけるのだった。




