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113/139

113_開門

 ワイトは、静かに氷漬けとなった仲間たちを見やった。視線は鋭く、それでいて冷静。背後に控えるルーシェと残った精鋭騎士たちへ、短く言い放つ。


「この魔族は、私が一人で相手をします。その間に……彼らを氷から救い出してください」


 その声には迷いがなかった。振り返ることすらせず、ワイトの瞳はケトラを真っ直ぐに射抜いている。


「でも……! いくらなんでも、一人でこの怪物と戦うなんて……」


 ルーシェが声を荒げた。身の危険を心配する気持ちがその声に滲む。


 そのとき、不意に。


「話している暇を話しているのかねぇ」


 凶悪な顔を、横からヌゥッと突き出すケトラ。恐ろしく速い。まるで、視線を逸らした一瞬の間に、間合いを切り取って一気に迫ってきたかのようだった。


「は、速い……っ」


 その圧倒的な間合いの詰めに、ルーシェが思わず息を飲む。


 ケトラは、ルーシェとの会話の隙、そのわずかな間合いを狙いすました。勝つためには手段を選ばない。それがケトラの信念。勝利こそが最も優先されうるべきことであり唯一の悦楽だった。


 鍛え抜かれた筋肉が唸り、拳が唸りを上げてワイトの顔面に迫る。おそらく骨を粉砕し、頭蓋ごと吹き飛ばす一撃だ。


 だが。


 「……思った通りですね」


 ワイトの瞳は、相変わらず冷静な光を放っていた。


 ルーシェとの会話を交わしながらも、ワイトはケトラのずる賢しい性格を読み切っていた。彼なら確実に、隙を作ればそこを突いてくる。彼は隙を突かれたのではなく突かせたのだった。


 シュンッ!


 マナが刀に宿る。刃が赤く火花を散らしながら、迫る拳の軌道を逸らし弾き飛ばす。そして。


 ザシュッ!!


 すかさず繰り出された斬撃が、ケトラの上半身を斜めに切り裂く。


「惜しいねぇ」


 ケトラの身体に、骨のような突起が突き出し、刀を食い止める。それはまるで、防御本能を持つ甲殻のようだった。


 ズルリとそのまま、刃を身体の中に取り込もうとするケトラ。


 だが、ワイトは焦燥を一切見せない。これも想定内といった感じだ。


「私の武器は、刀だけではありませんよ」


 そして、彼はがっしりとケトラの骨につかまれた刀からさっと手を離す。


「ほう……何か手でもあるというのか?」


「ええ、その通りです。この右拳があります」


 ワイトは、静かに、だが確かに右手を握りしめた。


 ケトラが嘲るように嗤う。


「ははっ、笑わせるな。その貧弱な体から繰り出す拳など、痛くもかゆくも無い」


「そうですか。では、その拳を食らったあと、ご感想をいただくとしましょう。生きていたらの話ですが」


 開門。


 ワイトの体内に抑え込まれていた膨大なマナが、一気に右拳に集束する。光が溢れ、空気が震える。


「なっ……ば、バカな!? なんだその力は……ッ!」


 ケトラは、その拳の凄まじさに初めて顔を歪める。


 凄まじい光を放つ拳が、音を置き去りにしてケトラのお腹のあたりに突き出された。


 ドゴゴゴゴゴォォォン!!!!


 爆発的な衝撃が空間を揺らす。ケトラの巨体が空を舞い、建物をいくつもぶち抜いて吹き飛ばされていく。その余波だけで地面がひび割れ、風圧が辺りをなぎ払った。


 ワイトは額の汗を拭い、片手を眉にかざして遠くを見やる。


「さて……今ので死にましたかね?」


 だが、答えはすぐに返ってきた。


 ――ズズズ……。


 舞い上がった砂塵の中から、巨大な影が現れる。


 その姿――もはや人型ではない。先ほどの馬の下半身は消え去り、今やそれは蜘蛛の怪物。無数の脚が不気味にうごめき、禍々しい存在感を放つ。


「どうでしたか?私の拳の味は……」


 ケトラは首をゴキリと鳴らすと、不機嫌そうに言い放つ。


「……痒い」


 ワイトは静かに目を閉じ、短く呟く。


「やはり、一筋縄ではいきませんか……」


 すぐそばに落ちていた、タナの剣を手に取る。しっかりと握りしめ、ワイトは構えを取った。


「タナ……あなたの力を、少しの間だけ貸してください。ともに戦いましょう、あの時のように」

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