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111_氷の斬撃

「許せない……お姉ちゃんの身体を再現するなんて……!」


 ルーシェの胸の奥で、怒りが煮えたぎっていた。握りしめた拳は白く、爪が食い込むほど強く力がこもる。全身を紅く染め上げるような激情が、今にも弾け飛びそうだった。怒りと憎悪の入り混じった目で、ルーシェはケトスを睨みつける。


 姉タナの命を奪っただけでは飽き足らず、彼女の肉体と力を利用する――その冒涜が、ルーシェの理性を灼き尽くしていた。


「彼女の力は素晴らしい。この俺が受け継ぎ、真に有効活用してやろうというのだ。これほど崇高な行為が、他にあるか? その力を試すにふさわしい相手も……そう、君だよぉ」


 ケトスは、口の端を吊り上げ、にやりと不気味な笑みを浮かべた。その指先が、ゆっくりとルーシェを指し示す。背筋が粟立つような嫌悪感が、肌を這う。


「お姉ちゃんの力で、私を倒すつもりなの……? 反吐が出るわね!」


 ルーシェの声が震えた。怒りに燃え、魂を焦がすような激情が言葉となって迸る。


「お姉ちゃんは、聖騎士として人を守るために剣を握ってきたのよ。血の滲むような努力で、ようやく“剣神”とまで呼ばれるようになった……! あなたみたいに、ただ誰かを傷つけるための力じゃないの! その力は!」


 ルーシェの叫びに、ケトスは喉の奥から笑いを漏らし、やがて高らかに哄笑した。


「ふはははははッ! 守るための力だと? くだらん感傷だ。力とは勝者のもの。彼女は俺に敗れ、その力は俺のものとなった。信念も想いも関係ない! 力を手にした者こそが正義であり、真理だ! 俺はすべてをねじ伏せ、すべてを奪い取る! それこそが、俺という存在の証だぁああ!」


 次の瞬間、ケトスの尻尾がしなやかに天へと跳ね上がる。その先には、タナの顔がくわえた異形の剣が、冷気を帯びて鈍く輝いていた。


「見るがいい……これが、俺のものとなった“剣神”の力だ!」


 ケトスが一閃。剣が唸りを上げ、横薙ぎに振るわれると同時に、冷気を纏った斬撃が空を引き裂いた。


 轟音とともに、空間が断ち割られる。剣閃は一直線に都市の建造物を薙ぎ払い、建物はまるで紙細工のように真っ二つに切断された。切断面には、青白い氷の結晶が浮かび上がり、見る間に美しくも不気味な氷柱が形成されていく。


 斬撃は、わずか一秒もかからず、ルーシェたちのもとへと到達した。その速度は、人間の反応を許さない。コンマ数秒の間に、命を奪う殺意が襲いかかったのだ。


 瞬間、空気が凍り付き、周囲に白い霧が噴き出した。気温が急降下し、吐息さえも凍る。視界は一面の白に包まれ、何もかもが静寂に飲み込まれた。


「終わったな。俺のこの姿を見て生き残った者などいない……屍を糧に、我が力はさらに満ちる」


 ケトスは、残骸となった建物の上から四足で飛び降り、ゆっくりと霧の中を進んでいく。その姿はまるで、狩りを終えた捕食者。


 だが次の瞬間――。


 風が唸りを上げた。


 どこからともなく突風が吹き荒れ、白霧を根こそぎ吹き飛ばす。


「……ほう?」


 思いがけぬ光景に、ケトスは思わず息を呑んだ。


 霧が晴れた先に立っていたのは、確かにそこにいたはずの少女――ルーシェだった。


 彼女の前には、青白いシールドが煌々と輝いていた。斬撃の直撃を受ける寸前、寸分の狂いもなく展開された防御障壁が、仲間たちの命を守っていたのだ。


「……次は、私たちの番よ」


 ルーシェは静かに、だが確かな怒りと決意を込めて言い放つ。その背後には、ギルドの精鋭騎士たちが次々と姿を現し、彼女に並ぶようにして武器を構える。


「あなたは、私が……いいえ、“私たち”が必ず倒す!」


 その言葉は、仲間たち全員の魂を一つにする号令だった。氷に染まった戦場の中心に、熱を孕んだ反撃の狼煙が、いま静かに立ち上った。


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