109_ルーシェの戦略
目の前のケトスを見据えた瞬間、ルーシェの胸に古傷のような痛みが走った。記憶の底から這い上がってきたのは、目の前で姉タナが命を落とした、あの忌まわしい光景。自分を庇い、剣に貫かれたあの一瞬が、心に深く食い込み、胸を引き裂く。
重く沈んだ感情が、ケトスの姿に引きずられるように浮かび上がる。だが、ルーシェは目を閉じて、深く息を吸った。
呼吸とともに、揺らぐ心を鎮める。残るのは、静かに燃え上がる怒りのみ。
「……あなただけは、絶対に許さない。容赦はしないわ」
その言葉に込められた覚悟を、ケトスは嗅ぎ取ったのだろう。唇の端をつり上げ、薄ら笑いを浮かべる。
「いい目だねぇ。死を覚悟した者の目……潰しがいがある。やはり、あの女剣士の命を奪って正解だった」
その言葉に、怒りが燃え上がった。ルーシェのこめかみに浮かぶ血管が脈打つ。胸の奥で、怒りが爆ぜた。
「“正解だった”?その一言で、姉の命を語るつもり!?」
彼女の声が震える。
「ふざけないで!あなたのその傲慢な価値観、聞くだけで吐き気がする!」
ルーシェは怒りを爆発させるように叫び、魔力が周囲に波紋のように広がる。
「まだまだ未熟だねぇ、お前は、隙だらけだ!」
ケトスが地を蹴る。地面が抉れ、土煙を巻き上げながら、一瞬で間合いを詰める。巨体が放つ殺気は凄まじく、誰もが動けぬような圧に圧し潰されそうになる。
だが、ルーシェの目は冷静だった。
「やっぱりそう来たわね。あなたは狡猾だもの……だから、予想通り」
淡々と呟くと同時に、彼女は短く詠唱する。
「シールド拡張!」
ケトスの左視界に、突如として光がきらめいた。
次の瞬間、彼の左顔面を、長方形に変形したシールドがまるで巨大な拳のように打ち抜いた。
ドンッ!?
凄まじい音と衝撃。巨体が地を滑り、地面に深い轍を残しながら吹き飛ぶ。
「ぐっ……はっ!?」
にやけた笑みが崩れ落ち、ケトスは呻き声を漏らした。
「終わらせる気なんて、さらさらないわよ!」
ルーシェはすかさず両手を突き出し、空中に光の玉を二つ浮かべる。それは瞬く間に左右へと移動し、鋭く輝き始めた。
彼女が突き出した両手を合わせた直後、光から放たれた二枚のシールドが、左右からケトスを挟み込む。その巨体を逃げ場もなく包囲すると、衝突の衝撃がダンジョンの第2階層に響き渡る。
だが。
「なかなか、やるねぇ。だが、このくらいで倒せると思わないことだ」
ケトスは、左右のシールドを両腕で受け止めていた。筋肉が膨れ上がり、骨が軋みながらも、彼はその巨圧を押し返していた。
嘲るように笑みを浮かべる。
「そうね、私も、そんな簡単にあなたを倒せるなんて思ってないもの」
ルーシェの視線は揺るがない。確信めいた光が、その瞳の奥に宿っていた。
その瞬間だった。
ケトスの身体に、違和感が走る。
「!?」
その感覚は一瞬のうちに“痛み”へと変わる。
「私もいることをお忘れなく……」
静かな声とともに、いつの間にか接近していたワイトが、刀を鞘に収める。
次の瞬間、ケトスの巨体が、真っ二つに切り裂かれていた。
鮮やかすぎる一閃。呻く間も与えない見事な斬撃だった。




