105_飛んで火にいる
「……なんだ、この揺れはッ!?」
地鳴りとともに世界が軋む。大地がひっくり返ったかのような衝撃に、ギルドの聖騎士たちは思わず身を屈めた。揺れるのは地面ばかりではない。騎士たちの心までもが、恐怖と混乱で大きく揺らいでいた。
だが、その中でも、ワイトは冷静だった。彼の瞳は遠く、遥か彼方の一点を鋭く見据えている。
「ダンテさん、テラさん……どうやら、ずいぶん派手にやってくれてるようですね」
その視線の先には、禍々しく滾る黒のマゴと、神々しいまでに煌めく純白のマナが激突していた。空気を震わせ、天を焦がし、大気の向こうでぶつかり合う二つの力。どれほど離れていようとも、その衝突の衝撃は、否応なくこの場所にまで伝わってくる。
それは、まさに互いの信念と信念とのぶつかり合いと言ってもいいものだった。
「……ダンテ、テラ……」
ワイトの傍にいたルーシェは、不安の色を隠しきれないまま呟いた。
そんなルーシェに、ワイトは柔らかな口調で語りかけた。
「心配は無用です。あの二人は強い。必ず、無事に戻ってきます。だから今は――私たちの役目を果たしましょう」
ルーシェは小さく息を吸い、胸に手を当てて頷いた。
「……ええ、そうね。あの二人なら、きっとやってくれるはず。だから私も、私のできることをやる。行きましょう、第2階層へ!」
一瞬、脳裏をよぎった姉・タナの面影。だが彼女はそれを振り払い、気持ちを切り替えた。目の前に聳える、天へと伸びる光の柱を見据える。まるで天と地を繋ぐ架け橋のような神聖な光。その中へ、彼女はワイトと聖騎士たちとともに歩を進めた。
やがて彼らは、穏やかで温かな光に包まれながら、その輝きの中へと姿を消していった。
***
「うぉおおおおおおッ!!人間がぁああ!!ここで!燃え尽きろおおお!!」
ソフィの絶叫が響き渡る。顔は憎悪と興奮に歪み、目は血走り、全身から漆黒のマゴを荒れ狂う嵐のごとく放出していた。その黒炎は猛り狂い、地を裂き、空を焦がす。
だがその業火に対抗するように、ダンテとタナが雄叫びを上げた。
「「負けるかぁあああああッッッ!!」」
二人の剣が閃き、交差する光が一つの大きな束となって新たな力を生み出す。
反射の力と風の力――二つの属性が奇跡のように融合し、かつてない異質のエネルギーが解き放たれる。
それは、嵐の力。
ただの風ではない。大気そのものが意思を持ったような猛り。自然が人の手に牙を剥いたかのような、暴威の具現だった。
マナの調和によって生まれた巨大な渦が、ソフィの放ったマゴをたちまち飲み込み、喰らい尽くしていく。
「マゴが……! 私の憎悪が……嫌悪が……吸い込まれていく……!?」
目の前で、全てを塗り潰すはずだった黒き炎が霧散していく様を目の当たりにして、ソフィは声を震わせた。己が全霊を込めて放った力が、まるで砂上の楼閣のように崩れていく。
だが、その心には不思議な静けさがあった。
本来なら、怒りが湧くはずだった。焦り、苛立ち、あるいは恐怖が襲ってくるはずだった。しかし、ソフィが感じたのは……違った。
「……なんだ、この感情は……。まさか……私が……人間に対して……この者たちに……」
圧倒的な力と、それを制御する精神の強さ。その両方を備えたダンテとタナ。彼らの放つ光は、ただ破壊するだけでなく、調和の中に美しさを宿していた。
ソフィは、魅了されていた。
激動の中で咲き誇る、力の花。その美しさに、彼は目を奪われ、心を奪われていた。
黒炎の奔流は次第に細くなり、やがて、完全に途切れた。
怒りも、憎しみも、どこかへ消えていた。代わりに心を満たしていたのは、穏やかさと、崇敬に近い感情だった。
「……美しい。私は……この美しさを知るために……生まれてきたのかもしれぬ……」
死の気配は確かに近づいている。それでも、ソフィは微塵も恐れなかった。むしろ、未だ感じたこともない心の安らぎを感じていた。
ダンテとタナの力。その輝きに魅せられた彼は、背中の翼をたたみ、歩き出す。
渦の中へと、そっと手を伸ばし――
その身を、光と嵐の中へと投じた。
その様子はまるで飛んで火にいる夏の虫のようだった。




