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102_憤怒の炎

 身体から燃えたぎる黒炎の中、ソフィは、遠い過去の記憶が蘇る。


 それはまだ“人間”だった頃の記憶。


 ソフィは背中に羽を持って生まれた、特別な存在だった。村の者は「奇形児」「不気味」とさげすむ目で彼を見た。


 それでも、ソフィはなるべく人々の目や声を気にしないようにしてなんとか日々を過ごしていた。


 自分には母と父がそばにいる。周りが、後ろ指を刺そうと、それだけで、安堵感を抱くことができた。

だが、それはある日、唐突に終わりを告げる。


「すまないな、ソフィ……これも、生きていくためなんだ……」


 金に困窮した両親は、無情にも息子であるソフィを奴隷商人に売った。我が子を犠牲に、生活の豊かさを選んだのだった。


 ガチャン。


 鉄格子の音が響く。訳もわからず冷たい牢屋に閉じ込められたソフィは鉄格子をぎゅっと握りしめる。うつろな目で立ち去る奴隷商人の背中を眺める。


「どうして?」


 彼は、自ずと涙がほおを伝った。どうして、何もしていないのにこのような理不尽な状況を強いられることになったのか、全く理解ができなかった。何より、自分を手放した時に漏らした両親の安堵の笑みが、頭にこびりついて離れなかった。


 そうか、私は、彼らにとって邪魔ものでしかなかったのだ……。


 この時から、彼の心に、ぽっかりと穴が空き始める。


 そして数年が経った時。


 ソフィは“商品”のひとつとして、見世物になっていた。彼は抵抗するでもなく、ただ呆然としていた。もう今の状況を考える気力すら失われていたのだ。一人の老人がそんな彼を見て足を止めた。


「これは……興味深い……」


 そう呟いた老人は、迷いなく大金を支払い、ソフィを奴隷商人から買い取った。


「ようこそ、我が家へ。今日からお前は、ここで暮らすんだ」


 老人はソフィに微笑み、手ずから食事を用意し、やさしく言葉をかけてくれた。


「これは、いいのか……」


 温かなスープ、柔らかなベッド、そして何より、誰かが自分を“必要としている”という感覚――。


 ソフィは、初めて救われた気持ちになった。虚ろな瞳に、輝きが宿る。


 ……だが、それは幻想だった。


 ある日、ソフィはふとした拍子に扉が開いていた地下室を覗き込んでしまう。

 

 棚にずらりと並んだ、虫入りのガラス容器。


 蠢く無数の脚、うなるような低い羽音。


 その異様な光景に、彼は息を呑んだ。


「……なにを見ているのかね?」


 背後に老人の声。ソフィは振り返ろうとしたが、老人に鈍器で後頭部を殴られ、彼は崩れ落ちた。


 目を覚ました時、ソフィは冷たい実験台の上で拘束されていた。両手両足を縛られている。


「これは実に運命的だ。お前のような個体にこそ、怨虫の力は相応しいぃいいいい!!!!!」


 狂気に満ちた声。


 そして、次々と身体に注ぎ込まれる、怨虫。体内を這いずり回る感触に、意識が遠のいていく。だがソフィは、沸き上がる憤怒の気持ちで意識をつなぎ止めた。


 許せない……。


 彼の中に、黒く濁った魔力が渦巻き始める。

怒りと苦しみ、絶望がひとつになり、怨念の黒い炎となって燃え上がる。


「うぁあああああああああああ!!!!」


 ソフィの身体は膨れ上がり、骨が軋み、皮膚が裂ける。その奥から、異形の力が現れる。真黒な羽、禍々しい爪、紅蓮の瞳。彼は、人間であることをやめた。


「す、すばらしいぃいいいい!!!」


 魔族へと変貌したソフィを見て老人は狂ったように興奮する。


「もうどうでもいい、すべてを壊したい……」


 ソフィは拘束をいとも容易く引きちぎり、老人の首を掴んだ。


「ぐっ……」


 老人から漏れる声。抵抗する暇も与えず黒炎が吹き荒れ、老人を一瞬に焼き尽くす。

 

 そして、ソフィは、焼き焦げた老人を見ると、両翼の天井を突き破って舞い上がる。夜空の月を背に、両翼を広げ、美しく、そして哀しく舞い上がるその姿はもはや、人間だった頃の少年の面影を残してはいなかった。


 黒炎があたりを焼き尽くし、老人の家が瓦礫と化してもなお、ソフィの心は晴れなかった。月は静かに輝き、まるで何事もなかったかのように、ただ彼を照らしていた。


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