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ランドリーランドリーサービス

作者: jima

 日曜の朝、僕はいつものようにドラム式洗濯機の前に座り込む。ガコンガコンと音をたてて、泡と洗濯物が回っている。

 彼女がやってきて、そっと横に座った。


「また洗濯機が回るのを見ているの?」

「うん、何だか好きなんだ。結構長い時間見ていられるよ」

「フフフ、変わってるわ。しばらく一緒に見ていていいかしら」

「もちろんだよ」


 ちょっと黄ばんだワイシャツがくるりとひるがえった。


「やだ。あなた、あんな汚いワイシャツ着ていたの」

「ごめんごめん。今週は少し忙しくて…」

「何を笑っているの?」

「そういえば僕が君と出会ったのも、あんな黄ばんだワイシャツを着ていたからだったなと思って」


 彼女が思い出して笑う。


「そうそう。私はあなたの第一印象悪かったわ。不潔な人って」

「目を回すほど忙しかったんだよ。洗濯するヒマもなくて」


 彼女は微笑みながらコーヒーを差し出す。


「忘れていたわ。あなたの分のコーヒー、持ったままだった。冷めちゃった。ごめんなさい」

「僕の分だったのか。いいよ、いいよ。冷めたコーヒーも悪くない」



 洗濯機の中をコーヒー豆が回っている。


「そういえば、僕が君のことを意識したのは、会社で君の入れたコーヒーをもらったときだった」

 フフフフと彼女がまた微笑む。


「そうね。会社のインスタントは味気なくて、あなたに美味しいコーヒーを味わってもらおうと、給湯室でコーヒーミルを回したのよ」

「それから会社に僕と君の噂がグルグル回ったの覚えているかい」


 彼女が何を思いだしたのか、クスリと笑った。


「もちろんよ。先輩から色々と嗅ぎ回られたりしたわ」


 少しだけ冷めてしまったコーヒーを僕は一口すする。

「そんな君の入れてくれるコーヒーはいつだってひと味違った。今朝のもね」


 洗濯機が回転数を抑えて、西海岸の音楽を流し始めた。

「その年の年末、ダンスパーティでこの曲が流れたよね」

「うん。レコードが回ったよね」

「レコードって懐かしい。この曲のチークタイムであなたは私の腰に手を回したわ」


「少しだけ酔いも回っていたからね」

 僕は照れて、コーヒーをグイッとまた一口飲み込む。不思議な味だ。幸せの味かな。



 ブーケが洗濯機の中を回っていた。

「結婚式の後、僕は友人達から『お前も焼きが回ったな』って言われたんだ。君を狙ってる奴も多かったから。悔し紛れだったんだろうね」

「買いかぶり過ぎで、気の回し過ぎよ」

「いや、本当だ。君はいつでも僕たち営業全員のアイドルだったからね」

「どうしたの?今日はいつもより、よく舌が回るわね」


 僕たちは顔を見合わせて笑い合った。本当に何だか今朝はどうかしているのかな。単調な洗濯機の回転を見ていたせいか、眠くなってきてしまった。




「何でだろう。眠くてたまらない。少しここで眠ってもいいだろうか」

「こんなところで眠ると風邪をひくわ」

「大丈夫だ。暖かい日だし。大丈夫…うん?」


 洗濯機の中に赤や青や黄色、色とりどりの光がクルクル回っている。


「何だろう。すごくきれいな光が回っている。それに今日は昔のことばかり思い出したね」


 僕は横になった。もう目が閉じていくのを我慢できない。彼女が僕の耳元で優しく囁く。


「回っているのは走馬灯よ」




 僕はボンヤリと霞む目で彼女を見る。何か手に持っている。薬の瓶みたいだ。何の薬なのかな。途切れ途切れに彼女の声が聞こえる。


「カードで…借金が…ゴメンね…生命保険…眠ったように死ねる…」



 もうボンヤリとしか聞こえない彼女の声だったけど、ひとつだけはっきりと。


「借金で首が回らないの」


 


 


 



ハッピーエンドにしようとしたのに、いつの間にかこんなことに。

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