進級と動揺
夏の長期休暇が終わり、レセリカは三年生となった。去年に引き続き、学年でトップの成績をキープしているレセリカは今年も当然、最上位クラスだ。
二年生から成績順でクラス分けされるこの学園では、二、三年のクラスの顔触れはあまり変わらないことが多い。
しかし、今年はなんと同じクラスにラティーシャの名があった。去年は一つ下のクラス、それもギリギリのラインにいたというのにかなりの躍進である。
それというのも、全ては彼女が恋するセオフィラスの影響であった。
話は夏季休暇の直前まで遡る。
「ああ、フロックハート伯爵令嬢。私は別にレセリカの交友関係に口を出す気はありませんよ。ただ、私と貴女はなんの関係もない。ですよね?」
例の事件の後、ラティーシャは面と向かってセオフィラスにバッサリとそう言われたのだ。例の噂を流してかき乱した罰として、彼女に最も効いただろう。
セオフィラスとしても、別に悪感情からそう言ったわけではない。いや、彼女のせいでレセリカと過ごす時間が削られたことには個人的に恨みは抱いていたであろうが、それだけで突き放したわけではなかった。
中途半端に手を差し伸べることが、逆に残酷になることを知っているからだ。
セオフィラスはラティーシャと親しくなる気は一切ない。そのことをハッキリさせ、希望を抱かせないことは誠実な対応であるといえた。
おかげでラティーシャはその後、数カ月は落ち込みっぱなしであった。自業自得とはいえ、友達となった彼女の元気のない様子を見るのは心苦しく、レセリカは大層心を痛めたのだ。
とはいえ、セオフィラスの対応についてはレセリカも承知の上。いくら婚約者といえど、友達が悲しんでいるからという理由だけで彼女を許してくれとは言えない。
ただ、レセリカがラティーシャのことを気にして元気がないことをセオフィラスはすぐに察した。そんな彼女を放っておけるわけがない。
セオフィラスはあっさりと折れた。ため息を吐きながら諦めたようにレセリカに告げたのだ。
「レセリカ、私が彼女を見ることはないよ。それは生涯変わらない。でも彼女が必死で努力したなら、その点については認めざるを得なくなるかもしれないね」
「! ありがとうございます、セオフィラス様!」
その言葉をラティーシャに伝えたところ、ずっと落ち込んだままだった彼女の目に光が戻る。
そして、これまでのセオフィラスの態度を思い返し、ラティーシャはようやく気付いたのだ。彼を攻略するにはレセリカの役に立つのが一番だ、と。
セオフィラスに認めてもらう、というただそれだけのために、ラティーシャは必死で頑張った。その結果が、クラス分けで証明されたというわけである。
ラティーシャは、目標さえあればいくらでも頑張れる少女だった。
「嬉しいわ。ラティーシャと同じクラスになれて」
「わ、私が本気を出せばこんなものですわ! まぁ、クラスには他に親しい方もいらっしゃいませんし、一緒にいて差し上げてもよろしいですわよ!」
来年は進む進路によってクラスが別々になる可能性がある。もちろん、同じ進路を選ぶかもしれないが、彼女と同じクラスで過ごせるのは貴重だ。レセリカは心の底から嬉しいと感じていた。
ダリアやヒューイ、そしてセオフィラスにとっては少々複雑かもしれないが。
「そろそろ、朝礼が始まるようですわ。また後ほど」
時刻を確認したラティーシャはそれだけを告げ、自分の席へと戻っていく。教室内、外にいた者たちも徐々に集まり、全員が席に着いたところで朝礼開始の鐘が鳴った。
それから数十秒後、教室の扉を開ける音が響く。一年、二年と同じ担任だったが今年はどうだろうか。
二年お世話になった教師は上流階級に位置する貴族であっても物怖じせず、対等に接してくれるところが好ましいと思っていたので、出来れば今年も同じ先生であればいいと思っていたのだが。
(ま、さか……!)
入室してくる人物に、教室内が騒めく。
それもそのはず、教壇に向かうその人物が驚くほど美しかったからだ。
長身でスタイルも良く、歩く姿勢からして只者ではない雰囲気を纏ったその人物は、癖のある暗めの青い髪を肩口で揺らし、ハーフアップに緩く結っていた。
口元には薄く笑みを浮かべ、こんなにも美しい男性がいるだろうかと思わず見惚れてしまう。現に、クラス内の生徒たちは男女問わず全員が彼に釘付けとなっていた。
「皆さん、初めまして。今年からこの学園の教師となりました。シィ・アクエルと申します」
レセリカは動揺した。だが、それを表に出すことはない。いつも通りの無表情が仕事をしてくれたようだ。
(水の一族の……! よりによってなぜこのクラスに?)
自然と緊張で肩に力が入る。一見、穏やかで物腰も柔らかく、とても良い先生のように思えるが……。
『優しそうだとか、気さくな人だとか思うかもしれないけれど、絶対に気を許してはいけないよ。水の一族は……表情も変えずにどんな仕事も完璧に遂行するから』
『本当に底意地が悪いんですよ、あの一族。一見、無害そうに見えても絶対に気を許してはなりませんよ、レセリカ様』
以前、セオフィラスやダリアに言われた言葉が脳裏に過ぎり、バクバクと鼓動が速くなるのを感じる。
(大丈夫、落ち着かないと。でも、進路の相談で担任と話す機会は増えるというのに……)
漠然とした不安がレセリカの胸に広がり、一刻も早くセオフィラスやダリア、ヒューイたちと相談したい気持ちでいっぱいになる。
「担任を受け持つのも初めてなのに、優秀な皆さんのクラスを受け持つことになって少々緊張しますが……どうぞよろしくお願いしますね」
一瞬、細いフレーム眼鏡の奥にある青い瞳と目が合った気がした。




