レセリカの悩み
学園での生活が始まって半年ほどが過ぎた。レセリカは順調かつ平和にその生活を楽しんでいる。
成績に関しては当然、文句のつけどころがない。生活態度どころかマナーも完璧で、誰もレセリカを越えることが出来なかった。
それから前の人生と違って、レセリカは自由時間も大いに充実した時間を送っていた。
昼食時はセオフィラスと共に過ごし、月に一、二度ほど放課後は彼とともに乗馬の訓練を行っている。
ちなみに、そのおかげでセオフィラスの機嫌も良いことが多く、護衛二人には会う度に感謝をされていた。
だが、レセリカは焦っている。とても、とても焦っている。
なぜなら、学園に来た時に掲げていた目標を達成出来ていないからだ。
(お友達が、出来ないわ……!)
レセリカはやはり、優秀過ぎるがゆえにどうしても孤立してしまいがちだった。キャロルがよく話しかけてはくれるのだが、友達という距離感とは何かが違う。
彼女が遠慮して程よい距離を保ってくれていることはわかるのだが、その気遣いがレセリカにはもどかしい。
王太子の婚約者という立場がより近寄りがたくさせているのだろう。レセリカも出来るだけ声をかけるようにはしていたが、何か用でもないと話しかけることが出来ないでいるのだ。
一方で、他クラスにいるラティーシャの周囲にはいつも人がいっぱいだった。お茶会で一緒にいたアリシアとケイティの二人は、他クラスにもかかわらず授業以外ではいつも近くにいるし、それ以外の令嬢も彼女の周囲に自然と集まっている。
伯爵令嬢の身でありながら、その気さくさと愛らしさが人を惹きつけるのだろう。レセリカにはその能力が羨ましく、眩しく見えた。
同じようにしようと思っても出来るものではない。レセリカはどうすればいいのかわからないまま日々を送り、そうこうしている間に半年が過ぎてしまったのである。
(冬の長期休暇ではお友達の話をロミオに聞かせたかったのに、叶わなかったわ)
とてもそうは見えないのだが、レセリカはかなり落ち込んでいた。
しかし、めげている場合ではない。まずは一歩ずつだと気持ちを切り替えたレセリカは、キャロルと友達になることから始めようと決意した。
彼女は気負いせずに話しかけてくれる貴重な一人。もう一歩踏み込んだ関係になれればきっと目標が達成出来ると考えたのだ。
(ただ、彼女もラティーシャの近くにいることが多いのよね……)
お茶会にも誘われていたくらいだ。キャロルもラティーシャとは仲が良いのだろう。アリシアやケイティのように常に側にいるわけではないが、週に三日ほどはラティーシャとともにランチタイムを過ごしているのを見かける。
もしもラティーシャがレセリカのことを良く思っていないのなら、自分と仲良くなることでキャロルが嫌な思いをしないだろうか。その点が少々気掛かりであった。
(一人で考えていても意味がないわよね。断られたわけではないのだもの。まずは行動に移さないと……!)
ただ、それがとにかく難しいことであった。特にレセリカを悩ませたのは……。
「私とのランチは、嫌になってしまった……?」
「ちっ、違います。ただ、その、たまには別の方と一緒に、と……」
セオフィラスの説得である。
仲良くなるにはやはり、ランチタイムを共に過ごすことではないかとレセリカは考えた。
実際、セオフィラスや護衛のジェイルやフィンレイとはこの半年でかなり仲良くなれたからだ。
そもそも、貴族は知らない相手と仲を深める機会が極端に少ない。もともと親交のあった者同士で共にいることが多いのと、ランチタイムくらいしか自由に話せる時間がないことが原因だ。
放課後も時間を取れるが、お茶会にしろ何にしろ、まず何かを約束する相手を作らないことには仲も深められない。
一般生徒は朝食や夕食を寮の食堂で摂ったり、大浴場で入浴することもあるので生徒同士で関わる機会が多いのだが、貴族はそれぞれを自室で過ごす。
そのため、友達作りがとにかく難しかったのである。特に、レセリカのように人との接し方がわからない者にはかなり難易度が高い。
(学園に通う前に、仲を深めておく必要があったのね……)
貴族たちは入学前から仲の良い者同士で過ごしているのだから。
とはいえ、レセリカも頑張ってお茶会に参加し、色んな令嬢と交流をしてきた。前の人生よりは互いに歩み寄れたし、和やかな時間を過ごせた。
だが、やはりレセリカに対して遠慮のようなものがあり、あと一枚の壁が手強い。
「私ではダメだったのかな。レセリカを無理に誘っていたのなら謝るよ」
「いえ、そうではなく……!」
とにかく今は、目の前で明らかにショックを受けて落ち込んでいるセオフィラスのフォローが最優先である。
護衛二人は呆れたように苦笑しているが、レセリカはかなり真剣に心を痛めているのだ。ちゃんと納得してもらうために必死で言葉を探す。
「わ、笑わないで聞いてくださいますか……」
「当たり前だよ、レセリカ。もし笑うような者がいたら私が許さないから安心して」
護衛二人がセオフィラスから顔を逸らす。二人だって決して笑うつもりはないが、間違いなくセオフィラスが睨んでくると経験から学んでいるからである。
一方レセリカは戸惑いつつ、ちゃんと正直に気持ちを伝えた。
「わ、私、まだお友達が出来ていないのです。一緒にランチタイムを過ごせば、セオフィラス様やジェイル、フィンレイのように、仲良くなれるかと思い、まして……」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにするレセリカの可愛らしい姿。
そして、自分たちと仲良くなれたと思ってもらえていたことを知り、セオフィラスを含め男三人は彼女に釣られるように顔を赤く染めたのだった。




