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弟への交渉


「社交界デビュー、ですか? 来年? ぼ、僕と姉様が?」


 父の説得がうまく行った数日後、レセリカは弟のロミオの部屋を訪れていた。


 次のミッションはロミオの了承を得ることである。こちらの都合で弟に無理をお願いすることになるのは申し訳なかったが、これもあの運命を変えるため、とレセリカは自分に言い聞かせていた。


「そうなの。どうしても来年の新緑の宴に出席したくて。お父様がロミオと一緒ならと許可してくださったの」


 まだ先のことだと思っていたのだろう、ロミオは予想もしていなかった話に目を白黒させていた。その様子を見て余計にレセリカの罪悪感は膨らんでいく。


「勝手に決めるようなことになってしまってごめんなさい。どうしても一度、殿下にお会いしておきたかったの」

「殿下に……」


 レセリカが理由を述べると、ロミオはほんの少しだけ不機嫌そうに目を細めた。

 わかりやすい表情の変化にレセリカは少々怯んだが、ここで引いては父を説得する難関を突破した意味がなくなってしまう。表情は変えず、内心ではドキドキしながらレセリカは続けた。


「ええ。再来年には、殿下はもう学校に通われるでしょう? 殿下はまだデビューしておられないから、確実に次の新緑の宴に出席なさるわ。公爵家の者として、一度も挨拶をしないのはよくないと思ったの」

「公爵家の者として……。えっと、理由はそれだけ、ですか?」

「? ええ。それだけよ」


 本当は婚約者になるであろう相手をちゃんと知るため、というのが理由だが、今はまだ婚約者ではないので言えない。

 そもそも、今回もまた同じように婚約者として選ばれるかもわからないのだ。もちろん、レセリカはそうなる可能性はとても高いと思っている。


 嘘は吐いていない。一度挨拶したいだけという理由にも嘘はないはずなのに、まるで弟を騙しているようでレセリカは心苦しさを感じていた。


「……僕はてっきり、殿下のお噂を聞いて姉様が興味を持ってしまったのかと」

「お噂? 殿下の?」


 しかし、ロミオの反応はレセリカにはよくわからないものだった。拗ねたように口を尖らせたり、ホッとしたように肩の力を抜いたりと、忙しそうに感情が動いているのはわかるのだが。


「そうです! 殿下は、それはとても整った容姿でいらっしゃるという噂ではないですか! それに、穏やかでありながら剣の腕も勉学も優秀だと。令嬢たちがこぞって殿下に心を寄せているとっ……」


 首を傾げるレセリカに、ロミオは急に拳を握りしめて熱弁し始めた。思ってもみなかった弟の反応に、今度はレセリカが目を白黒させる。


「姉様はあまりご興味がおありでないと安心していたのに……やっぱり殿下のような素敵な方に心を寄せているのかと、思って……」

「まぁ、私が殿下に心を?」


 要は、やきもちであった。ただ、それも無理もない話ではある。


 ロミオが生まれて間もなく母は亡くなり、世話をしてくれる乳母や侍女はいたが、家族として最も愛を注いでくれたのは他でもない姉であるレセリカだったのだから。

 そのため、ロミオの姉に対する愛はとてつもなく大きい。他の誰かに取られるのではないかと心配で仕方ないのである。


「あり得ないわ、ロミオ。一度もお会いしたことがないのよ? お姿だって絵姿でしか見たことがないわ。それにお人柄も噂だけで判断は出来ないでしょう。ロミオは違うの?」

「ちっ、違いません! ただ、その、本当に素敵な方だと聞いたし、王太子殿下だし……」


 最後の方はブツブツと独り言のようなことを言い始めて、何を言っているのかは聞き取れない。

 だがレセリカはここでようやく弟が可愛らしい嫉妬をしてくれているのだと気付いた。姉を取られたくないと思ってくれているのだと。


 これが本当に七歳の自分であったなら、何を不満に思うことがあるのだろう、としか思えなかっただろう。

 しかし今の自分は一度、短いながらもそれなりに人生を過ごしてきた経験と記憶がある。姉として、ロミオの様子からそれをすぐに察せたのは良かった、とレセリカは感じた。


「ねぇ、ロミオ。パーティーでは貴方がこの姉をエスコートしてくれないかしら」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろんよ。父様もそうおっしゃってくれたし、私からもお願いしたいわ」


 姉が大好きなロミオは、その言葉に俄然やる気を出した。ギュッとレセリカの手を両手で握ると、目をキラキラ輝かせながら了承の意を伝える。


「僕、きっと立派に務めてみせます!」

「ええ、楽しみにしているわ。引き受けてくれてありがとう、ロミオ」


 引き受けてくれたことへの安堵と可愛らしい姿を見せてくれた弟に、レセリカは口元に小さく笑みを浮かべた。

 それは心から喜んでいる笑みであることがロミオにはわかる。滅多に表情を変えない姉の貴重な微笑み。


 ロミオはしっかり記憶に刻み込もうと姉をうっとりと見つめ続けた。筋金入りの姉好きである。


 と同時に、美しい姉に言い寄る羽虫から絶対に守ろうと誓う。パーティーで着飾った姉はさらに魅力的になるだろうから。そのためには強くならねばとも。

 父と同じ文官を目指していたロミオだったが、この日からあまり身の入っていなかった剣の訓練にも打ち込むようになる。


 性格は真逆だが、紛れもなくオージアスの息子だ。レセリカが直々にエスコートを頼んだことで、ここに小さなナイトが誕生したのであった。


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