寮室と散策
出来ることなら学園内を全て見て回りたいところだが、この広さだ。卒業まで一度も足を踏み入れなかったエリアがある、と言われているほどである。
「まずは荷物の確認をしなければなりませんから。貴族棟の女子寮へ向かいましょう」
レセリカやダリアもそれは心得ているので、必要最低限の場所だけ一度見て回ることにした。
ダリアの案内でまずはこれからレセリカの生活する寮室へと向かう。
寮は校舎の西側に女子寮、東側に男子寮があり、それぞれ五棟ずつ建っている。校舎よりは建物の高さもあるようだ。
それから寮にもグレードがあり、グレードが高ければ高いほど良い部屋で一人部屋になる。公爵家の娘であるレセリカは当然、最もグレードの高い寮室だ。
校舎にも近く、移動も楽なのだが、逆に言えば一般棟の最もグレードの低い寮は校舎まで徒歩二十分ほどかかる。
「さぁ、こちらですよ! レセリカ様!」
レセリカの部屋は中でも特に日当たりのいい角部屋となっていた。
天蓋付きのベッド、クローゼットや化粧台、バスルームまで付いている。その上、部屋の片隅にある扉の向こうには侍女用の部屋があった。
ダリアはベッドフォード家にいた時よりもレセリカの身近に控えることが出来る。そのためか彼女のテンションは高めである。
早速、室内の点検と荷物の整理を始めたダリアの様子を黙って見ていても仕方がないので、チェックが終わった場所からレセリカも見て回った。使用されている調度品や寝具など、どれも家で使っているものとレベルの変わらない高品質なものだ。
「……セオフィラス様も、角部屋だと言っていたわね」
スッとベッド脇にあるサイドテーブルをひと撫でしながらポツリと呟く。
ヒューイが学園に侵入した時の情報で、オマケのようにそう言っていたのを思い出したのだ。
まるでお揃いみたいだと思い、レセリカはほんのりと頬を染めた。
(そうだわ。今、私は学園にいるのよね……)
セオフィラスが暗殺されたのは学園を卒業して一年後、ちょうどレセリカが卒業した直後のことだったはずだ。
まだ六年の猶予があると言うべきか、六年しかないと言うべきか。いずれにせよじわじわと運命の日が近付いてきているのだ。
「気を引き締めないと」
「ふふ、レセリカ様ったら。今から気を張っていたら疲れてしまいますよ!」
「だ、ダリア……聞いていたの?」
小さく呟いたはずのレセリカの決意はダリアに拾われ、クスクスと笑われてしまった。
「レセリカ様はいつも頑張りすぎなのです。ここぞという時に力を発揮するためには、普段は程よく肩の力を抜くことも大事ですよ」
「そ、そうかしら?」
レセリカには自分が頑張り過ぎているという自覚がないので、やや不思議顔だ。ただ、その後に続いた言葉については納得したように復唱する。
「普段は肩の力を抜いて、ここぞという時に……」
「そうですよ。レセリカ様はたくさん努力をしてこられましたもの。多少、力を抜いたところで所作の美しさは揺らぎません!」
大げさな言い方ではあるが、レセリカ自身もそう簡単に崩れないと思っている。積み重ねてきた努力が自信に繋がっているのだ。
ダリアの言うことはその通りかもしれない。レセリカはゆっくりと息を吐ききって肩の力を抜いた。
「その調子です。さ、部屋の確認も終えました。このまま学園内を歩かれますか? それともお茶の準備をいたしましょうか?」
「そうね……少し歩こうかしら」
承知いたしました、とダリアは一つ頭を下げると部屋の扉前に移動して先に外へ出る。そのまま扉を押さえてレセリカを通した。
半歩後ろからついてくるダリアは本当に完璧な侍女だ。まだ若いのに動きに無駄がなく、ベッドフォード家でも彼女の仕事ぶりは侍女頭に劣らない。
(やっぱり、火の一族として育ってきたからかしら。でも、ここまでになるのはダリアの努力の賜物よね)
生まれ育ちだけのものとしないのは、レセリカ自身が必死で努力してきたからだろう。そもそも、火の一族レッドグレーブがどんな教育を受けているのかなど知りもしないのだから余計に。
(それどころか、まだダリア本人に確認もしていないものね)
そう、まだダリアが火の一族であることは秘密であり、それをレセリカが察している件に関しては誰も知らないのである。
自分から言い出してくれるのを待つと決めたとはいえ、少しソワソワとしてしまうレセリカであった。
貴族が使う高グレードの寮棟からは、校舎まで渡り廊下で繋がっている。来る時は外からだったため、今度はその渡り廊下を通ることに決めた。
通路には他の学生もチラホラと見かけるが、この通路を使うのは貴族だけあって、皆が侍女を引き連れている。
レセリカはその中でも特に目立っていた。
今年は王太子の婚約者が入学してくるとあって、事前に噂にはなっていたのだ。そんな中、噂に違わぬ美しさを持つレセリカが現れたためにどうしても注目が集まる。
本人はそんな目にも慣れているので気にせず真っ直ぐ歩いているが、ダリアは誇らしげである。
「あら、あの方は……」
もうすぐで校舎に入るというところで、レセリカは見覚えのある人物を見付けた。
長い亜麻色の髪をハーフアップで編み込んであり、前髪が眉のあたりで切り揃えられた快活そうな少女。彼女もまたレセリカの存在に気付き、目を見開くと嬉しそうに歩み寄ってくる。
蜂蜜色の目をキラキラさせて近付いてきた彼女を見て、レセリカは声をかけた。
「こんにちは。久しぶりね、キャロル。お茶会の時以来かしら」
「ええ、ええ! レセリカ様! うっ、お、覚えていてくださったのですね……! 相変わらずお美しいですーっ!!」
ラティーシャのお茶会に呼ばれていた男爵家の娘、キャロルは感激したように涙を流す。
その予想外の反応に、レセリカは少々困惑してしまうのだった。




