誓いと現象
「というわけだからさ、オレ、あんたを主に決めたから」
「……現れて最初にその言葉を使うのはおかしいと思うの」
小雨の降る薄暗い天気の朝。レセリカが朝食後の勉強を私室でしていると、どこからともなく現れた風の少年が挨拶もせずに奇妙なことを口にした。
当然、レセリカは話が見えないので首を傾げるしかない。驚いてはいるが相変わらずの無表情だ。
「ちゃんと説明してほしいわ」
「だからー、オレたち風の一族は主を決めたらその人のために仕える一族なわけ。主は自分で見付けて自分で決めるんだ。で、オレはお嬢サンに仕えることに決めたってこと!」
もはや決定事項のように語る少年に、レセリカは返す言葉を失っている。報告のように告げたが、その内容は本来レセリカにまず聞くことではないのか。
そもそも、その話を自分が受け入れていいものかの判断がつかない。
考えた結果、レセリカはとりあえず理由を聞いてみることにした。
「……お菓子が気に入ったから?」
「違う! あ、お菓子はいつも美味しいけど……ってそうじゃない!」
考えられる一番の理由だったが、それが原因というわけではなさそうだ。ただ、お菓子は気に入ってくれているようなので、レセリカは心のメモに記しておいた。
「あんたさ、王太子の婚約者になったんだろ? たぶん、敵が増えるじゃん。オレみたいな自由の利く護衛とか密偵がいたら不自由しないと思うぜ?」
「そうは言われても……」
一度断りかけて、ふと止める。前の人生で彼がどんな運命を辿っていたのか、その光景が脳裏に過ったのだ。
奴隷の紋を刻まれて目に光はなく、やせ細った彼の姿。
このまま断ったら、いつかどこかで彼がアディントンの奴隷にされてしまうかもしれない。
もしかしたらここで首を縦に振ることで、その運命を変えられるのではないかと微かな希望が見えた気がしたのだ。
「……わかったわ。でも、条件があるの」
「おう! なんでも言ってくれ!」
レセリカは、まだ決定ではないからと前置きをした上で手を前に出し、少年を制する。それに合わせて少年が口をへの字にしてやや後ろに下がった。
「一つは、お父様と出来ればロミオにも紹介させて。貴方は立場的には不審者のままだもの。黙ったまま仕えさせるわけにはいかないわ」
「あー。まぁ、そうだよな。いいぜ」
さすがに良く知らない存在を自由に屋敷に出入りさせるのはよくない。すでに何度も勝手に部屋に来ているのだが、主従関係になるというのなら今後も出入りするということ。ベッドフォード家当主に黙っていられないのは当然である。
少年もそこは納得したのだろう、あっさりと了承の返事をした。それを見届けてレセリカはもう一つ、と口にする。
しかし、どことなく言い淀む様子に少年は怪訝な顔を見せた。
「なんだよ。遠慮なく言えよ?」
「えっと。もう一つは……その。私との友達という関係は、継続してほしいわ」
「……仕えるんだぜ? オレ。従者だぞ?」
予想外の条件に、パカッと口を開いて呆気に取られる少年。それに対し、レセリカは慌てたように付け加える。
「し、仕事とプライベートを切り替えればいいと思うの! 殿下だって、護衛は幼い頃から親しい友達だっておっしゃっていたわ。せめて人目のないところでは、友達として接してほしいの」
見れば、レセリカの頬は赤くなっている。それでも、それが真剣な申し出だということは目を見ればわかった。
「初めての友達なのよ……? 失いたくないわ」
それから、心からの願いだということも。
少年にはレセリカがなぜここまで友達を望むのかまではわからなかったが、誤解されやすいタイプだろうことはわかる。つまりそういうことなのだろう、と察しのいい少年は困ったように頭を掻いた。
「……あーっ! わーったよ! ま、オレだって気楽に話せるならその方が助かるし。あんたがそれでいいならそうするよ」
そうはいっても少年は、主人のことは敬う気持ちを持ちたいと思っているし、主人と従者という立場は崩さないつもりだった。
それでも、友達として接することが主人の望みというのならそれに従うのが従者というもの。そう割り切って少年は朗らかに笑う。
「本当!?」
「うっ、ほ、本当……」
ただ、このように不意打ちでキラキラした目で見られるのは心臓に悪かろう。なにせレセリカは美少女だ。主人に対して邪な気持ちを抱くことはないが、それはそれ、これはこれなのである。
少年はチラッとレセリカに目を向ける。あまり表情こそ変わらないものの、見るからに嬉しそうな主人の姿を確認し、フッと肩の力を抜く。
主人の幸せは、従者の幸せ。少年は口の中で小さく呟いた。
「じゃ、早速行こうぜ!」
「え、行くって……どこへ?」
それからレセリカの手を取ってグイグイと部屋の扉の方へと向かう。戸惑ったのはレセリカだ。
「あんたの父親のとこ!」
「えっ」
思い立ったらすぐ行動するタイプらしい少年は、熟考を重ねてやっと動くレセリカとは正反対だ。
それは彼の良いところではあるのだが、父親は忙しい人であるし何より今は仕事で屋敷にはいない。まずは話があるという連絡をいれなければならないのだ。
「そ、その前にやることがあるわ!」
そういった意味で少年を止めたのだが、彼はきょとんとした顔で首を傾げている。それから何かに気付いたように手を一つ打ってレセリカの前に跪いた。
「そうだよな。まずはあんたの前で誓わせてもらわないと」
「え?」
レセリカには何が何だかわからない。少年が何に気付いて何を納得して何を誓おうというのかが。
困惑しながらもレセリカは少年の様子を黙って見守ることにした。
少年はスッと胸に右手を当て、頭を下げる。緑がかった金髪の、サイドに流した髪が肩に垂れて揺れた。
「瞳に映らざる孤高の颯々。この身は唯、我が主の風」
いつもの飄々とした雰囲気は消え、どこからかフワリと風が吹いた。見れば、目の前の少年の身体が淡い黄緑の光を纏っている。
現実ではありえない現象に驚くとともに、どこか神聖さを感じたレセリカは無意識に背筋を伸ばした。
「我が名はヒューイ。ヒューイ・ウィンジェイド。風の一族としてレセリカ・ベッドフォードを主とし、生涯仕えることを誓う」
風の少年、ヒューイがそう言い終わると、黄緑の光が次第に収まっていく。
「……魔法みたい」
「ははっ、そんなもんじゃねーよ。ただの現象だ」
そうは言っても、今のは間違いなく普通の人では起こせない現象だ。つまり魔法と言ってしまってもいいのではないかとレセリカは思う。
しかし、ヒューイが言ったのは本当のことだ。元素の一族が一つ、風の一族が主を決めた時にだけ行うあまり知られていない誓いの儀式。
その時にのみ起こる不思議な現象、ただそれだけである。
ただ、今のは魔法だと思う方が素敵だと思うレセリカは、自分の中でだけこっそりヒューイが魔法を使ったのだと思うことにした。




